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遙から得たもの-04(141)

前回でお知らせした、天空の番外編が出来ました。

お礼の短編ものです。瞭と遙の話です。

トップ画面、(QRコード下)同一作者のファイルよりお入りください

『この二人……』

 気付かれぬ程度に皓と恭を見比べて、彗はそっと過去を顧みる。

 遠い昔、遙は引き取るべきは二人の子供だと、俺達に告げた。

「彼等は揃って、ここに来なければならない」

『――そう言う事か、遙』

 皓や恭。 どちらか一人だけを仲間にした場合、恐らくどちらが来ても慣れない環境と、背負う重さに耐え切れず、潰れていただろう。

 二人揃って初めて、苦境を乗り越える事の出来る、未完全な器達。

 互いの存在が、それぞれの実力を発揮する鍵となるのだ――

『ならば』


「では見せて貰おうか、恭。この漆黒の闇の中での、お前の真の実力を」

「彗?」

 突然構えた武器を水平に構えて、彗はいつもの通り尊大な態度で、皓と恭に向かって、顎をしゃくってみせた。

「何か知らねぇが、どうもやる気満々らしいな、彗の野郎」

「うん。そうみたいだね」

 尖ってはいても、それまでは何処か柔らかく温かかった彗の『気』が、瞬く間に冷たく硬質な物へと変化を遂げ、攻撃的に立ち上がる。

「二人とも本気で、かかって来い」

「おう!」





「斎、こんな時間にどうして彗の気が立ち上がる?」

 共用広間で、斎と細々とした執務の打ち合わせをしていた遙が、不意に顔を上げると、斎に問いかけた。

「気?」

 慣れているのだろう。

 前置きもなく、答えのみを求めた遙の言葉に、斎は驚いた様子も見せず、力の発生場所を容易く探り当てると、遙に事実を告げた。

「どうやら彗があの二人に、訓練をつけているようだな」

「それは解っているが――」

 外は漆黒の闇、なのだ。

 遙の記憶に在る限り、恐らく夜間の訓練は皓と恭にとって、これが初めてに違いない。


「斎よ、どうしていつまでも、彗が直に訓練をつける必要が有るのか、私には解らないのだが?」

 体調がほぼ回復した斎が、講義だけに止まらず、武術を指導するようになって久しい。

 本来なら彗は、斎に全てを委ね、手を出す必要はないはずだ。

「……彗はまだ若いから、あの二人を黙って見守る事が出来ないのだ」

「若いから……?」

 返された言葉の意味が今一つよく掴めなくて、遙はほんの少しだけ小首を傾げると、斎を見上げた。

「老生化した俺達とは違い、彗はまだまだ青い子供だ。興味を持った相手に構いたくて、仕方が無いのだろう」

「構いたくて仕方がない……」

 斎の言葉を反復した遙は、「なるほど」と大きく頷いて、安心したように笑顔を見せた。

「私は今まで彗は皓達が気に入らないのだとばかり思っていた。けれど本当は、彗は皓や恭が好きで堪らない、という事だな?」

「……いや、好きで堪らない、かどうかは微妙だぞ、遙」

「そうなのか?」

「多分」

 

 肯定とも否定とも取れる、斎の言い方に、再び遙は首を傾げた後、小さく頭を振った。

「人間の感情と言うものは、よく解らないが、難しい問題なのだな」

「いや、そう言う問題ではなく」

「なく?」

『遙が極端に他人の感情に鈍いだけだと、伝えるべきか否か?』 

 斎は激しい葛藤の末、遙に理解出来ない感情は、黙っておく方が無難だと結論を下し、曖昧に微笑んだ。

「……斎、お前私に教える気がないね」

 斎が意図的に明確な答えを避けた事を見抜いて、遙は肩竦めると、小さく息を吐いた。

「いや、そうではない」

「?」

「いくら説明したところで、遙には到底理解し難い感情も、人の世には沢山溢れている。それを講義として教わるのではなく、遙自身が体験し、学んでいくべきだと、俺は思っている」


 そして口に出せぬまま、胸の中でそっと紡いだ言葉。

人間(ひと)を人間として在らしめる、繊細な精神の(ひだ)。遙はそれらの感情を、もっと深く知るべき必要があるだろう――』

 多種多様な愛が、無数に存在する事と同じ様に、対となる憎しみも、同じ様に無数に存在する。

 込み上げる愛しさと、胸を衝く切なさは、実りのない一方的な想いの前に均衡を欠き、狂おしいほどの憎悪に、その居場所を至極簡単に奪われる。

 愛情が理性を奪って、激しい憎しみに取って変わる事は、思ったよりもずっと簡単な事。

「そのうち遙にも、解る時が来る」

「……斎?」

 不思議そうに見返した、揺れる碧の瞳に、映る己の顔を見て、斎は何故か寂しく笑うと、私室へ戻ると告げ、踵を返した。




 薄暗い照明の廊下を歩きながら、斎の胸を過ぎる一抹の不穏な影。

『――なあ、遙。俺は預言者だから、己の未来を視る事が不可能なのだろうか――』

 仲間に請われ、透かし見た遠い未来。

 皓と恭に出逢った事で、遙の何かが、これから先、間違いなく大きく変わり始める。

 遙を中心に大きく廻る運命の輪は、彼ら二人を容赦なく巻き込み、一体何処(いずこ)へと向かうのだろうか? 

『具体的な事はこれ以上、解らない』 

 不意に途切れた予知が顕す未来は、不確定要素が多過ぎて、斎自身判断が下せない。

 斎が行った予見で、これまで見る事が出来ない未来は、この日まで唯の一度も無かった。


『なのに何故、途中で映像は消えたのだ?』

 この先の未来を予知する事が出来ない要因として、考えられる理由は、恐らく二つ。

 指し示す事象に斎自身が関与するか――或いはその時点の未来に、斎自身が生存していないか――

『どちらにしろ、歓迎すべき未来ではない』

 無論、斎とて不死ではない。己の余命が後どれほどなのか、遙以外には解らないだろう。

『願わくば遙。どんな形であれ、己の命が消える瞬間、貴女に傍にいて欲しい――』

 




「ちっ!」

 脇を掠めるように飛んできた恭の矢を、皓を直視したまま、彗は一動作で斬り捨てる。

『いままで皓にばかり注意を払ってきたが、遙が本当に引き取りたかったのはどっちだ?』

 恭の順応能力の高さに舌を巻く。 皓と恭にとって、暗闇での模擬戦はこれが初めてだ。

 にも関わらず、確たる決意を刻んだ恭の矢は、彗が予測した以上の正確さを見せ、次々と放たれる。

『まぁ、まだ制御は難しいようだがな』

 宣言通り、恭の矢は辛うじて皓には当たらないようだが、入れ替わり立ち替わり動く彗にも当たらない。


「うおぉぉー」

 間近で吼える皓を難なく交わし、がら空きになったその背に、軽く手刀をお見舞いする。

「皓 大丈夫!?」

「くっ!」

 地面に倒れた皓の唸り声と、恭の気遣う叫び声が重なって、彗は僅かに眼を見開いた。

『恭、お前……』

 昼間ならいざ知らず、現在は漆黒の闇が周囲を覆っているのだ。

 遠く離れた恭の潜伏場所から、皓が彗に打たれた事を、即座に確認できるはずがない。

『人間の視力じゃないって証拠だな』

 起き上がる皓と、此方に矢を穿つ恭の姿を視界に捉えて、彗は不敵な微笑みを浮かべた。

『面白くなってきたな、皓、恭』

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