遙から得たもの-03(140)
「……」
「皓のように消費しない武器は、『力』を使って生み出す必要は無い。元から存在する武器に、己の力を同化させれば良いのだから」
「俺は弓遣いだから、この技を身につける必要がある、って事だね」
恭の言葉に彗は黙って頷く。 言うまでも無く弓はどうしても、矢を消費せざるを得ない武器だ。
多勢を相手に、果たしてどれだけの矢数が必要となるのか、見当すらつかない。
『力』を矢に見立てて放てば、恭の精神力が続く限り、弓は途切れる事無く、使用可能な武器となる。
故に恭の場合、『無』から『有』を生み出す訓練が、必要不可欠なのだ。
『有』を生みだす『力』は、恭の潜在能力を以てすれば、充分で何の問題も生じ無いだろう。 むしろ問題は――
「恭、精神力の強さが、そのまま己の強さに繋がると言う事を、しっかり覚えろ」
「精神力の強さ?」
「そうだ。敵に矢を命中させたいと心に強く描けば、相手が何処に潜んでいようと、必ずお前の矢は敵を射抜く」
隠れた場所を探し出し、狙った場所へと飛来する恭の矢は、敵にとって大変な脅威となる。
応用次第では、たった一人で大勢の敵を翻弄する事も、充分に可能だ。
「しかし味方を射抜くのでは、と疑えば、その瞬間、矢は確実に味方を射抜くだろう」
「!」
さらりと告げられた忠告に、恭の顔から、僅かに血の気が失せる。
「己を信じ、精神を強く保つ事から始めるがいい。恭、お前は皓と比べ、精神が弱すぎる」
「……」
およそ半年以上も前の出来事を、振り返っていた恭は、現実を見据え、短く嘆息する。
精神を強く保てと言われても、具体的に何をすれば良いのか、実は皆目見当がつかない。
『うーん困ったなぁ……』
恭の中で、いつも揺らぐ想い。 求められる『強さ』の尺度は、一体誰がどうやって、測るものなのだろう――
迷ったところで何か答えが導き出せる訳でもなく、返答を待つ彗の強い視線と、流れる沈黙に耐えかねて、恭は傍らの皓に、問いかける。
「彗は自分自身を信じろと言ったけれど、実は俺には良く意味が解らないんだよね」
自分を疑った事は無いが、信じた事もない。
常に周囲に併せて生きてきた人生を鑑みて、我を貫き通す意思が、極めて薄弱である事は事実で、否定のしようがない。
「ねぇ、皓は自分を信じているの?」
「ああ?」
「自分を、強いと思う?」
突然何を――と返そうとして、皓は恭の真剣な表情にぶつかると、言葉を飲み干した。
『自分を信じているか、否か?』 と 『自分を強いと思うか』
異なる二つの質問は、別々の解を要する様に見えて、実は繋がった一つの質問なのだろう。
けれどそこから導き出される答えは、複雑極まりない厄介な代物で。
形のないものには、明確な基準がある訳でもなく、一概に何が正解だとは、皓にも答えられない。
「どう?」
重ねて問う恭の声に、逡巡しながらも、取り敢えず皓は、胸中に沸いた感情を、言葉として吐き出した。
「俺は自分が弱いと思ったことは、一度もねぇ。でないと此処まで生きて来れなかったしな」
沢山の人間で溢れた、輝かしいこの世界で。 全てを敵に廻し、たった独りで生きてきた。
頼るべき者も、避難する場所も与えられなかった皓にとって、唯一の味方は自分だけだったから、自然と自分の強さを信じるしかなかった。
「例え何が有っても、俺は自分を裏切る事はない」
「そっか。……ごめん」
本当の意味で、独りきりになった事の無い自分と、皓の立場とを比較するのが、そもそもの間違いだったのだろう。
咄嗟に伏せた視線に、謝罪の意を感じ取った皓が、珍しく口を出す。
「謝るんじゃねぇ。恭だって本当は、独りだったんだろう?」
「皓?」
自分を偽って周囲に溶け込んだところで、所詮見せかけに過ぎない関係は、直ぐに潰える。
あくまでも想像の域でしかないが、相手の顔色ばかりを窺って生きてきた恭の人生も、決して楽ではなかったのではないか、と皓は考える。
『淋しいと言う点では、俺も恭も、多分同じだ』
以前の皓ならば、恐らくこんな思考を持ちもしなかっただろう。
素直な言葉を吐く恭を、甘ったれた奴と見做し、見捨てていたかも、知れない。
だが恭と言う人間を深く知るうちに、皓の中で、何かが大きく変わった事は、確かだ。
だから皓もちゃんと、恭に想いを伝えて上げる必要は、有るのだろう。
「周囲に人間が沢山いても、誰も本当の姿を知らなけりゃ、それは孤独と同じ意味だろうって、俺は思うぜ」
「皓……」
傍らで少し照れたように小さく笑みを浮かべた皓に、恭の胸が少なからず、熱くなる。
「自分を信じるのが難しければ、俺を信じろ。俺はお前の矢に当たる程、鈍い動きはしねぇ」
「うん」
言い切った皓に頷き返しながら、内面で上がる歓喜の声を決して表に漏らすまいと、恭は自分を必死で抑えつけていた。
いつもそうだった。
大勢の友人に囲まれて笑っていても、その場を離れてしまえば、精神は常に孤独に襲われ、弱い自身を絶えず苛んだ。
本性を曝け出せいない為に募る寂しさは、いっときたりとも胸から消える事はなく、溢れ出た感情は、悲しみしか生まなくて。
同じ孤独を抱える皓をようやく見い出した時、いつか友達になれればと願った恭は、初めて自身を偽る事を止めた。
……あれから数年。考えればいまこの瞬間に、その願いは叶ったのかも、知れない。
『例え自分が信じられなくても、皓の事なら、信じられると決めたから。だから、大丈夫』
「……だねー。俺は皓を信じてるもん」
「ああ。なら大丈夫だ」
黙ったまま二人の様子を窺っていた彗に、恭は深く頷いてから、出した答えを口にした。
「彗。俺の矢は絶対に、皓には当たらない」
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