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責任の取り方-02(135)

 互いの顔を無言で見詰めた皓と恭に、斎は救いとも絶望とも取れる言葉を、発した。

「……組む相手は、引き受ける仕事の内容にもよる。皓、恭。お前達の場合、余程困難な仕事でない限り、別行動になると思え」

 切迫した、強い力を持つ二人を、同じ現場に派遣する事は、先ず有り得ないだろう。

 助けを求める掌は数限りない。 仕事を手早く片付ける為には、力の均等が第一条件だ。

 己と彗が同じ仕事に就く事がないのと同様で、強い力を持った者同士は、分散させられる事が多い。

「そうなんだ」

 小さく安堵の息を漏らした恭を、何気に見遣りながら、斎は和んだ空気に釘を刺す。

「だが安心するな。仲間をその手で屠なければならない場合は、他にも存在する」

「……まだ有るのか」

 嫌そうに顔を(しか)めた皓に一つ頷いて。 告げたくはない最悪の忌み事を斎は口にする。

「精神が病んで、闇に囚われる場合も、仲間から追われる身となる」

 何が原因で、いつから魂が闇に染まるのか、確かな原因は未だ解らず、謎のままだ。

「闇に……囚われる?」

「ああ」


 何らかの原因で必要以上に軋んだ精神は、正常さを保つ事が出来ず、本人すら気付かぬ内に、少しずつ端から魂を病んでいく。

 知能や身体能力はそのままに、理性や感情が抗えぬ闇に囚われ、自由が利かない。

 抑圧された精神が歪み、闇に蝕まれ始めると、自己の欲求を制御する事が時間の経過と共に困難になり、やがて理性を裏切り、

欲望の前に自己の信念を(くつがえ)してしまう。

「本能だけで動く異形の者とは違い、ただ自己の魂の棲み処を、闇の中へと変えるのだ」

 精神だけが狂った場合、力の使い過ぎによる暴走とは違い、外見に目立った変化はない。

 異界へ渡るのは精神だけに限られる為、正常かどうかの判断が下し難く、周囲が対象者の明らかな異変に気付いた時には、

大概の場合において、手遅れだ。


「知恵ある故の行動だろう。闇に染まった魂は、誰にも気付かれる事なく、用意周到な罠を用意する」

「罠?」

「自己の目的を遂げる為に、邪魔な仲間を取り除く為の仕掛けだ」

「!」

 仲間という仮面を被り続け、巧みに周囲を欺き、利己欲に走るかつての仲間。

 彼等は準備が整い次第、躊躇う事なく、最大の敵へと魂の居場所を変える。

「いっそ全て狂ってしまえば、己を苛む罪の意識は綺麗に消えて無くなるのだろうが」

「違うのか?」

「闇は常に自由を奪う訳ではない。時折精神が正気に返る分、異形に身を堕とした者と違って、苦しいかも知れん」

 追う側も、追われる側も。

 互いを仲間だと認識した上で、決して相容れぬ想いを個々の胸中に抱えたまま、生死を賭けて戦う破目に陥るのだ。


「どちらが生き残っても、精神の傷が深い事は、想像に難くない」

 いつも隣で笑っていた仲間、なのだ。 闇に囚われたとはいえ、外見は何ら変わらない。

 狂った裏切り者だと頭では理解出来ていても、仲間の変わらない姿を前にすれば、感情はついていかない。

「だが生かしてはおけない、か」

 遙の為に。残された仲間の為に。 狂った危険な存在を野放しには、決して出来ない。

 少し掠れ気味の声で吐き出した皓の言葉に、斎は眼を伏せる事で、肯定を表した。


「斎、一つ質問が有るんだが」

「何だ」

「狂った方が、正常な奴よりも強い場合はどうするんだ?」

「連絡を受け次第、遙か俺か、……或いは予め決められた相手が、討伐へと向かう」

「予め決められた相手、とは?」

 強張った表情のまま、それでも問い返した皓に、斎は向き直ると、口を開いた。

「己の最期を託せる相手を事前に決めて、互いに誓いを交わすのだ」

 闇に染まった魂が、戦闘中に偶然、正気に返る場合も、有り得るのだ。

 それでも躊躇わずに己を抹殺してくれる相手を、万が一に備えて、事前に選ぶ。

「誰しも同じだが。己を良く知らぬ者に、仲間といえど殺されたくはないだろう?」

 けれど遙の手を煩わす事もしたくはない。

 だから狂った己の始末を任せられる、唯一無二の相手を己で決める。

 いつからか仲間の間で自然と締結された、遙の与り知らぬ、暗黙の決め事の一つ。



「……」

「……斎は、もう誰かと?」

「ああ」

 黙り込んだ皓に代わって、訊ねた恭の言葉に。 眼を閉じて反芻する、斎の中の遠い記憶。

 ――最期はお前の手にかかりたいと、そんな我儘すら笑って許してくれる相手を、斎は選んだつもりだ。

 何事にも揺るぎない、強い精神を持つ男。

「己の最期を託せられる相手はお前しかいない」 そう斎は伝え、承諾の可否を委ねた。

 他の誰でもなく。 己が慈しみ、育て、見守ってきた最高の親友(とも)に、最期は任せたい。

 そんな斎の気持ちを、余す事なく彼は全て受け入れて。

『解った。斎に何か有ったら、俺が責任を果たそう』

 ――視線すら逸らさずに。迷う事なく笑って応えた彗に、己の魂はどれほど――。





 浮かんだ映像を断ち切って、斎は閉じた眼を開ける。 視界に捉える、若い申し子達。

「皓、そして恭よ。お前達も、己が斃されても良いと思う相手がいるならば、予め宣誓をしておく事だ」

「なら!」

 斎が喋り終わるより前に、殆ど叫ぶような勢いで、恭が椅子から立ちあがりざま、声を上げる。

「他の誰かに殺されるくらいなら、俺は皓に――」

「断る」

「皓!?」


 絶望的な表情と共に、大きく眼を見開いた恭の様子を正面に捉えながら、皓は言葉を繋ぐ。

「俺は絶対に恭は殺さない」

 自分に言い聞かせるように、強く。 恭や斎を前に、誓う言葉には、一点の曇りすら存在しない。

「俺も、決して恭には殺されない。無論、他の誰にだって殺されはしねぇ」

「皓……」

 俺達はただ生きる為に、此処に来た。

 誰にも、何事にも、自分達の未来を奪われない為に、地を這う思いで此処へ来たのだ。

「……俺と恭は、互いの未来を奪うために、一緒に行動をしてきた訳じゃねぇ!」


 皓の答えが予想外だったのか、意外そうな表情を浮かべた斎に皓は尚も畳みかける。

「斎。俺は知ってる。自分で気付かない内に魂が闇に落ちる訳がない!」 

 旅の途中、絶望の波と共に忍び寄る闇の気配を、自分は何度感じた事だろう。

 緩やかに闇に侵食されていく自分の精神に、当の本人が気付かない事は有り得ない。


『闇にのまれてはいけないよ』

 殺伐とした環境。 押し潰されそうな孤独の中で知り合った、蜂蜜色の髪をした大人びた子供。

 決して闇に落ちてはいけない。 他人との繋がりを、絶ってはいけない。

 本能的に群れをなす人間は、どんなに頑張ったところで一人では生きられやしない。

 ――あの子供が告げた、真の意味は――


「……俺は絶対に恭の掌は離さねぇ」

 何かの原因で、恭が掌を差し出せないなら、俺がその掌を掴んで、引き上げてやる。

 救いのない魂が、闇に堕ちるその前に、俺が光在る場所へと、絶対に恭を引き戻してみせる。

「皓」

「だから、恭。お前も助けて欲しいなら、助けて欲しいと言えよ――」

 遙にも伝えていた言葉と、全く同じ台詞を、皓は口にする。

 言わなければ、解らない。 けれど恭が本気で助けを口にすれば、俺は必ずその掌を取る。 ……だから。

「だから俺達は、絶対に互いを傷つける事はない」


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