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遠い記憶-02(133)

 來は黙々と作業を続ける遙の姿を、横目で何気に捉えながら、小さく溜息をついた。

 船は修復不可能だと教えたところで、遙は暇さえ有れば、船の修理に取り掛かる。

 遙が幾ら懸命に足掻いたころで、材料が揃わぬこの惑星では、絶対に船が飛び立つ事はない。

『貴女は諦めると言う事を知らないから』

 遙の粘り強さには辟易(へきえき)するが、あれだけ念入りに破壊したのだ。

 早々簡単に船が航行可能な状態にまで戻る筈がない。

 事前に警報装置に繋がる全ての電気系統を故障させ、仲間の注目を集める事故を、わざと火災直前に起こした。

「余熱で新たな爆発が起きたら、船はどうなるか考えるといい!」

 咄嗟に放った言葉はいま思い出しても、笑いが漏れるほど上出来だった。

 仲間の尊敬と信頼を一身に集め、その実、來は船を壊しに意気揚々と内部へ向かったのだ。

 船内で発生した火災は、見かけの勢いだけで、実はさほど大した影響を船体に与えてはいない。

 航行に支障がある部分には、遙と沙羅得が施した、二重の防御術が施行されており、火災による損壊は殆ど無かった。

『後は邪魔な沙羅得、か』

 整備士の彼がいては、いくら船を壊しても意味はないだろう。 怪しまれない程度の爆発物を各所に設置し、防護壁の回路だけを元通りに繋ぐ。

『船が本当に爆発してしまっては、後が困る』

 これから先に訪れるであろう、遙と來の、希望に満ち溢れた生活を、自らが完全に断つ訳にはいかないからだ。

『思ったより、時間は掛かったが、失敗は許されない』

 慎重に繋いだ回路を確認すると、來は足早に仲間の元へと向かった。

 予定より手間取った為か、迎えた遙の顔にほんの少しの不信感を見つけたが、來が事前に用意した謝罪の言葉に、案の定、遙はそっと眼を伏せて。

『貴女の考えなど、私には予測済みですから』

 さすがに船に乗る直前に、警報の設定を変えているとは思わなかったが、良い方向に作用したのだろう。

 沙羅得が抱いた疑惑は、ある意味、彼を進んで船内へ向かわす(しるべ)となったのだから。


「ならば勇気あるお前が、直接確かめてくるが良いだろう」

 沙羅得の自尊心の高さを利用して、嘲りを含んだ声音で、根底から煽ってみせた。

 船を最も良く知る沙羅得を一番先に始末する事は、計画当初に決めていた事だが、

上手く誘いにのった沙羅得の姿に、込み上げる笑いを隠すのは、随分と大変だった。




 本来なら、犠牲は沙羅得だけの予定だった。 けれど降り立った惑星が悪かったのだ。

 たった一つの計算違い。食糧が何一つ存在しないと言う、最大の誤算。

「どうして……!」

 一人、また一人と仲間を失くすたび、遙は身を切られるような慟哭(どうこく)を、繰り返した。

「來、教えてくれ……どうして彼等は死なねばならない?」

「遙、どうぞ泣かないで。不運な事故は重なるものだから」

 私達が生きていく為に。否、愛しい貴女を生かす為に。私は何ら躊躇などしない。

 己とて傷つかぬ訳はない。誰かを犠牲にする度に、割り切った筈の胸は激しく痛む。

 だが仲間を殺そうが、何を犠牲にしようが、ただ貴女を護りたい。

 胸を締める強い想いは、後悔など感じる余裕すら、來自身に与えてはくれなくて。

 船の修理に最低限の人出は必要だろう。 自動操縦に大半を任せるとしても、乗り手を失えば、最悪船は航行不能になる事も予測される。

 しかし例えこの惑星から生涯出られなくなったとしても、遙と二人で生きていけるのなら、それも悪くは無いと、混乱と絶望が統べる中で、來は二人の未来に希望を繋いだ。




『遙』

 ――仲間のいないこの惑星で。貴女が頼るべき相手は、もう私しかいない。 それなのに、貴女は未だに私を受け入れようとしない。 一体何がいけないのか?

『遙、私は貴女にただ生きて欲しいだけだ』

 生きる意欲の無い貴女を、生かす為なら、私はどんな手段でも、(いと)いはしない。

『私は貴女を、護り抜いてみせる』

 (もろ)い貴女を傷つける事がないよう、(けが)れは余す事なく全て私が、この身に引き受ける。

 些細な事にまで神経を張巡らし、一片たりとも綺麗な貴女を、穢したりはしない。

『だからどうか貴女は綺麗なままで、いつまでも生きていて欲しい』

 幾種もの罪で、闇に染まった己の掌。 けれど遙。貴女の生命を護る為なら、私は己ですら簡単に犠牲に出来るのだよ――




 なのに。

「私はもう誰も、喰らいたくはない」

 悩みの種で有った食糧問題も(ようや)く解決を見て、これからという矢先に聞いた、來には到底理解し難い、遙の一言。

「餌に感化されるなど、有ってはならない」

 遙との間で、繰り返される無駄な軋轢(あつれき)の日々。 平行線を辿る互いの意見や、価値観。

 話し合えば話し合うほど、深まる溝は、いまや底が見えぬ程の、深淵と成り果てた。

 傍らに感じるべき温もりは、冷えた空気を纏い、全てを凍りつかせようとしている。


「私が選択した事を、己が亡き後まで來に押し付ける気はないのだから」

 弱り果てた貴女は、それでも頑として生きた餌を食べようとはしない。

 遙、貴女の選択など、遠い昔に私が終わらせているのに、貴女はそれに気付かない。

「ならば、私は私が選んだ道を、たった今から行きましょう」

 いまさら己が選んだ道を引き返す気は、毛頭ない。 秘密裏に進めた研究は、既に最終段階にまで来ている。

 遙を少しずつ宥め、長い長い話し合いの末、ようやく受け取った最期の力の欠片。

『私は決して諦めない。貴女を絶対に死なせはしない』

 白くなり過ぎた肌も、色褪せた貴女の黄金の髪も、直ぐにでも元に戻してみせる。

 華奢な全身を苛む、耐え難い飢えから、私が貴女を永遠に解放してあげよう――




 ガタン!

 大きな音と共に、横に居た遙の身体が、ぐらりと傾ぐのは、同時だった。

「遙!」

 耳元で強くかけられた來の声に、唐突に思考を断ち切られ、遙の精神が(ゆる)やかに現実へと浮上する。

「……どうした、來?」

「どうした、はないでしょう、遙!」

 倒れかけたのですよ、と來に言われ、遙はきつく下唇を噛み締める。

 考え事をしていたつもりが、いつの間に、意識を手離しかけていたのだろう?

 意識が保てない時間は確実に増え、衰弱した身体は最早限界に近いのかも知れない。

 心配げな表情を浮かべた來に、遙は軽く微笑すると「心配無い」と言葉を返して話題を打ち切ろうと試みた。


 現在は一刻でも時間が惜しい。

 思い返せば、遙達が長くこの惑星に留まり過ぎたのが、全ての発端に違いない。

 ――この地上で生命が潰えても、後悔などは何一つ無かった。 何にも執着をしない、何も興味はない筈だった。

 ……そう『人間』に出逢い、卵と呼ばれる彼等の存在を理解するまでは。

『私が此処にいる限り、斎や彗を始め、彼等卵達は永遠に救われない』

 己の状態が悪化すれば、また彗は自分を無理にでも、食べさせようとするだろう。


「臭い」が「匂い」に変わるあの瞬間。 飢えが支配する衝動は、遙でも律する事が出来なかった。

『彗……それはお前の意志じゃない』

 植え付けられた擬似の感情に踊らされる彗を、遙はあの時確かに全身で受け入れた。

 強固な信念を貫くべき意志は、拒み切る事を良しとせず、飢えの前に難なく膝を屈したのだ。

『何と愚かで弱い自分だろう』

 拒めなかったのは弱い己。 だから是が非でも帰る術を見つけなくては、ならない。

 ――再び卵達を食さないように。二度と彼等を傷つける事のないように。 私は彼等を守りたい――




「……遙、今日はもう帰りなさい」

「來?」

 ぼんやりと上げた視線の先で、來が随分と厳しい表情をしているのが見て取れた。

「どうせ船は直らない。良いから今日は帰りなさい」

「……」

 絡んだ來の瞳は、紫紺の色を帯びて。 遙は緩慢な動作で緩々と頷くと、立ち上がる。

「遙。新しい食糧の開発は後少しで完成する」

「……そうか」

 背中に掛けられた來の声に、遙の肩が僅かに小さく揺れる。

 食糧など、要らない。

 信じた愛情さえ、作られた物ならば、もう何一つ欲しい物はこの世界に存在しない。

 つい先日まで、遙が胸の中でずっと刻み続けてきた言葉。 ……けれど。



「もっと早くに言っておくべきだったけど、俺達は、俺達の意思で、遙ちゃんを守りたい」

 不意に胸に浮かんだ言葉と、記憶に在る体温は、涙を誘うほど、いつも温かくて。

 生きて行ける術が有るのならば、それに賭けて見ても良いのかも、知れない。

「……成るべく早く完成すると良いな」

 掠れるほど小さく、言い置いて。

「遙!」

 驚愕の響を残した來を、遙は振り返る事もなく、己が屋敷へと眼を向け、踵を返した。


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