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学ぶべき事-01(130)

「皓、右か左。どちらでも好きな方へ飛んで見ろ。恭、お前は皓の動きを良く注視しろよ」

「皓の動きを?」

「ああ。皓の弱点は、同じ班を組むお前の弱点にも、繋がるからしっかり見とけよ」

 班を組むという事は、互いの欠点を知る事から始まる。

 強制出来る欠点なら良し、さもなければ、互いにその欠点を補い合う必要が有る。

「良く解らないんだけど、彗。どうして皓の弱点が、俺の弱点に繋がるのかな?」

「協力し助けあわなければ、乗り越えられない程の強大な敵が、これから先お前達の行く手に存在しないとも限らないからだ」

 二人揃って、無事に生きて帰りたければ、互いの欠点を知る事は必要不可欠と言えるだろう。

「解った」

 真剣に頷く恭を眼の端に捉えて、彗は皓を促した。

「いいぞ皓。飛べ」

「……」

 単純に飛ぶように指示を与えておきながら、武器を構えなおした彗に嫌な予感を抱きつつ、皓は彗に気取られぬよう、頭の中で解決策を模索する。

『彗に見切られている理由……? 視線か?』

 距離を補足する為に、無意識に流した視線の先を、もし彗が忠実に追っているのだとしたら? 

『それしか考えつかねぇ。……わざと違う方向を見てみるか?』

「……行くぞ」

 大地を力の限り蹴り上げて。 皓が視線を意識的に右へ流して、反対側の左へと大きく跳躍した、その瞬間。


 ザシュ!


「!」

 パラパラと切断されて、地面へ落ちる皓の毛髪と、寸止めされた彗の長剣の切っ先。

「皓!」

「――」

「得物の行き先から目を離すなよ、皓。俺の手元が狂ったらどうする気だ?」

 面白くもなさそうに鼻を鳴らした彗に、「打って出るとは言わなかっただろう!」と反論しかけて、皓は踏み止まった。

 冷静に考えると、彗の行動はやはり不自然だ。

 いくら予定していた契約が遅れたからと言って、屋敷内の卵達を束ねる立場の彗が、直で新人に訓練をつける必要はないのだ。

『単に新人の指導なら、誰でも良かった筈』

 他の訓練生への指導を別人に任せてまで、どうしても訓練をつけたかった、本当の理由。

『彗は模擬戦を通して、俺達に何を伝えたい?』

 何度となく彗と交えた気から、僅かに流れる、言葉に表し難い、複雑な想いの欠片。

 不真面目な中に、ごく微かな真実を紛らせ、彗は重い何かを真剣に託そうとしている。

『……多分俺達じゃないと、出来ない「何か」か』

 ならば彗の信頼に応える為にも、俺達は全力で、この訓練に挑まなければならないだろう。

『それに』

 これは彗の好戦的な性格を、事前に計算に入れて行動しなかった自分の失敗だから。




「どうした、皓?」

 何故何も言い返さない? 訝しげな視線を寄せた彗の眼を真っ向から受け止めて。

「いや、何でもねぇ。もう一回行くぜ」

 再び彗との距離を取り直して、皓は体勢を整えると、大きく息を吐き出した。

「……視線じゃねぇのか」

「ああ、違う」

 独り言のつもりがしっかり彗に返されて、皓は肩をすくめると、黙って下を向いた。


「ねぇ彗。皓は何て言ったの?」

 恭の聴覚では皓の言葉は拾えない。

 彗から聞かされた皓の言葉に、恭は首を縦に振ると「俺もそう考えたんだ」と零す。

「けど、違うんだよね?」

 彗は武器から眼を離すな、と皓に伝えた。確かに戦闘中に相手から眼を離す事ほど、愚かな事はない。

『じゃあ彗は一体皓の何を見て、動きを予測しているんだろう?』

「何だ恭。お前は皓の動きが解らなかったのか」

「うーん……」

 彗の言いつけ通り、皓の動きを客観的に観察しては見たものの、特に問題になるような点は恭には見受けられなかった。

「……お前なぁ」

 逡巡の後、解らないと素直に伝えた恭の台詞に、彗の口から大袈裟な舌打ちが一つ。

「ちっ。いいか恭。特別に教えてやるが、皓の身体の揺れを良く見とけ」

「揺れ?」

 話は終わりだとばかり、彗は得物を構えなおし、皓に向って軽く片手を上げる。

「待たせたな。いいぞ、皓」

 彗の合図から少し間をおいて、恭が熱心に眼を凝らす中、皓がその場から跳躍する。

 皓の足が地面から離れると同時に、突き出される彗の獲物は、やはり寸分違わず、皓の跳躍先を正確に見切っていた。

 だが。

「危ねぇ」

 切断され、舞い落ちた髪の毛は、先程より随分少なくて。

「……ほお」

 紙一重の差で得物の切っ先を避けた皓に、彗が思わず眼を開く。

 いくら全力を揮っている訳ではないとは言え、訓練初日に彗が繰り出す得物から逃れられた人間は、現在まで唯の一人も存在しなかったのだが。

『さすが逸れだけの事は、ある』

 回を重ねれば重ねる程、皓は彗の得物を見切れるようになるだろう。

 思ったよりも二人の鍛錬の時間は短くて済むかも知れない。

『近いうちに全力で遊んでやるのも良い経験か』

 手合わせとはいえ、遙と斎以外に全力で闘える相手が存在した事が、彗には単純に嬉しい。

『俺は強い奴と闘う瞬間が好きだ』

 長い間生き続け、緩やかに麻痺した世界の中で。

 背筋を伝う緊張感だけが、唯一己が生きて此処にいる事実を教えてくれるから。


 思わず頬に浮かんだ好戦的な笑いを隠そうともせず、彗は皓に声を張り上げる。

「上手く避けたが皓、肝心の欠点は解ったのか?」

「いや解らねぇ」

 切っ先を間近で避けれたのは、彗の忠告通り武器から眼を離さなかった結果でしかなく、自分の欠点が解った訳ではない。

「ならば恭は何か解ったか」

「うん。多分解った気がする」

 彗が述べた皓の揺れ。 言われなければ気にも留めなかった、有りがちな身体の動き。

「……そうか。皓こっちへ戻って来い。恭がお前の弱点を解明するそうだ」

「解ったのか!?」

 驚いた顔で近寄ってきた皓に小さく頷いてから、恭は彗に自分の見解を口にした。


「答えは、重心の移動、だよね?」

 跳躍する前の、一瞬の重心移動。その場で停止している状態から大きく跳躍する場合、

皓は動く方向とは逆の方向へ、ごく僅かだが、重心を移動させてから跳躍する。

「反動をつける為に皓は必ず逆方向に、ほんの僅かだけれど、身体を揺らしている」

「正解だ」

「けどそれがどう欠点に繋がるの?」

『揺れる』とは言え、普通の人間の動作と比べると、皓の動きは比べ物にもならない。

 恭でさえ、最初気付かなかった程の皓の動きは、欠点として挙げられる程の問題点なのだろうか?

「お前たちの頭は変わらず馬鹿だな」

 腕を組んで偉そうに言いきる彗に、皓と恭は互いの顔を見合わせる。

「いいか良く聞け。立ち止っている際に、敵に襲われた場合、皓の動きは相手に読まれる可能性がある」

「あっ!」

「また反動をつける分、結果次へと流れる動作が遅くなり、致命傷を招く恐れも生じる事が予測される」

「……けどほんの一瞬だぜ?」

 注視しなければ解らない程の、微細な揺れ。 戦闘中に皓の揺れに気付く敵は、そう多くはないだろう。

「たが俺はその一瞬でお前を殺せる」

「!」

 顔色を失くした皓と恭に「少し言い過ぎたが、本当の事だ」と彗は冷淡に告げた後、不意に訓練の終わりを述べ、

屋敷へと踵を返した。 

「彗どうした?」

「え? 終わりなの?」

 途惑う皓と恭の視線を背中に受けながら、彗は気付かない振りを装って歩き続ける。

 早足で屋敷へと向かう彗の胸中を、自己嫌悪の波が、津波のように襲い始めて、酷く気分が悪い。

『俺はその一瞬でお前を殺せる』皓に告げた言葉の裏で、彗が密かに続けた真の言葉。

『そして――俺に殺せると言う事は、斎にも簡単に殺せると言う事だ』

 考えたくはないが、最悪の事態に備えて、考えなければならない事の一つだと解っている。 けれど。

 知らず強く噛み締めた唇から、口内へほろ苦い鉄の味が広がって。 握りしめた拳が、震える。

『……しっかりしろ! 俺は、斎を信じると決めたのだろう?』

 斎を信じたい。信じようと決めた。 だが一方で、万が一に備える己がいる。

『……俺はどうすれば良い?』

 迷い漂う、大きな流れ。

 己が感情を乗せた船が行き着く先は、本当はどちらへと、舵を向けているのだろう。


「……彗?」

 背後からかかる皓の声に、彗は振り返る事無く「また明朝に訓練を開始する」とだけ返して、皓と恭に斎の部屋を訪れ、申し子としての講義を受けるよう促した。






『信仰の厚いお前達に、私達の力を持った子供を贈り物として授けよう』

 遙と來のこの言葉以来、各地に極僅かだが、神の力を授かった子供が誕生するようになった。

 個人が生来持つ能力値によって、ある程度の差はあるが、共通の特徴は彼等が遙達のような『力』と、永遠に近い寿命を生まれつき併せ持っている事だ。

「神と人との混血として生を受ける事から、その存在を総じて、贈り物=卵=と呼ばれているのは知っているな?」

「確かフェイの卵が語源だとかって、聞いたけど」

 恭の自信がなさそうな解答に、斎は微かに微笑むと一種の隠語では有るがな、と呟く。

「隠語……?」

 この世界生息する数多の生物の中で、フェイと呼ばれる鳥は、個体数が他の鳥類と比べ圧倒的に少なく、いまや完全に絶滅への一途を辿っている危惧種だ。

「皓、何故フェイが絶滅に向かっているか知っているか?」

「一度相手を決めると他に(つが)いを持たないからだろう」

 フェイは愛情深く何らかの原因で番いの相手を失った場合、他に番いを持たない事で知られている。

「それは違う」

「?」

 確かに嘘ではない。フェイは愛情深く、他に番いは持たない。が絶滅の原因は他にある。

「フェイを狩る場合、必ず一族ごと狩るからだ」

「何故、そんな事を?」

「目の前で伴侶を、或いは子供を殺されたフェイは、必ず復讐を企てるからだ。猟師の後を追い、留守中にその家を襲い、最も弱い相手に復讐を果たす」

「!」

 被害の大抵は年端もいかぬ子供か、抵抗すら出来ない赤子だ。

「……解ったか。神の子供をフェイの卵と呼ぶのは、暗にその子を殺すと、神から復讐されるという意味だ」


 生まれた子の能力を恐れ(いと)い、闇に屠れば必ず神に報復される。 だから決して殺してはならない。

 神を畏れる余り、公に言葉に出来ない言葉は、いつしか民の間で隠語として伝えられてきた。

「昔は殺された卵が多かったからな」

「遙達は本当に復讐を?」

 返した皓を、すかさず恭が横目で睨みつける。

 斎は何気にそんな二人の状況を観察しながら言葉を続けた。

「いや。俺が知る限り一度もない」

 けれど怯えた心は猜疑心を呼び、結果、天災も人災も全てが神の障りと成り果てる。

「なるほど。すべてが祟りという事か」

 不幸とは、受け取る側の気持ちによって、かくも形を変える物なのだ。


「フェイの姿が消えつつあるのと同時に、隠された言葉も消えつつある。

元来の言葉の意味を知る者が少なくなる事は、果たして良い事なのか悪い事なのか、俺には判らぬがな」

 黙って神妙な表情を浮かべる二人を前に、斎はそう告げると、話の先を続ける。

「一般的には遙の血脈を金の卵と呼び、來の血脈を銀の卵と呼称されている。これは恐らく遙達の外見上からのいわれで有り、誕生した卵自身の外見に、痣以外は何ら目立った特徴がある訳ではない」

「俺は遙の卵なら金髪だと聞いた事があるが?」

 熱心に講義を続ける斎の綺麗な金髪を見遣りながら、皓は思いついた疑問を口にする。

「いやそうではない。人との混血なのだから、当然髪の色など皆様々だ」

 さらりと否定した斎の言葉に、なるほどな、と皓は軽く頷く。

 そう言われれば、彗の髪は褐色だ。

 理由を考えれば確かにもっともな話なのだが、皓のように漠然と思い込んでいる民も多い事だろう。

「実際この屋敷に住む卵は皆髪の色が違うから、暇な時にでも確かめるが良い」

 生真面目な物言いしか出来ない斎に、皓は手を振って拒絶の意を表すと、話の続きを促す。

「皓?」

 質問したのはお前のはずだが、と言いたげな態度の斎に「別に確認までしなくても」と皓は口の中で小さく呟いて、横眼で恭に同意と救いを訴える。

「皓はそこまでしたい訳じゃないみたいだよ」

 皓の態度に笑いを堪えながら、恭が斎の注意を惹くと、途絶えた講義は再び始まった。


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