真に大切な、もの-04(129)
「いいか皓。間合いに気を付けろよ」
呼び出された中庭で。取り敢えずの防具と武器を手にした皓達に、彗が呼びかける。
「間合い?」
「返事は『わかりました』だろうが」と零しながら、彗は片手に両刃の剣を構えると、余裕の笑みをその特徴的な頬に刻んだ。
「うわっ、あの大きさ嘘だよね?」
驚嘆交じりの恭の言葉を聞きながら、皓の視線は彗の持つ武器に固定されていた。
片刃には一般的な刃を。
残る片刃には、揺れる焔を見立てているのか、時に短く、時に広い幅を持つ、不規則に波打つ刃が装着されていた。
だが最も注目すべき点は、剣の異様な大きさと、彗の背丈程も有る長さ、だろう。
彗の得物は仲間内においても、圧倒的な長さと大きさを誇り、当然扱いには相当の技量が要される。
斎の次に強い力を持つとされる彗は、この得物を己の一部のように操り、相手を遠距離から難なく倒す戦法を、主としていた。
「てっきり彗は接近戦だと思ってたけど。……意外だねー」
「ああ」
「何故だか教えてやろうか」
対する互いの距離がかなり開いているにも関わらず、小さな言葉まで聞き取れる彗の聴覚は、相変わらず空恐ろしい。
「どれだけ耳がいいんだ、彗は?」
「うーん。けど滅多な陰口が叩けない事は確かだよねー」
しっかり聞こえているが、と思いつつ彗は、皓と恭に向かって声を張り上げる。
「これは忠告も兼ねているが、斎に指南を乞う時は、奴の得物に気を付けろ」
「斎の得物?」
「ああ。俺が距離を取る武器を使うのは、主に斎と組む時に限られる」
彗の言葉に、皓と恭は、斎の背に負われた大剣を、可能な限り思い出す。
彗が手にしている剣と比べれは論外だか、斎の剣も、並の大きさではなかったような記憶がある。
「斎がいつも背中に負ってる、あの剣だよな?」
「いや、そうじゃない」
斎が背中に負った大剣は、敵に脅威を与える為に必効果的な見せ物として、所持しているに過ぎない。
「よく聞け、お前達。斎の本当の得物は、眼に見える武器としては、存在しない抽象的な『物』だ。斎の精神が強く思い描いた印象から武器は生まれ、その形を自在に変えて襲い来る」
「形を変えて……?」
「そうだ」
「斎はその場に在る木や草を使う」
「木や草を? どうやって武器として使うの?」
大地に己が掌を宛がい、地中深くに眠る大地の力を、斎は強制的に呼び覚ます。
揺り起こされた木々の原種は、地面を掘り起し、石礫を巻き上げながら、一斉に空へと向かう。
「斎は急速に生長したそれらを意のままに操り、相手に攻撃を仕掛けるのだ。原種を檻として使うならまだ良いが、鋭く尖った先端で相手を貫く事も出来る」
足元が揺れたと感じた瞬間、地面から突き出る無数の木々は、地上にいる全ての者を例外なく射抜く。
「あるいは原種を鞭のように撓らせて、相手の四肢に巻き付け、拘束する事も可能だ」
斎の拘束技は、木々から伸びる多数の細い枝が鞭となり、四方八方から同時に押し寄せる為、避けようがない。
「しかも、この枝は絶対に切れない」
過去に誰も斎の拘束技から逃れられた者はいない。
冗談半分に試した彗ですら、斎の桁外れの拘束力を前に、身動き一つ取る事が叶わなかった。
「強力を誇る俺ですら、脱出は出来ない」
試した事はないが、拘束技に限って比較すれば、斎の能力は遙と來をも凌ぐだろう。
彗の強力が遙に通用するように、『卵』としての特殊能力は、時として創造主すら上回る『力』がある。
『……もっとも遙なら、例え斎の攻撃でも、上手く避ける気はするが』
「覚えておけよ、皓、恭。申し子は所詮、卵には勝てない」
「何っ!?」
顔を紅潮させて憤慨する皓に「人の話は最後まで聞けと教えなかったか?」と彗は笑う。
「だから今日から俺が、お前達を鍛えてやる」
「……」
『万が一俺が敗れた場合、希望託せる相手はこの二人を除いて他にはいない』
――ただの考えすぎだと、俺の杞憂だと、いっそ斎と笑い飛ばせれば、どんなに楽だろう――
だが精神を蝕まれ、闇に呑まれた仲間を何人も、彗は斎や遙と共に繰り返し見てきた。
経験は感情を裏切り、危惧すべき事態が現実へと向かう様を刻一刻と彗に告げている。
――斎が完全に闇に呑まれる前に屠れば、まだ俺に勝機はあるかも知れない。けれど。
『大丈夫だ、彗。俺はまだ……大丈夫だ』
振り絞るように答えた親友の言葉を、俺は最後の瞬間まで信じたい。だから――
「早く強くなれよ、お前達」
「?」
不思議そうに互いの顔を見合わせた皓と恭に、いつかの己と斎を重ねて、彗は眼を閉じる。
――願わくば。お前達の正体が、卵の実力を超える逸れで有りますように――
完全に狂った斎を遙が手にかけずに済むように、斎との戦い方を皓と恭に教え込む。
矛盾する想いの狭間で祈るは唯、遙の幸せ。 ……それだけだ。
――迷う気持ちは前へ進む事でしか打ち消す事が出来ないのならば、俺は前へと歩いて行こう――
胸の奥に独り刻んだ想いは、誰にも教えてやらない。 閉じた眼を、再びしかと彗は見開いて。
「彗?」
彗が眼を開けた瞬間、纏う気が見る見る変わっていくのが、皓と恭には感じ取れた。
乱暴で、けれど何処か温かい波動は鳴りを潜め、荒く猛々しい波動が剥き出しになる。
「……本気で向かって来い」
「おう!」
桁外れの大きさと長さを誇る、彗の武器。 長い射程距離は長所で有ると同時に、短所でもある。
『相手の懐に入れば、勝ち目はある』
同じ事を考えているに違いない恭に、皓は言葉には出さず、眼で頷いて。
「いくぞ! 恭」
「うん」
「くっ……。付け入る隙がねぇな」
「本当にねぇ」
彗の懐に飛び込みさえすれば、何とかなるかとは思ったが、肝心の懐に容易に踏み込む事が出来ないのだ。
「しかも、あいつ息すら切れていねぇ」
彗一人で、皓と恭の二人を相手にしているのだ。 にも関わらず、彗は相変わらず飄然と佇んでいるだけだ。
「皓、恭。お前達の欠点を教えてやろうか」
「欠点?」
息が上がって動きの鈍くなった皓と恭に、彗が余裕の笑みを浮かべて話しかける。
「沢山あるが、先ずは皓の欠点から教えてやろう」
悔しさに思わず歯軋りする皓の様子を、満足げに眺めてから、彗は皓に忠告を発した。
「何故お前が向かってくる方向が俺に解ると思う?」
右が左か。皓がどちらから攻めても、必ず彗に事前に見切られて避けられてしまう。
「……いや。解らねぇ」
「解りません、教えて下さいだろうが」
この馬鹿がと、ご丁寧に語尾に付け加える彗に、一瞬本気で殺意を抱きつつ、皓はきっぱりと言い放つ。
「なら教えてなんか要らねぇ」
「……皓」
速攻で言い切った皓に、恭が呆れ顔を向ける。 が、彗には皓の返事が予測出来ていたのだろう。
「変わらず、可愛げのない奴だな」と笑いを含んだ声音で呟くと、解説を始めた。