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明かされた恭の想い(123)

 普段とは違う彗の様子が気になって、ついつい似合わない長湯をしたものの、会話はそれ以上進展する気配を見せず、()む無く皓は、未だ黙々と湯に浸かる彗を置いて、一人浴場を後にした。

 部屋に戻り、両親への手紙を終えた様子の恭に、柄にもなく気を使ったのが、失敗だったのだろう。

 他愛無い無駄話から、不意に飛び出した恭の質問に、話しかけた事自体が間違いだったと、皓は強く思う。


「皓って本っ当に、遙ちゃんが女に見えないの?」

 余りにくだらない恭の問いかけに、ただでさえ風呂上りで億劫な皓の身体から、更に力が抜け落ちる。

「それを聞いてどうなる?」

「だって皓、この間遙ちゃんの事、抱き寄せたよね?」

 一瞬、恭の言う『この間の事』が把握できなくて、皓の顔に大きな疑問符が浮かぶ。

「……ちょっと待て、恭。俺が一体いつ遙を抱きしめた?」

「泣いている遙ちゃんの事、皓はしっかり抱きしめたじゃないかー」

 続いた恭の言葉に、ようやく思い当って、皓は勘違いをしている恭に言葉を返した。


「あれはそう言う意味じゃねえ」

 泣いた遙を抱きしめたのは、ただの条件反射であって、皓に特別な意図はない。

「でも普通野郎にはしない行為だから――」

 なおも言い募る恭に、皓は常日頃から密かに思っていた事を、勢いでぶちまける。

「くどい! 第一遙に胸は無い!」

「うぐっ! ……確かに胸は限りなく無いけれど、まだ成長途中かも知れないよ? 

それに皓って、胸の有り無しで性別を判断する性格だっけ?」

「別に俺は胸の大きさに(こだわ)りはしないが……いや待て恭よ、そう言う問題じゃない」

「?」



『……どうしていつも恭と喋ると、こうなる?』 

 脱力仕切った思考の中で、何とか正常な判断を下そうと、皓はこれまでに得た遙の情報を整理する。

 仕組みの程は不明だが、遙は個々の人間の好みの姿をその身に直に投影すると言う。

 だから当然のように遙に対する印象は、共通の印象である髪や瞳の色を除き、人それぞれでかなり喰い違う。

 いずれにせよ、己の理想が反映されたその姿に、夢中になるなと言うのが、土台無理な話なのだろうが。


『では俺が見ている遙は一体何だ?』

 確かに驚くほど綺麗な顔と、無駄のない容姿をしてはいるが、皓の理想とは全然違う。

 男か女か良く判らない中性的な顔立ちも、色気には程遠い、華奢な作りの体型も。

『俺はどちらかと言うと、色気の有る女の方が好みだし、身体だって華奢よりは断然肉付きの良い方が好みだ』

 それに遙の透けるような白い肌よりも、健康的に焼けた褐色の肌の方が、そそられる。

 感情だって、遙のように押し殺すよりは、素直に顔全体で表情豊かに表してくれる方が、愛嬌もあるし、容易く共感を得る事も可能だろう。

 数え上げれば限がないくらい理想の容姿は存在するが、皓の眼に映る遙の姿はどれ一つとして、皓の願望が反映されていない。


「じゃあ、皓には遙ちゃんってどう見えてるの?」

「……遙は、遙だ」

 実際それ以上に答えようがなくて、皓は言葉に詰まる。

「それって、皓は遙ちゃんに興味が無いって事だよね?!」

「ああ?!」

 恭が密かに握り拳を突き上げる姿を横目に捉えつつ、皓は溜息を零した。

 最近の恭の言動は、皓が理解出来る範疇を明らかに超えつつある。

「言っておくが恭よ。お前俺達が此処に居る理由を忘れた訳ではないだろうな?」

「大丈夫だよ。遙ちゃんは俺達で護る! だろう」

 笑顔で即答する恭を、果たしてこいつはこの言葉の意味を本当に理解出来ているのだろうかと考える。

 現にいまも何処か浮ついた様子の恭を横目で蔑みつつ、皓は小さく嘆息する。

 能力的に限定すれば、申し子であるただの二人に確実に出る幕は無いだろう。

 遙は充分過ぎるほど自分を守れる能力を保有し、更に周囲を取り囲む斎達の腕前は卵故、圧倒的な強さを誇る。

 けれど精神的に(もろ)い遙を、陰から支えていこうと、あの日どちらからともなく決めた。



「私は……」

 あの日、不意に背を向けて、必死で涙を堪える遙の後ろ姿が、故郷に置いてきた弟の姿と重なって、皓にはどうしてもそんな状態の遙を見過ごす事が、出来なかった。

 思わず抱き寄せた身体は、意外にも腕の中に難なく包めるくらい小さくて、柔らかい。

 遙自身は、本当はこんなにも華奢な存在だったのだと、唐突に気付かされた事実は、同時に遙の背負った立場の大きさをも、如実に物語っていた。

 ――何も話そうとしない遙は、きっと俺達には想像もつかない程沢山の荷物を、その華奢な背に負っているのだろう――

 もっと仲間を信頼しろと告げた皓に、「卵である彼等は、無条件で私に惹かれるのだよ」と返した遙。

 互いに隠された感情の中で、斎達は斎達なりのやり方で、遙を懸命に守っているように皓は感じていたのだが。

 淋しげに呟いた遙の精神(こころ)の奥底で、何か斎達では対応仕切れない複雑な問題が絡み合っているのなら、申し子である俺達は、俺達のやり方で、遙を守ればいい、そう思った。



「けど皓が遙ちゃんに興味が無くて、本当に良かった。俺、皓と遙ちゃん挟んで競い合うのって、絶対嫌だったんだよねー」

 背中越しに不意にかけられた、陽気なけれど微妙に真剣さを交えた恭の言葉の響に、皓は思わず恭の顔を注視して、率直な思いを伝えた。

「……やめとけ」

 対象となる女性は他に沢山いるのだ。 わざわざ辛い道を進んで選択する必要はない。

 遙を一人の『女』として見た場合、訪れる結果は考えるまでもない。

「皓」

 この屋敷の中ですら、俺達と同じ人間の若い女が働いている場所は、沢山在る。麓のイシェフだって同様だ。

 別に異性間に厳格な制限が設けられている訳でもないから、互いに気が合えば、堂々と付き合う事は可能だ。

 これから先、申し子として地方に赴く任を受ければ、遙に仕えていると言うだけで、現地の有力者の娘などに意味無く色目を使われる事も、少なくはないだろう。

 焦らなくても異性と知り合う機会は、迎える長い人生の中で星屑ほど存在するのだ。

 ――第一遙は、俺達とは違って『人』ですら、無い――


「恭、遙は無理だ。諦めた方がいい」

「うーん? 心配してくれるの?」

 表面上はいつも同じ気軽な口調。 けれど()ぎる表情は真剣な一人の『男』の物に違いなくて。

 皓は恭を相手に、珍しく言葉に詰まる。

「違う、俺はただ」

「自分でも解ってる。けど駄目なんだ」

 皓と二人岩山に張り付いて、見上げた空に映った遙の姿は、恭の魂を一瞬で奪い去った。

 あの日からずっと、囚われた心はそこに在る――

「恭……」

「一目惚れ、だったんだ」

 眼を閉じるといまでも鮮やかに浮かぶ、イシェフで偶然覗き見た、遙の素の笑顔。

「あの笑顔をもう一度、俺は間近で見てみたい」

 迷いもなく言い切った恭に、それ以上何の言葉も浮かばなくて、皓は口を閉じる。

『相手が遙じゃなければ、まだ応援のしようもあるが』




 恭は外見上は(もと)より、その優しい性格も手伝って、男女を問わず非常に人気が高い。

 有力な情報源もなく遙を探して各所を当て所なく彷徨っていた頃、何日か滞在した先で、知り合った異性に告白をされていた恭を、皓は何度となく見た覚えがある。

「何でかな? またふられたんだけど」

 ただ誰に対しても優しすぎるその性格は、自分だけを特別扱いして欲しい異性に取っては、致命的な欠点となる事に、恭は気付かない。

 異性との初めての遠出にも関わらず、誤って罠に足を捕られた動物を解放したり、荷物を持って困っている年寄りをご丁寧に家まで送り届ける恭は、夜を迎える頃には大概誘った女から愛想を尽かされている。

 一人だけを特別扱いしない、常に弱い者を助ける。

 確かにそんな恭に似合うのは、遙のような性格の持ち主かも知れない。

 が、遙本人を恋愛対象として見たところで、様々な制限が生じる手前、結果は絶望的なように、皓は感じるのだが。

『しかし、恭に諦める気はなさそうだな』

 現時点で恭に何を忠告しても、結局は時間が経過する事によってしか、問題の解決方法はない。

 辛い想いを諦めるにしろ、貫くにしろ、決めるのは恭本人なのだから。

『どっちにしろ、前途多難な恋だな、恭よ』



 流れた気まずい空気を恭は払拭したかったのだろうか。

「皓はさ、誰か気になる人はいないの?」

「ああ?」

 突然話の矛先を向けられて、皓は戸惑いながらも、取り敢えず首を横に振る。

 本当の姿を他人に全て曝して見せた事など、皓には一度たりとて、ない。

 強大な力故に俗世に溶け込めず、他人から常に恐れられて来た存在である皓には、恋など酔狂な感情を抱く余裕は、与えられてはいなかったからだ。

「うーん。ならね、皓は『闇に浮かぶは、()の姿』って言葉、聞いた事有る?」

 理由を口に出さなくても何となく、恭には皓の考えが伝わったのだろう。

 恭は否定した後に黙りこんだ皓へ、尋ねる。

「何だそれ」

「俺の郷里に伝わる言葉なんだけど、眼を閉じた直後の、一瞬の白い闇って有るよね?

 そこに浮かんだ人に、実は隠された自分の心が有ったんだよ、って意味」

 一日の終わりに疲れた眼を閉じて、最初に闇に浮かんだ顔が異性なら、己の心は気付かぬままに、その人にある。

「皓って鈍いから、案外皓自身が意識しない間に、好きな人が出来てるかもよ?」

 意外な恭の言葉に、試しとばかりに素直に閉じた眼を開けて、皓が唸る。

「……駄目だ誰の顔も浮かばねぇ」

「だから落ち着いた時にしないと。……そうだ眠る前にでも、試してみたら?」

「いや、いい」

 即答した皓に、恭が不満げな顔を向ける。

「自信を持って断言出来るが、俺には現在(いま)まで本気になった相手はいない」

「何で?」

「何でって……俺と女との付き合いは、その場限りだからな」

 全体的に赤茶けた髪を、無造作に束ねただけにも関わらず、恭は同性の皓の眼から見ても、かなり顔立ちの良い部類に入る。

 そんな恭と常に行動を共にしている所為か、皓は一時的に付き合う女に対しては、事欠いた覚えが無い。

 欲望のまま、割り切った付き合いしか選ばない皓にとって、特定の異性の存在など正直、考えた事すらなかった。

「それはそれで有る意味、悲し過ぎる結果かも……」

「うるさい! お前に言われたくはねえ」

 ――本気になって、どうしろと? 心を許した相手から、畏怖の眼で見られる事だけは、願い下げだ――

「皓……」

「明日は申し子の儀式だ。早く寝ようぜ」

 無駄話はこれまでだ、と強引に会話を打ち切ると、皓は自分の寝床へと向かう。

 物言いたげな恭の視線を背後に感じつつ、無視を決め込んで、皓は身体を横たえた。

「……お休み」

 やがて小さな溜息とともに、消された部屋の灯り。

 閉じた窓から(さん)ざめく月光が差し込む薄闇の中、皓は自分の掌を見詰める。

 明日になれば執り行われる、申し子の儀式。 どれだけこの日が来る事を、皓は待ち望んだ事だろう。

 様々な事情で延びた契約の日が明日、ようやく巡ってくる。

 ――俺を(うと)んじた両親を、弾き出した世界を。今日を最後に、俺はもう振り返る必要なんてねぇ――

『見てろ。俺は誰よりも強くなる』

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