遙との契約-03(118)
「これが、気になるか?」
左頬に黒々と刻まれた、幾何学的な紋様を指して、何処か得意げに男が二人に問う。
「ああ」
「ふん、じゃあお前達は正真正銘、卵じゃなかった、って事か」
「彗」
咎める斎の声に、彗は片手で難なく応じながら、佇む皓と恭に、誘いをかける。
「この紋様は、俺が遙の卵である証だ」
「!」
何処かに刻まれてはいないかと、模様も解らぬまま必死で探した、神の子の刻印。
印が刻まれる場所は、卵自身の強さを反映した結果だと聞く。
では誰が見ても一目で判る場所に刻印が有るこいつは――
『相当に強い』
皓の口から思わず漏れた小さな呟きは、見合わせた視線の先で、恭の肯定を得た。
「何なら、触って見るか?」
随分と気安く投げかけられた彗の言葉に、皓は素直に興味を惹かれたのだろう。
躊躇なく紋様へと、顔を近付ける。
「がっ!?」
だが近付いた皓の顎を、一瞬の動作で彗は己が掌に捉えると、驚愕に大きく見開いた皓の眼を、深く覗き込んだ。
「なっ、お前?!」
突然の束縛に対して、全力で抗う皓を物ともせず、片手に皓の顎を捉えた状態で、彗は斎に問いかける。
「誰かさんみたく、『眼』って事はないのかよ、斎」
「放せ!」
「皓!」
もがく皓を援護しようと近付いた恭に「何だやる気か?」と彗は不敵に笑いかけて。
「くっ……」
真剣な皓と恭を前にしてなお、遊び半分で二人へ迫る彗に、鋭く響いた斎の言葉は、絶対だった。
「彗!」
「……冗談。怒るなよ、斎」
斎の口調に何かを感じたのか、大人しく彗が従う。 しかし、明らかにわざとだろう。
皓から掌を離す際、彗は皓の身体を後方へ突き飛ばして、互いの距離を取った。
偶然ではない証拠に、彗の頬に明け透けな笑いが浮かぶ。
「お前一体――」
片手で易々と掴まれただけなのに、その掌を外せもしなかった事実に、皓は激しい衝撃を覚えた。
『これが卵と俺達との違いなのか?! 選ばれた神の子とは何と強く、選ばれない俺達との実力差は、こんなにも離れている物なのか?!』
顎から首にかけて、薄っすらと赤くなっている様を確認して、皓の身体を身震いが走る。
そんな皓の、内心の動揺を透かし見た彗は、頬に大仰な嘲笑を浮かべた。
「おい、俺はお前じゃない、彗だ。強い『人間』が入ってきたと、噂に聞いてな」
「俺達の噂を?」
「仲間を纏める俺としては、お前達に挨拶がてら、噂の真偽を確かめようと思ったまでだ」
そう言い放ち、彗は改めて、皓と恭の姿を順番に注視する。 確かに仲間内でこの二人が噂になっているのは事実だ。
『……もっともあいつらが本当に確認したい事は、別の件だろうけどな』
麓で見せた力の片鱗。 尋常ではない力を宿すこいつらが、ただの人間で有る筈はない。
保護されなかった卵なのか、それとも俺達卵が『最も忌むべき存在』なのか。
――俺達は事の真相が知りたくて、我慢出来ない。
「彗、彼等はまだ契約前だ。無茶はするな」
斎の言葉に、彗は意外そうな表情を浮かべると、それは悪い事をしたなと、口の中でもそもそと呟いた。
「皓、恭。明日からのお前達の演習は、当面の間、ここにいる彗が面倒を見る事に決まった」
「!」
「宜しくな」
何事もなかったように、改めて差し出された彗の掌を無視して、皓が斎へと叫ぶ。
「斎は?」
「いきなり斎が相手では荷が重いから、俺が引き受けたって訳だ」
「ちっ!」
「皓!」
彗を前に、露骨に嫌そうな顔で舌打ちまでかました皓に、恭が脇から宥めにかかる。
「確かに彼の言い分には一理あるよ」
「……」
「斎には、遙ちゃんとの契約を済ませてから、改めて教えを乞えばいいんだし、ね」
「斎に遙……ちゃん?」
恭の言葉にピクリ、と彗と斎が肩を揺らす。
慌てて口を押さえた恭を尻目に、不気味なほど静かに肩で笑った彗は、突如顔を上げると、怒鳴る様に、皓と恭に言い放った。
「斎を呼び捨てにするとはいい覚悟だなお前ら! いいか、俺は先ずお前達がきちんとした礼儀作法を学ぶまで、
容赦なく叩きのめす! 覚悟しとけ」
返す踵も荒く、背を向け外へと出た彗を、追いかけるようにして、斎が戸口へと向かう。
「彗は普段はあんな男ではないのだが。どうやらお前達とは相性が良いらしい」
「はぁっ?!」
何処をどう取って、俺達と彗の相性がいいと言うのか。
斎の思考が理解出来なくて、困惑する皓と恭に、斎はただ穏やかに笑うと「そのうち解る」とだけ言い残し、部屋を後にした。