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【第二部】 盲点(115)

 外見の印象より随分だだ長い屋敷を、斎に先導され、奥へ奥へと向かう。

「ここの環境に慣れるまでは、当分二人一組で部屋を使え」

 通された部屋は広く、取り敢えずの生活用品は、一見したところ、全て揃ってるように見えた。

「足りないものは順次用意すれば良かろう。俺の部屋は廊下を挟んだ、向かいの右隅だ。何か用が有れば、遠慮なく訪ねて来るが良い」

 告げて斎は形の良い顎で、自分の部屋を指し示す。

「俺の部屋から一つ置いて隣が、彗と言って、此処の住人を束ねる役割を担っている男だ」

「お前、斎だっけ? 斎は此処で何をしている立場だ?」


「皓!」

 明らかに自分よりも年配者であろう斎に対し、普段の口調で喋る皓を、恭が(いさ)める。

 そんな二人の様子をさり気なく観察しながら、斎は皓を見据え、不敵な笑みを刻んだ。

「……なに(じき)、解る」

「?」

「旅の疲れもあるだろうから、今日はもう、休むがいい」

 食堂から風呂。

 果ては洗面所の位置までを斎は一気に教えると、斎は無駄話は一切せずに自室へと消えてしまう。

 引き止める話題もない手前、皓と恭は仕方なく黙ってその背を見送った。


「後で解るって……変な奴だな」

「うーん。ちよっと怒ったのかも」

「怒る? 何でだ?」

 皓の心底不思議そうな表情に、一瞬迷った末、恭は真実を教えない事に決めた。

 確かに学ばなければいけない事は、皓にはまだまだ沢山、有るようだから。

「それより皓、ご飯食べに行こうよ」

 無理な旅を終え、戦闘をしたばかりなのだ。お腹の虫は先程から、ずっと悲鳴を上げ続けている。

「おし。そうするか」


 元々大雑把な斎の案内を、更にうろ聞きしていた結果、屋敷内を迷うこと二十分。

 (ようや)く辿り着いた食堂で、甲斐甲斐しく給仕をしてくれた人間は――

「あんたは!」

 皓と恭は驚きの余り、同時に椅子から立ち上がると、その人間を慌てて呼び止めた。

「仲間になれたようで、良かったですね」

 麓で宿を提供してくれていた夫人の満面の笑顔を、皓と恭は狐に化かされた気分で、見詰めた。

 強行突破を試みた自分達の足ですら、屋敷に辿り着くまでに一週間掛かっているのだ。

 一般市民の、しかも女の足で、俺達よりも先に屋敷へ着くなどど、絶対に有り得ない。


「あのー。どうして此処に?」

 躊躇(ためら)いがちに発せられた恭の問いに、夫人は何でもない事のように素直に答えると、首を傾げた。

「私、ここで働いてますから。それが何か?」

「え?!」

「じゃあ一週間前に、麓で旅発つ俺達を見送った夫人は別人なのか?」

 思わず呟いた皓に、夫人は弾かれたように笑い声を上げた。

「いいえ。私は通いで、住み込みでは有りませんもの」

「通い!?」

 見事に重なった皓と恭の二重奏に、夫人は一層にこやかな笑みを浮かべて頷いた。

 




「ちー。くそっ!」

 皓の口から、行く当てのない罵りの言葉が、小さく洩れる。

 この屋敷にはイシェフに住む人間が、下働きとしてかなりの人数で、雇われている。

 (いず)れも通いで雇われている彼等は、日々、イシェフと屋敷の間を往復しているのだ。

「抜け道とはね……」

 何の変哲もない扉を一枚、開けるだけで瞬時に麓と繋がる、住民専用の隠し通路。

「教えて、とは聞かれなかったから……」

 皓と恭の驚愕した顔に、罪の意識が(もた)げたのだろう。

 申し訳なさそうに小声で謝罪した夫人を、責める訳にもいかなくて。


「考えたらみんな、昼間は家にいなかったもんねー」

 何となく一家全員で農作業をしているのだろう、と思い込んでいた自分が恨めしい。

「イシェフの人達って、意外と侮れないねー」

 ……いや恭よ、そこは楽しげに発言する場合ではないと、俺は思うのだが。

「聞かなかったから、言わなかった、か」

 ある意味、これは口が堅いと言うべきなのか。

 我慢強いイシェフの人間は、普段から要らぬ事には自ら首を挟まぬ主義なのだろう。

「何か、全員そうだな」

「うん?」


「遙も、斎もそうだろよ? 必要以上の説明は一切しない。こっちの言い分は聞く癖に、

自分自身の言い訳や泣き言は、何一つ零さねぇ」

 麓に滞在中、何度か不意に足元をふらつかせた遙を、皓は見た。

 顔色の異常な悪さからして、遙は何か持病を抱えているのかも知れない、と思った程だ。

 けれどいつも遙は何でもない顔をして、心配する仲間にすら、頼ろうとしない。

「何で傍に手を差し出している奴が居るのに、その手を取らない?」


「……性格的に、どうしてもその手が取れない人も居るんだよ、皓」

「俺は、相手が掴めない状態なら、俺自身がどんな事をしてでも握ってやる」

 引っ込み思案だった自分の末弟。

 優しすぎる性格と、感情を上手く表せない所為で、いつも損ばかりしていた。

「行かないで」と追い(すが)る小さな手を、あの日自分は無常にも振り解いて来たのだ。

『どうして俺は弟が自立出来るまでの僅かな間が、我慢できなかったのだろう――』




「皓?」

 傍らで唐突に強く唇を噛み締めた皓の様子に、恭は訳を尋ねるべきなのか、一人逡巡する。

 皓が自分から話さない限り、触れてはいけない問題なのは、恭にも解ってはいるが、

時々皓は酷く辛そうな表情を見せるから。

『皓だって本当は同じなんだよ――』

 肝心な時に他人に頼ろうとしない皓は、無意識に自分との間に垣根を築く。

『きっと時間が解決する問題なのだろうけれど、少しは俺の事も頼ってくれないかなー』

 恭の口から思わず漏れた、微かな溜息に反応して、皓がふと伏せていた顔を上げた。

「恭、多分遙は精神的に限界に近い。だから俺達で遙を守るぞ」

「勿論、言われなくても」

 もう普段通りの皓に、恭は一抹の寂しさを隠しながら、いつもの通りに答えを返す。

「俺、遙ちゃん好きだし」

「何っ!?」




『皓って本当、傍にいて飽きないよね』

 落ち込んだかと思ったら、急に浮上したり、驚いたり。

 ――こんな風に素直に自分の感情を表す事の出来る皓が、恭にはどれ程羨ましくて、憧れた事か。

 独りは嫌だから、何とか周囲に溶け込みたくて。

 他人の顔色ばかり(うかが)って、求められもしない手を、自分から気安く差し出していた。

 孤独を恐れる余り、鬱積した何かを吐き出す勇気すら、抱く事が出来なかった自分。

 偽りだらけの生活は、いつしか本当の自我さえ見失いそうで。……いつも怖かった。

 あの日皓に出逢って初めて、恭は自分を偽る事を止める事が出来た。

 自分とは正反対の性格の皓は、何と強く逞しいと思えた事だろう。

 『まぁ現在(いま)思えばただ皓が単純なだけだったかなー?』

 現在はまだ、皓に親友と思って貰えなくても、いつか気持ちは通じるだろうから。

『こう言う事は焦っても無駄だろうし、気長に構えるしかないねー』

 物憂げな溜息を更に一つ落とすと、恭は食卓に頭を突伏せた。


「俺はこのまま風呂行ってくるから」

 頭上から降る皓の声に、卓に頬をつけたまま、恭が答える。

「うん。俺は部屋へ帰っとくね」

 立ち去り際、何の前触れもなく、不意に頭に乱暴に置かれた掌。

「恭、お前もなんかあったら俺に言えよ?」

「!」

 ――少しずつだけど、通じてはいる、想い。

 照れたように慌てて立ち去る皓の気配に、顔を上げない事で、恭は応じた。

「……うん、有難う」

 背中越しに、恭の返事を受け止めて。皓は風呂場へと足を進めた。

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