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差し出された掌(114) 【第一部完】

「ところでお前達に尋ねるが、イシェフで暮らす、という事は選択肢にはないのかい?」

 倒れた自分の目の前に、座り込んで問う遙は、もういつもと同じように穏やかだ。

 息一つ乱れてはいない遙の強さが、悔しいを通り越して、皓には純粋に羨ましい。

「イシェフなら、お前達でも生きていけるのではないか?」

 人間は人間の中で暮らす事が、本来一番望ましい。

「私の屋敷へ来るという事は、人間の(ことわり)から外れるという事だが、お前達は何処までそれを認識出来ているのかい?」


「……では逆に聞くが、遙は俺達のような異端者が、人の世に受け入れられているとでも、本気で思っているのか?」

 差し出した遙の白い手をとって、皓は身体を起こすと、全身に付いた(ほこり)を払い落す。

 移動し、同じように恭を助け起こしながら、遙は「いや」と短く答えた。

「イシェフのように特殊な村以外では、生きていくのは難しいだろうね」

「なら!」

 振り返りこちらを見つめる遙の視線を、臆す事無く皓は受け止めて。

「……」

「遙。俺達は今更周囲の人間に併せて生きていく事など、出来やしない」

 隔離された一定の村でしか生きられないのならば、それは生きているとは言えない。

 イシェフに留まる事も、結局は形を変えただけで、人の世から「逃げる」事だと皓は思う。

「俺達は俺達のままで受け入れられたい。生きる場所を、生きる術を、見つけたい」

 自らを偽り、抑圧の下に暮らす生活はもう沢山だ。

 荒んだ生活は、再び正常な精神を少しずつ、端から病んでいくに違いない。

 狭窄(きょうさく)した世界は俺に一層の孤独を植え付け、余裕のない心は今度こそ、闇に蝕まれ堕ちていくだろう。

「頼む遙。俺達に生きる場所を与えてくれ」

 生きる希望を、とまでは願いはしない。自分に出来る努力なら、全力を惜しまない。

 これから先の未来を掴むためだけに、俺達は此処まで長い旅を続けて来たのだから。

「俺達はただ、自分らしく生きていきたい、それだけだ――」



「皓、お前……」

 短期間でよくぞ此処まで成長したものだな、と遙は思う。

 以前の皓ならとっくに、辺り構わず怒鳴り散らしていた事だろう。

 ふと斎の視線を感じて遙は視線を向ける。頷いた斎は「受け入れてやれ」と呟いた。

「……」

 やはり運命は宿命へと、その姿を変えるのか。

 遙が彼等を受け入れぬ限り、彼等の命の輪は廻らない。

 停滞を続けた結果が、来るべき破滅をその身に(もたら)すのならば、いっそ早い段階で、彼等を受け入れるべきだろう。

「皓、恭。……後悔はしないかい?」

 静かに眼を見つめ、問いかけた質問に返す答えは、二人とも見事に同じで。

「後悔とは、後でするから後悔なんだろう?」

『後悔なんていつでもするから――』

 同じような答えを返した小さな子供。ああ。やはり人はこんなにも強く逞しい――

 皓と恭から返された笑顔に、遙は迷いを振り切った。

「それならば、私の屋敷で暮らせば良い」



 そう告げて、鮮やかに微笑んで差し出した遙の掌を、この日、皓と恭は迷わず選び取った。



「宜しくね、遙ちゃん」

「ああ」

 答えた遙の声は何故か苦く、切なく。 何処か自分ではない存在を、遠く見据えた気がして、皓は微かに首を捻る。

「?」

「お前達は此処で学ぶべき事が沢山ある。覚悟する事だな」

 黙り込んだ遙の後を引き取って。斎が皓と恭に脅しをかけた。

「覚悟なら、とうに出来ている」

 そんな斎に皓と恭は大きく頷いて。


 ――俺達の行く末に何が有るのかは、まだ解らない。

 屋敷の扉の向こうに存在する世界が、果たして俺達の望む世界がどうかも、判然としない。

 けれど。踏み出す努力を、俺達は続けるべきだから。




「では、入るかい、屋敷へ?」



                     ≪第一部完≫

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