表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/184

束の間の休息-05(110)

「今夜の収穫は予定より早く終わる事が出来た。全員ご苦労だったな」

 斎の締めの言葉を合図に、皓は地面にどっかりと胡坐(あぐら)をかいて座り込んだ。

『何っつー労働だ』

 黙々と作業に(いそ)しんで、早三時間。

 身体中の筋肉は寒さに凍え、手足は至る箇所で不慣れな動きに悲鳴を上げていた。


「疲れた気配すら見せないって……慣れだねー」

「ああ」

 住民同士、無駄話しに花でも咲かせているのだろう。

 談笑を交わしながら帰宅の途へ向かう村人達は、何と逞しい。

「この作業を白い季節の間、イシェフの人達は毎晩するんだ」

 まだ白い季節の始まりから日が浅い。

 今日より冷える日も、白い花が舞い散る日も、これから彼等は沢山迎えなければならない。


「何処も生きていくって、大変な事だよね」

「……そう、だな」

 それでも彼等の顔に悲壮感などなかった。

 白く寒い過酷な季節を乗り越えてでも、イシェフに住み続ける彼等の胸の内には、

俺達が推し量れない「何か」が、確かに存在するのだろう。

「何か……か」

 呟いて恭と二人。

 座り込んだ木の隙間から、住民の「何か」であるに違いない遙の姿をそれとなく観察してしまう。


「全員、引き上げたか?」

「大丈夫だ」

 ――多分俺達の姿は夜の闇が生み出す影に隠れて、確認出来なかったのだろう。

 誰も居ないと誤った返答を受けた遙は、先程皓がいた木々の場所へと移動した。

「可哀想に。いま治してあげるから」

『?』

 触れた木に話かけて。遙の左手から、淡い光が(ゆる)やかに立ち昇る。

 木全体を柔らかく包み込んだ光は、(しばら)くその場に留まってから、溶け込むように幹の内部へと消えた。

「あいつ何を……?」

 同じ様な事を周囲の何本もの木に(ほどこ)すと、遙は満足げに眼を細め「もう大丈夫だ」と呟き、

無邪気な微笑を浮かべた。


「!」

 遙の微笑なら、これまで何度も眼にした。けれど普段の澄ました笑顔からは想像も出来ない、

遙の()の表情に、恭と皓は息を呑んで、揃って見惚れてしまう。

「彼はまだ加減を知らないだけだから、許しておあげ」

 (ささや)くように漏れた遙の言葉に、恭は(ようや)く遙が取った行動の意味を悟って、小さな呻き声を上げた。

 ……そう言う事、だったんだ。


「恭?」

 意味が解らず、隣で小首を傾げた皓に、恭は思案しつつも、遙の一連の行動から得た真相を、打ち明ける。

「あのね。実を効率よく収穫する事ばかり考えた皓は、本体である木の事は全然考えていなかったよね?」

「ああ」

「あれだけ強い力を浴びた木はどうなると思う?」

 恭の率直な問いに「そりゃ傷の一つでも入るだろうよ」と答えかけて、思い当たる。

「あいつ、木の修復をしていたのか!」

「みたい」


「遙、そんな事なら我々がするから――」

 遙を真ん中に右往左往する仲間を前に、遙は事も無げに「もう終わった」と告げ、いつものように微笑んだ。

 先程零れた無意識の笑顔と比べ、完璧に計算された笑顔は、何処か遙を作り物の人形のように見せていて。

「さっきの笑顔の方が数倍良いよねー」

 恭の意見に同意をするべく、皓は黙って頷いた。

「帰るぞ」

 仲間に声を掛け、身を(ひるがえ)した遙の姿は、自信に溢れ揺るぎない。

 隙の無い姿は見ていて厭味だが、圧倒的な強さを誇る遙の立場なら、また当然なのか。


「やっぱり俺には遙が解らねぇ」

「何が?」

 皓の何気ない言葉に、恭が顔を上げて、不思議そうに皓を見詰める。

「俺は仲間に対して自分を偽る事はない。常に自分の意見を正直に言ってきた」

「だねぇ」

 この場合、少しも否定しない恭に絡むべきかを真剣に考えて、皓は取り敢えず現地点では無視する事に決めた。

 脱線しかけた思考を元に戻し、皓は真顔で続ける。


「だけど俺の見た限り、遙は違う」

 遙は何故仲間にまで自分を取り(つくろ)う必要が、有るのだろう。

 一瞬見せた笑顔は、普段誰にも見せないものに違いない。

 強さと優しさをその身に宿しながら、遙は他人に対して強い面しか見せようとしない。

『私は強い』

 手に持った、紙に書かれた文字。あれは紙に触れた者の強い思いが文字として現れると、遙は告げた。


「なぁ恭よ。本当に自分が強いなら、そんな事をわざわざ考えるか?」

「余程の自信家かなら有り得るけど。……遙ちゃんはそんな人には見えないしね」

「少なくとも俺なら考えねぇ」

 強さは誇るものであっても、常日頃心の中で強く思うものではないからだ。

 もしかして遙は、自分自身にその言葉を絶えず言い聞かせているのではないのか。

 あの浮かんだ文字を見た時から、逆に皓は遙の強さを疑い、あらゆる事に迷いが生じ始めている。

 冷酷に見える表情も、酷薄な物言いも、全てが弱さの裏返しだとしたら?

『……遙。お前は本当に強いのか?』




「遙、彼らは本当に卵ではない?」

 屋敷への帰り道。斎の隣に並んだ(けい)が、周囲を(はばか)るように小声で遙へ問いかける。

「解らない。少なくとも彼等の見える部位に刻印は無い。……が」

 流し見た遙と彗の視線を己に感じて、斎が後を続ける。

「俺と同じ可能性が有るとでも?」

「ああ。否定は出来ないだろうね」

 ……斎と同じような場合なら、仲間になった後でしか判別は無理だろう。

 力が強い者に限ってだが、稀に刻印が外からは見えぬ部位に刻まれる場合も有る。


「遙。さっき皓が放った力は人間の物ではない」

「……」

「もし精査の結果、皓が卵ではなかったら、彼は恐らく――」

 斎の言い淀んだ語尾を引き取って、遙は斎を真っ直ぐに見詰めた。

「それはその時だよ」

 可能性を秘めているのは何も皓だけではない。

 過去に意識を手放した恭に触れた折、僅かに身体に残った『力』を遙はその身で感じた。


「どの道、彼等はやって来るのだから」

 迷える森を。道無き荒野を。彼等は怯む事なく越え、必ず屋敷に辿り着くだろう。

「出来れば申し子はこれ以上作りたくはなかったんだがね」

「どうしてだ?」

「彼等を申し子にするのは至極簡単な事だが、後をどうする?」

 多分私の寿命は、申し子となった彼等より先に(つい)えてしまうだろう。

 だが万が一にでも彼等と交わした契約が安定する前に、私の命が潰えたとしたら?

 その後の彼等を待ち受ける運命は、今更言葉にして言うまでもない。


「血に飢え、彷徨う異形の者――。そんな者にあの二人を変える訳にはいかない」

 ――ならば結局、私はまた誰かを犠牲にして生き続けなければいけないのだ――

 無意識だろう。遙は唇を強く噛み締める。

「遙、そんなに辛いなら俺を食べろ」

「……彗」

 己の言うべき言葉を、隣にいた彗に先に奪われて。斎は我知らず拳を握り締める。


「有難う。だが私は大丈夫だ」

 それでも薄く微笑んで返す遙の言葉は、誰に対しても必ず同じ内容だ。

 やんわりと返される、(しか)し確固として拒絶する遙の言葉は、いつからか斎の胸に消えない(とげ)となって

血を吐き流す。

『遙。何故貴女は誰にも甘えようとしない?』

 互いに擦れ違う想いは遠く。どんなに傍にいても、この手には絶対掴み切れない。

 何も求めない貴女にどうしたら、俺達の存在を必要として貰えるのだろう。

 己の胸に巣食う、餓えるほど切ない思慕は、正常な均衡を失い最早限界に近い。

『頼むから遙。俺達を……俺を拒むな。大丈夫などと、聞きたくもない』

 心が叫ぶ言葉は決して音には出せず。行き場を失った想いはこんなにも熱い――


「斎、己を失うな」

 失ったところで卵である斎には何一つ得られる物はないのだよ。と言外に告げた遙。

『そんな事は俺が一番知っている』

 力の限り握り締めた己の拳から、薄く血が流れても、なお。

 想いは止まらない――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ