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葛藤(11)

 瞭のあれ程明るい顔は何時以来だろうか。親友が出来たと伝える瞭の顔は、何と嬉しそうな事だろう。

 周囲を大人に挟まれて、早くから自分の立場を自ら積極的に受け入れた子供だ。

 責任感が強い所為も有るだろうが、最近の瞭の子供らしくない態度に周りの殆どの人間が、

そして何より遙自身が密かに気を揉んで居たことを、瞭は知る由も無いだろう。


 瞭が肉体的にそして精神的にもまだまだ幼い為に、単独でイエンへ向わせる事に対し、

仲間から反対する意見が根強かった事は確かだ。

 しかし瞭の今日の様子を見る限り、イエンに行かせた事は間違いでは無かったと安堵する。

 遙ではイエンの唄声を聞く事は出来ても、その呼び掛けに応じ道を開く事は出来ない。

 彼女達の『唄声』に導かれた瞭にしか、イエンへ通じる道を開く事が出来ないのが現状だ。<


 ――道は閉ざされ、『呼ばれた』者だけを受け入れる、特殊な村、イエン――


 その哀れな唄い巫女が、現在欲するは自分達と大差ない歳の生贄の経験がある子供だけ。

 事実、限られた条件の中で現在に至るまで、瞭以外は誰も条件を充たす事が出来なかった。

 第一段階として、取り敢えずイエンに潜伏する件はクリア出来たと見做(みな)して良いだろう。

 ……けれど。

 明かりも点けず、瞭の存在が無い心寂しい部屋で、遙は一人考える。

 人の願いとは何処まで叶えるべきなのだろうか。我儘な彼等の願いには限界が決して無く、次から次へと溢れ出る。

 罰せられるべきは欲深い人間なのか、それとも彼等の願いを叶え続け、

我儘にさせてしまった私なのか……判らない。





 結局僕は頭の傷が治るまで、綺菜と要の家に厄介になることになった。

 怪我の程度は左程酷くも無かったが、同じ年頃の友達が出来る事は、僕にとっても要にとっても、

奇跡に等しく、お互い離れがたかった事が、この家に留まった大きな理由だと思う。

 あの夜以来、僕と要は心からの友達になった。

 要にとってそうで有るように、僕に取っても要は初めての親友だった。

 綺菜や要と過ごす毎日はとても楽しく、一日があっと言う間に過ぎ去っていってしまう。

 遙の代理で来ている事を忘れてしまいたいほど、一見平和な日常が此処には存在していて。


 そんな中、暫く滞在して判った事だが、この村には綺菜と要以外に、子供と呼べる年齢の人間は、

極僅かにしか存在しない。

 大抵は綺菜よりも年齢が上か、要よりも随分と下だ。大人と呼べる年代の人達も、村の規模からすると

驚くほど少ない。

 その為か村全体に活気が無く、場所によっては昼間でも、薄ら寒い感じがする。

 こんなに豊かな村なら過疎になる事は考え難く、もっと賑やかな状態が正常な筈なのに、

余りに人が少なすぎる点が、僕は気になった。

 要達の両親も例外ではなく既に亡くなっており、綺菜と要は村人達に助けられながら、姉弟二人だけで、

この家に暮らしているそうだ。<


「瞭、村の外ってどんな感じなんだ?」

 要は暇さえ有れば僕に外の世界の話を聞きたがる。

 僕は要の気持ちを思い遣って、知り得る限りの色々な村や町、そして集落の話を毎日聞かせた。

 何故なら要の年齢を考えると他所の世界が気になるのは至極当然の反応で、不思議でも何でも

無かったからだ。

 本来どこの村でも要の年頃になると、親睦を深める為に近隣の村へ働きに出るか、

広い見解と知識を学ぶ為に諸国を巡る旅をするのが、相場になっている。

 けれど要から聞く限りでは、イエンの村人にはそうした行動は、一切見られないそうだ。


 イエンはその豊かさ故に、他の村と共存する必要性が無く、(むし)ろ外交に至っては

その豊富な資源の略奪を恐れ、積極的に交流を絶ってきた経緯すら(うかが)える。

 ここ数年はイエンを訪ねる者も皆無に近く、稀に迷い人が現れた時のみ、村の外れに

監視付きで最低限の宿を提供し、早々にお引取りを願う、という流れになっている。

 従って村に僕の様な他所者が監視も無く長期に亘り滞在することが出来るのは、極めて稀な出来事なのだ、

と教えられた。


「綺菜が大人達を説得したんだ。感謝しろよなー」

 要の恩着せがましい物言いに

『……そもそも要が僕に怪我をさせたからだろう!』

 思わずそう叫びたくなる気持ちを(こら)える僕は、曖昧に笑う事しか出来なかった。

「けど村の外に出るには村長の許可が必要だからな」

 イエンは自給自足で、充分にその村の機能を維持していくことが出来る唯一無二の村。

『神に愛されたこの地に生まれ、生涯この地から出る事はなく生を終え、神の元へ還る』

 その思考がいつの頃からか、村人全員に深く浸透し始め、ここ数年は村外れの狩猟場に出かける事すら、

禁じられているらしい。


「まぁ俺は勝手に出歩いてるけどな」

「……うん。僕のこと獲物と間違えたもんね」

 あの日も要は村長に内緒で、狩猟場まで出掛けた挙句、僕を射止めたそうだ。

「外で喰っていくには狩りの腕を磨いておかないと生きていけないからな。

本当は毎日でも実践を重ねたいけど綺菜が嫌がるし。……上手くいかないもんだな」

 村の外に出ることに対して神経質なのは、村人だけでなく綺菜も同じだ。

「要は村から出たいの?」

 僕の何気ない一言に足元の小石を蹴りながら、要が小さく呟く。

「……俺はこの村はどこか可笑しいと思う」


 平穏極まり無い、微温湯の様な村の生活の中で、こんな思いを抱いているのは、恐らく村民の中でも自分だけに

違いないだろうけれど。

 どうして誰も、他の世界を知りたいと思わないのだろう。この村で人生を終える意義は何処に有るのだろう?

 その疑問は日々を重ねる毎に大きくなり、要の胸を不安な気持ちにさせる。

 それともイエンの村としての有り方を、疑問に思う自分は何処か可笑しいのだろうか?


 言葉に表せない不安で、要は再度足元の石を乱暴に蹴り上げる。

「俺は……俺達は幾ら村が豊でも働くべきだ。田畑を耕して狩りをし、体を鍛え村を自力で守るべきだ」

 いつから村人は田畑を耕す事を止めた? いつから『奇跡』だけに頼るようになった?

 その『奇跡』は『何』と引き換えに(もたら)されている物なのかは皆、解っている筈なのに。

 何故誰も『願う』事を止めて、自力で物事を改善しようとようとしないのだろうか。


 跳ねた石を追いかけて、足場の悪さを物ともせず動き回るアビを、要は苦笑と共に抱き上げる。

「キューイ?」

 抱き上げたアビの瞳はいつもの青い色ではなく、夕日が映りこんで、綺麗な焔のような色味を帯びていた。

 ふと、どこかで見たようなその色……どこで?

「要?」


『『……このままではいずれイエンは滅びる……』』

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