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与えられた、試練-05(104)

 決して闇に落ちてはいけない。 他人との繋がりを、絶ってはいけない。

 本能的に群れをなす人間は、どんなに頑張ったところで一人では生きられやしない。

 俺を見てくれ、俺に構ってくれと、絶えず皓の心のどこかが、声なき声で叫びを上げる。

『俺は、どうすれば良い?』

 終着点の見えぬ旅に疲れ、周囲に紛れて生きようと、自分を無理に偽った事も有った。

 けれど結果的に、自由を奪われ抑圧された感情は、些細な事で(きし)み、歪んだ人間関係を築く事しか出来ない。


「お前が、あの皓?」

 ――多分あの時恭に出逢わなければ、皓の魂は今度こそ、完全に闇に落ちていただろう。


「俺、皓と一緒に行くことに決めたから」

 同意もなしに、強引に旅に同行する恭と、何度意見の衝突を繰り返した事か。

 一人の方がどれだけ気楽かと思い、ある日、恭の眼を盗んで行方をくらませた。

「……ここにいたんだ」

 黙って行方を眩ませた皓を責める訳でもなく、何気に一言呟いて。

 数週間ぶりの再会にも関わらず、ごく自然な動作で目の前に座った恭に、返す言葉は存在しなかった。

 恭が何を考えているのかは、解らない。

 けれど何度同じ行動を繰り返しても、笑顔で同じ言葉を告げる相手に、いつしか皓は逃げる気力も失った。



『なら行こう、皓。俺と皓の、明日を掴み取る為に』

 恭自身は覚えていないだろう。

 生きる場所を探す旅をしていると明かした時、恭は同じ言葉を皓に告げたのだ。

 二度に亘り、皓へと向かって差し出された掌。 孤独な魂は、同じ孤独を抱える少年に救われた。

「他人は信用できねぇ」

 そう口に出してはばからない皓を信じ、ここまで共に歩んできた友との道程を、こんな惨めな形で終わらせたくはない。 だから。

「絶対に、ここで諦めるわけにはいかねぇ」





「で?」

「うん?」

 わざとらしく小首を傾げる恭の顔を睨みつけながら、皓は震える拳を握り締める。

「宿を提供してくれる人を見つけたんだー」と笑顔で告げた恭に、便乗した自分が馬鹿だった。

 確かに寒空の中、夜露を(しの)げる宿は有り難い。 飯までつけば尚更だ。……が。

「何故、こいつがここに居る?!」

 指した先、向かいで平然と茶をすする遙の姿が、堪らなく憎らしい。

「何故って……」

「ここは私が治める村なのだから、何ら不都合はあるまい」

 怒りで全身を震わす皓に、ちらりと視線を投げかけて、遙は平然と言葉を返す。

「そう言う問題じゃねぇ!」

 荒げた声を上げた皓を、どこか冷めた視線で捉えると、遙は物憂げに椅子から立ち上がる。

「私はお前達の怪我の具合を、確かめに来ただけだ」

 それだけ吼える元気が有るなら大丈夫だろうと告げて、戸口へ向かう遙に、皓と恭は慌てて後を追う。


「お前、俺達を馬鹿にしに来た訳じゃないのか?」

 背中に嘲笑の言葉まで書いた張本人だ。

 何か意図があって、麓まで様子を窺いに来たのだとばかり思っていたのだが。

「馬鹿になど……どうしてそう思う」

 遙は皓の台詞に少し傷ついた表情を浮かべた後、小さく肩をすくめ、溜息を零した。

「人間相手の手合わせは久し振りだったから、加減具合が難しくてね。お前達の様子が心配だったのは、本当だ」

 屋敷まで相当無理をして、旅を続けたようだったから。

 体力が戻るまでこの村で好きなだけ静養すれば良いと、遙は伝えに来たのだ。

「道理で簡単に宿の提供者がみつかる訳だな」

 四方を山で囲まれた、辺鄙な村なのだ。

『本来警戒すべき異邦人である俺達を、村人があっさり受け入れた理由は、そう言う訳か』

「いや。私が降りてきた時に、宿はもう決まっていた」

 遙が誰に頼もうかと思案したとき、何人かの村人はもう既に、名乗りを上げていたのだ。

「それは確かだよ、皓」

 遙の傍らでゆっくりと頷きながら答える恭に、返す言葉を失って、皓は口を閉ざす。

「……」

 親切な神様に、お節介好きの村人達。 ……遙のお膝元で悠々と暮らす村人は、苦労などした事もないのだろう。

『俺とは大違いだ』



 微かに歪んだ皓の表情に気付きながらも、遙は敢えて何も言おうとはせず、つと恭に視線を投げかけた。

「……そう言えば、お前達の背中の言葉、何と書いて有った?」

 夜空の下、微笑みながら問い返す遙の言葉に、(しば)し見惚れた後、恭は村人に告げられた言葉を、素直に述べた。

「そうか」

「誰が書いたの?」

「うん?」

「自分が書き記した内容なら、わざわざ俺達に尋ねる必要はないだろうから、書いた人は遙とは違う人って事だよね?」

 軽い疑問を恭は確認がてら問いかける。

「私も、斎も。……誰も何も書いてはいない」

「!」

 いつの間に手にしたのだろう。

 二人の背中に貼られた紙と同じ、但し何も書かれていない白紙の紙を、遙は広げて見せる。

「ご覧」

 何も書かれていない紙に、見る見る浮き出る、黒い文字。

『私は強い』

「えっ?!」

「この紙はね、触れた人間の思いを映し出す作用を、担っている」

 その時に強く感じた思いを文字として表すこの紙は、我が身の欠点を知る上で、非常に参考になる。

「だが、馬鹿とはね……」

 呆れ気味の遙の言葉に、ある意味当たっているかも、とは口が裂けても言えない恭は、下を向いて、頬に浮かんだ笑いを消す事に集中する。

「お前、俺達に助言したつもりだったのか!?」

「さあ、どうだろう?」

 夜空の星を見上げながら、皓に言葉を返す遙の態度は曖昧で、感情が酷く掴み難い。

「遙、……俺は諦めねぇ」

 白い息を吐きながら、ゆっくりと、区切るように、皓は遙に告げる。



「……皓」

 名乗った覚えがない名前を口に出され、皓はほんの少し眼を開く。

 いつだったか遠い昔にも、同じような覚えが有るような、無いような、漠然とした記憶。

 掴むには遠すぎて、諦めるには近すぎるその記憶をもとに、皓はもうずっと長い間、遙の姿を追い求めてきた。

『あてのない旅の過程で、俺は何度こんな風に、遙と出逢う夢を見た事だろう――』

「どうした。随分と可笑しな表情をしているな?」

『その探るように告げる声の調子も、微かに口の端で笑う癖も、俺は確かに知っている。だがいったい何故だ?!』

 遙の風に揺らぐ髪も、華奢な身体も、全てが白く儚くて、現実に目の前に存在しているのか、記憶の中の再生なのか、一瞬現状が把握できなくなって、皓は酷く戸惑う。

『もしかして俺は、夢を見ているだけなのか?』

 何もかもが、記憶が見せる都合の良い幻影だとしたら? 朝が来れば、一人荒野で眼を覚まし、また全ての世界を、そして自分を呪うのだとしたら? 

 ――不意に言葉には表せない程の強い不安が、皓を襲う。

「遙」

 どうしても確かめたくて、無意識に伸ばした手に触れた、微かに温かい遙の身体。

 驚いた表情を浮かべた遙の頬に、尚も執拗に触れようとして、

「皓!」

 背中にかけられた恭の焦った声に、意識を奪われた瞬間、目の前にいた遙の姿がかき消える。

「……」

 発光する光の軌跡を追いかけて、暗闇に微かに浮かぶ、山の連なり。



「……恭、明日からまた山越えの準備だ」

「ほーい」

 触れた頬は、現実に温かかった。 俺は遙に聞きたい事が沢山有る。 知るべき事も。

 現在(いま)まで抱えてきた譲れない思いを、たった一度の挫折で圧し折る訳にはいかない。 だから。

『待ってろ、遙!』

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