表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/184

与えられた、試練-04(103)

 想像さえし得なかった圧倒的な力を前に、皓や恭は何一つ充分に仕掛ける事は出来なかった。

 赤子の手でも捻るように、遙は明らかに二人を相手にしても、遊んでいた。

「くそっ!」

 地上では誰よりも自分が強いと、皓は自負していた。

 事実、どんなに身体が大きい相手でも、多勢に無勢でも、いままで敗れた事は一度も無かった。 ……それなのに。


「お帰り、家族の元へ」

 吹き飛ばされる瞬間、遠く遙の声が、聞こえたような気がした。

『違う遙。お前は何も知らない』

 俺には、俺の帰りを待ち侘びてくれる家族などいない。 帰る場所なんて、最初からどこにもない。

 ――俺は人で溢れたこの世界で、もうずっと、独りきりだ。

 どこを探しても、何をしても、俺を受け入れてくれる場所さえ、この地上には在りはしないのに。

『……遙。お前は俺に、どこに帰れと言う?』



 遙の行方を探し、当てのない旅を繰り返したあの日々。

 数年にも及ぶ長い年月の間、訪れた町や村は、遠く夜空に浮かぶ星の数よりも多い。

 だが何処にも、皓が落ち着ける場所はなかった。

 それどころか『黒き戦神』の噂を聞き付け、挑んできた相手と戦う、それだけを繰り返す日々だった。

 自業自得の面は(いな)めない。 売られた喧嘩を、後先関係なく買い占めてきたのは、他ならぬ皓自身だったから。

 『本当に俺が、地上に居る誰よりも強いのなら。いつか俺の名が、遙の下へ届くかも知れない』

 そんな淡い期待を抱いたのが、そもそもの間違いだったのだろう。

 結果、この世の誰よりも強くあろうと、戦う相手を容赦なく叩きのめして来た。

 繰り返される殺伐とした生活は、正常な精神を疲弊させ、皓はいつしか少しずつ、目的を見失っていた。




 道を見失った皓を、最初に救ったのは、小さな子供。

 その子供に声をかけたのは、偶然だった。

 夜も更けた空の下、すれ違った細い肩が、背格好が、遠い昔に別れた弟を否応なく、皓に思い出させた。

 脅えもせずに、野宿をすると言いきった、理由(わけ)有りの子供。

 別れた当時の弟と同じ位の、その幼い容姿に。 離れ難かったのは、きっと自分の方だ――。


 一人では危ないと、理由をつけて、強引に寝床を共にした。

 瞬く満点の星屑の下、枕を並べて話すのは、お互い当たり障りのない話ばかり――。

 (しばら)く話すうちに、張り詰めた緊張感も(ゆる)んできたのだろう。 程なく子供の(まぶた)が落ちる。

 横になった小さな身体に、そっと毛布を掛け直しながら、皓は一人、自問自答を繰り返し続けていた。

『どうしてこんなに遠くなってしまったのか。自分はどこに進もうとしているのか?』

 眠った子供の横顔に、別れた弟の顔を重ねてみても、もう思い出すことすら、難しい。

(しょう)、お前は幸せなのか?』

 皓が居なくなった事で、家族は移住を繰り返す必要がなくなった。

 弟も折角出来た友達と別れる必要もなければ、肩身の狭い思いを感じる必要もないだろう。

「うーん」

 寒いのか、毛布を抱えるように身体を丸め、声を漏らした子供に、皓は追想を止め、自分の毛布を(まく)り上げた。

 遠い日、皓の寝床に潜り込んで来た弟にそうしたように、眠った子供の身体を、そっと懐深くに抱え込む。

 子供特有の日向の匂いに、何故か胸が締め付けられるほど、苦しかった。

『笙……お前に逢いたい』




「大丈夫ですか!」

「!」

 小さな手で身体を揺すられ、皓の意識は急速に覚醒へと、向かう。

 不覚にも、子供を抱えた状態で、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 起き上がりざま「どうかしたのか?」と問おうとして、目尻から零れ落ちた、一粒の冷たい光。

「……迷ったんですけど、随分魘(ずいぶんうな)されていたので」

 横を向いて、落ちた涙に気付かない振りをした子供に、この場合、何と応えるべきだろう――。


「話して、見ませんか」

 自分を私と言う、妙に大人びた子供。

 年齢の割には思慮深い、碧の瞳を見つめる内に、いつの間にか口をついた、末弟の話。

 幼い子供には、多分皓の言いたい事の半分も、理解出来なかったに違いない。

 だが嫌がりもせず、一通り黙って皓の話を聞いた後、子供の口から漏れた意外な一言。

「それでも貴方の家族は生きているのでしょう?」

 屋敷に押し入った何者かに、不意に襲われた自分の両親は、抵抗虚しく惨殺された。

 戸棚に隠された自分と、妹。まだ赤ん坊だった弟は、何処かに連れ去られてしまった。

 離れ離れになってしまった弟は、生死すら確認出来ないのだと、その子供は打ち明けた。

「生きているのなら、いつかはお互いを理解出来る筈。感情の(もつ)れは、お互いが根気よく、逃げずに話し合えば、必ず解けるもの。貴方には私と違ってまだ、その機会が残されているのでしょう?」

「だが」

「私はもう何年も弟を探し――」


『何年も?』

 皓の顔に浮かんだ怪訝な表情に、唐突に切られた子供の言葉。

 咳払いを一つすると、子供はとってつけたように、東の空を見上げた。

「もう夜が明けますね」

 完全に陽が昇る前、明け()れの中、馬鹿丁寧な言葉を遣う子供は、性急に礼を述べた。

「お陰様で安心して野宿が出来ました」

 ではこれでと、差し込んだ一筋の暁光(ぎょうこう)に、見事な蜂蜜色の髪を溶け込ませ、逃げるように立ち去る子供の後姿。

 呆気に取られ呆然と見送る皓に、振り向きざま、音には出さず唇だけで、子供は何事かを囁いた。


「決して闇に呑まれてはいけないよ」

「!」

 思わず後を追った時には既に遅く、見渡す風景のどこにも、子供の姿はなかった。

 野宿の後は自分一人の痕跡しかなく、月夜に魅了された魂は、寂しさの余り幻影でも見たのかも知れない。

 けれどこの子供の言葉は、不思議とそれ以降も皓の精神に宿り続け、闇に傾きかけた魂を幾度となく、引き戻す役割を担ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ