プロローグ4
結局インターホンを鳴らすことなく、自分の部屋まで帰ってきた。誰かに事情を説明するにせよ、理解不能な情報と状況が多すぎる。一度と言わず何度でも整理しなくては話にならない。レポート用紙を引っ張り出し、自分が感じた違和感の全てを思いつく限り、思い出せる限り書き出す。
そもそもの発端は何故か連続殺人として報道されている“変死事件”だろう。先ずはここから情報整理と再確認をするべく、ペンを走らせる。
一件目の“感電死事件”の被害者は男性。脳幹から脊椎に至るまでが真っ黒に炭化している状態で死体が発見された。外傷は無く、体のどこから電流を流されたのかすら不明。それでも“殺人事件”として扱われている。
二件目は“粉砕骨折死事件”。被害者は女性。全身の骨がまるで石臼に掛けられたように粉末状になった死体が発見された。重度の骨粗鬆症でも、全身の骨が粉末化するとは考えにくい。しかし殺人――人為的な行為であるとはもっと考えにくいが、それでも“殺人事件”として扱われている。
三件目は“吸血殺人事件”。被害者は女性。死因は失血性ショック。今までの事件に比べ、最も実行できる可能性が高く見えるが、現実的とは言い難い。何せ血液を抜かれる際に掛かった時間は数瞬にも満たないと言うのだ。テレビ的誇張というヤツがあるのかも知れないが、ごく短い時間に人間の血液を全て抜き取ろうとするならばそれなりの設備が必要になるのではないだろうか。これも例によって“殺人”として扱われている。
これに自身が遭遇した事件を合わせると、全部で4件の“殺人”が起こった事になる。この事件について知っているのは、親友を灼いた炎は青白かったという事くらいだ。青色の炎ということは、強力な燃焼作用を持った科学薬品でも使用したのだろうか。どちらにせよ余程の超高温か科学反応でなければ炎は青くならない。思い出したくはないが、そうは言っていられない。親友の死を事実として直視しなければ――きっと前には進めない。フリでも良いから認めなければならない。
理由は判らないが、この4つの(世間的には3つだが)殺人事件には、親友を灼き殺した男が関係しているのは間違いない。方法はどうあれ、少なくとも親友は“殺害”されたのだから。
事件についてはこんな所かな、と一息つく。しかし手を止める事はしない。次はあの探偵を名乗る真っ赤なコートの女性についてだ。ポケットに突っ込んだ名刺を取り出す。
「八戸探偵社、八代社長、八戸八重……」
やたらと八の字が多い簡素なデザインの名刺には、何故か電話番号しか載っていなかった。会社の住所すら載らない名刺はただのメモ書きと変わらない気がするが、この際連絡が取れればなんでもいい。携帯に番号を打ち込み、通話を開始――したのだが、聞こえてきたのは『この電話はお客様のご都合により云々』という機械的な音声だけだった。どうも料金を払っていないらしい。
かと言って連絡がつかないのならば仕方ない、と諦めるのは論外だ。幸いにして会社の名前は判っているのだから、そこから居所を辿るしかない。会社のホームページか何かががヒットすれば儲けものだ。
かくして、確かに『八戸探偵社』は探し当てることが出来た。出来たのだが……。
「――冗談、だろ」
ヒットしたのは、数年前に起きた“火災事故”の記事。ビルをまるまる呑み込むような大火災にもかかわらず、死者はたった1人で済んだという内容だった。ここまでならばまだ、自身の頭を疑わずに済んだ。
しかしその“たった1人の被害者”が“八戸八重”だとしたならば話は別だ。先日自分が会ったのは同姓同名、そもそも自分が会ったのは“八戸八重”だったのか。まるで狐に摘まれたような気分になる。
「何がどうなってんのさ……」
そもそもあの女性と会った時に感じた違和感は何だったのか。まるで“時間が自分だけを置き去りにしたような”奇妙なズレ。ほんの4、5分――実際にはもっと短いかもしれない。そんな他愛ない会話しかしていない筈なのに、実際は30分もの時間が経過していた。結果だけを見れば、突然夢遊病でも発症したか、時計が壊れていたか、もしくは“記憶に残らない30分”を過ごした事になる。最有力説は時計の故障だったが――街中の時計台、テレビのデジタル表示、部屋にある電波式の時計。そのどれもが自分の腕時計と同じ時刻を指していた。無論夢遊病の気も無い、となればやはり“記憶に残らない30分”が存在していたのかもしれない。
そして“記憶に残らない30分”の原因があの“自称八戸八重”にあるとするならば、やはり彼女にはもう一度会わなければならない。ならないのだが……相手の身元どころか、今となっては相手の名前すら判らない。相手が幽霊ならばまた話しは変わってくるだろうが、いくらなんでも荒唐無稽が過ぎる。というか今まで巡らせた思考でさえ、どこか明後日の方向を向いている気さえしているのだ。遂にどこに足を着ければいいのかすら判らなくなってきた。あまりにも不可解な状況に半ば自棄になりかけた時――不意に、携帯電話が着信を告げた。