プロローグ2
目が覚めると、古ぼけた天井が見えた。
「――は?」
それは、とても見慣れた自分の部屋の天井だった。築30年の古ぼけたアパートの一室。この六畳一間の部屋が彼こと“三上悠”の 生活領域であり、朝目覚める時は必ず――とも言えないが、大抵はこの部屋から彼の1日が始まる。いつも通りにスズメはちゅんちゅん、カラスはカーカー、猫はフシューとのどかな朝だ。
だが今朝に限ってはそうはいかない。むしろこの“何事もない朝”こそがどう考えたって“異常事態”だ。アレは質の悪い夢なのだと断ずる事など絶対に出来ない。何せ昨日の夜――。
「……っ」
昨日の夜。“殺されかけた”うえに、親友を失った。彼の救いを求める声は耳朶にこびりついているし、その後の顛末だって――よく思い出せない。思い出せないが確かなことは、親友がたぶん、もうこの世に居ないんじゃないかということだ。そこまで考えて、どうしようもない吐き気に襲われた。覚束ない足取りで、ようやく小さなキッチンのシンクまでたどり着き、涙と一緒に胃の中身を吐き出した。
時計に目をやると、既に昼の2時を指していた。そういや講義があったっけか、なんてどうでもいい情報が頭に流れた時に、ふと思い出した。
昨日の事だ。確か自分は拓人――高校の頃からの友人で、腹を割って話せる稀有な存在である彼から、珍しく頼み事をされたのだ。大学の講義が終わり、昼食を奢って貰った時だった。
『なあ、悠。おまえさ、最近起こってる連続殺人知ってるよな』
『そりゃ、まあ。ワイドショーで騒がれまくってるしね?確か一件目が感電死で二件目が全身骨折によるショック死。三件目が……』
『あー皆まで言わないで宜しい。で、本題はこっからなんだがな?……実はサークルの後輩がさ、どうもその……行方不明ってヤツらしいんだよ』
『らしい、って拙いんじゃないのソレ!?連絡は?』
『取れない。もう二日になる。アキラってんだけど、バカはしないし、サークルにも頻繁に顔出すし、ましてや親に何も言わずにどっか遊びに行くようなヤツでもないんだ。それで』
『――協力する。全く、奢ってくれなくたって、話してくれれば手伝うっての。足は?』
『話しが早くて助かるぜ!!親御さんに泣きつかれちまって大変だったんだよ!!足は良くてもチャリ。今時珍しく免許持ってなくてな、まだ近所にはいると思うんだ』
『でも見つからない、か……近所っていうのは学校付近って事?それとも通学ルートの付近?もしくは自宅近辺?』
『昨日の時点で学校と通学ルートは押さえた。自宅近辺は今サークルの人員総出で探してる……つってもたった8人の弱小サークルのメンバーだけで成果が出れば、こうも悩んじゃいないさ』
『……地域の捜索はそっちに任て、僕らは交友関係から攻めよう。先ずは所属ゼミからかな』
二日間行方知れずの後輩を捜すのを手伝って欲しい、と頼まれて、交友関係から普段の出先を探りあて、虱潰しに捜したものの収穫はゼロ。途方に暮れて人気の無いトンネルを2人で歩いていたところに――。
「う……っ」
そこまでだった。そこからが思い出せない――思い出したくない。思い出したくないけれど、目を逸らす訳にはいかない。悪い夢だと言うわけにもいかない。
幸いと言うべきか、“アキラさん”の住所は判っている。話せない事の方が多いだろうが……関わった以上、アキラさんの親御さんにも、親友の両親にも、警察にも――報告しない訳にはいかない。
へし折れそうな心を無理矢理に奮いたたせ、上着を手に取りキイキイとうるさいドアを開ける。まだ9月だというのに、妙に風が冷たかった。