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光の子

青い閃光がきっと姉の色。


そう見てとった瞬間に安堵した私は、次の瞬間、我が目を疑った。


──国王陛下に「謁見」に行ってたんじゃなかったの?


美しい紺青の髪は乱れ、サッシュ(剣帯)は半分ほどかれ、白い乗馬ズボンみたいなものはウェストが弛められ、勲章がじゃらじゃら下がった軍服仕様の詰襟の上着ははだけられ、中に着ている白いシャツのボタンは吹っ飛び、中性的な美貌の割に逞しい胸板まで覗いている。


「お・お姉・・・サマ」


そのあられもない服装を指摘しようとしたとき、怪訝な顔で周囲を見回した姉は心底うんざりしたような溜息をついた。


「なにこれもう・・・早速勢ぞろいとか・・・どこから突っ込んでいいのかわからない」


──それはこっちの台詞ですがオネエサマ


言いかけた私が声を発する前に姉(男性体)は私に向かってピッと指を突き付けた。


「まず、サニー。幼稚園でいじめられた子供じゃあるまいし、いちいち私を呼ばないで」

「・・・はい」


──そうですね、お楽しみの最中におよび立ていたしまして申し訳ございませんでしたね、しかたないですよね、だってレインフォード閣下は淫魔ですからね!


そんな私の声を代弁するかのように、変質者(女性体)が口を開いた。


「ずいぶんな申しようではないか、レイン。いや、今はレインフォードか。妾というものがありながら、どこぞの女官とお楽しみであったか?」


やめて! と女性的な語尾で変質者の声を遮った姉は耳を塞いだ。


「・・・お、お姉ちゃん」


私の言葉を聴き咎めたのか、変質者は「ん?」と怪訝な顔をした。「姉、とな?」


「え? そうですよ。あれが、一応、私の姉です。今は兄っぽくなってますけど」

「・・・ふむ。左様であったか」


変質者はドレスの裾を軽く摘んで、優雅な貴婦人の礼をとった。


「それは大変な失礼をいたした、アレクサンテリ大公の御息女とはつゆ知らず。妾はアルタミラーノ王国を治めておるミレーナ・フラッツォーニと申す者。妾の即位にまつわる我が国での内乱には、シュルヴェストル国国王陛下の名代として、こちらのレインフォード閣下にはひとかたならぬご尽力を賜った。その妹御とあらば、妾の妹も同然。今後ともよしなにお付き合い願いたい」


と、変質者は流れるように自らの立場を明かし・・・ん?


「え、えぇ? じょ、女王様なんですか?」

「ふむ。そうとも申すな」


慌てて私は、仔犬を抱いたままぺこぺこと頭を下げた。


「それは、えーっと、変質者とかってすごく失礼なこと言いました。すいません、もうホンットすいません」

「・・・それは別に間違いじゃないからいい」


しゃがみこんだまま姉がぼそりと言う。


「ちょ、お姉ちゃん!」

「よいよい。レインはもとよりこのような物言いをするのじゃ、妾に対してのみ、の」


若干得意げな女王陛下(どっかよその国の)だったが、それのどこが自慢ポイントなのか、悪いけど全然わからない。


その私と女王陛下を無視して、姉は私が抱いている仔犬に話しかけた。


「・・・その格好はナシじゃないですか」


仔犬は何を言われているのかわからないらしく、愛らしく小首を傾げる。


「あ、そうだ、お姉ちゃん。私ってここの家の当主みたいなものなのよね? だったらこの子飼う件、もう決定したから」


急いで私はそう言った。「私の庭にいたもふもふは私の愛犬ですから!」


姉は大きく大きく溜息をつく。


「・・・・・・これは、犬じゃないわよ」

「どうしてよ、どこからどう見たって可愛い仔犬じゃない。そんなガタイでオネエ言葉喋る変態しかも淫魔に種族についてケチをつける資格はないと思う」

「いろいろと指摘したい発言だけど聞き流してあげる。あのね、サニー。これは、犬じゃなくて狼。天狼と呼ばれる高位魔獣、その中でも最高位の天狼族の長、いわば女王。年齢は推定3」


その刹那、私の腕の中で仔犬が激しい敵意を込めて盛大に吠え始めた。


──うっわ・・・


「もう、お姉ちゃん。こういう超大型犬の声って響くんだから」


私の非難などどこ吹く風で、姉は仔犬を睨みつけた。「恥ずかしくないんですか、その姿。いい歳して真っ赤なリボンとか、超有り得ない」


その姉の台詞がツボに入ったらしく、絶世の美女にして変質者で女王な人は身を捩って笑い始めてしまった。


「確かにのう。いかな妾とてそれは無理じゃ」


『・・・無礼な輩どもめ』


「・・・お姉ちゃん、今、黄色い髪の、男名前で年齢不詳の、霊とか見えちゃうヒトの声が聴こえた気がします」

「レインの妹御、サニーよ、その自称仔犬を下に下ろしてやるがよい。さて、天狼の長ともあろう貴女じゃ。偽りの姿ではなく、真実の姿で契約を交わされよ。目的はそれであろう?」


その言葉に姉が少し驚きに目を瞠った、ように見えた。

腕の中からすたんと地面に飛び降りた仔犬もとい天狼は、お利口にお座りをした。


『真実の姿はおいおい見せてやらねばこの娘が驚くと思うたがゆえぞ。貴殿のような癖は私にはない』


女王陛下に向かってお座りをした仔犬もとい天狼の声、だろうか?


「・・・どこをどうやったら、あの姿を『おいおい』見せられると思うんですか」


姉の声に反応して天狼は(きっともうそれで決まりなんだろうな)首を傾げる。


『おいおい成長するのを装ってだな』

「・・・何千年生きようとも、犬はあんなにでかくなりません。だいいち犬は3千年も生きません。驚かさないでむしろ喜ばせる方法なら、私に聞いてくださればよろしいのに」

『なに? そのようなものがあるのか?』


頷いた姉は私を手招きした。


「え?」

「サニー。リアルもののけ姫」

「・・・え?」

「今からこの仔犬は、サンになるわ」


姉の、髪と同じ紺青の瞳を見つめて、私は再びばし!と口を覆った。


「マジで?!」

「大マジ。ど? 真実の姿を希望する?」

「希望します」


間髪いれずに頷いた私を、天狼は唖然と眺めている。


『サン、とはナニモノぞ』

「もののけの森の女王!」

「・・・この子が育った世界に、貴女に酷似した存在が登場する絵物語があったのです」


姉の説明に、変質者兼女王陛下が今度は目を丸くした。


「レイン、そはまことか?」

「まことまこと」

「笑えるのぅ」

「うん、私も笑っちゃった」


時代がかった言い回しながら女同士の世間話的な雰囲気になりつつある二人は放っといて、私は仔犬の愛くるしい瞳を見つめた。


『良いのか?』

「ぜひ!」


そう私が答えた瞬間に、天から光の粉が舞い落ちてきた。


『王の血の願いに答え、姿を現そう。怖じるでないぞ、光の子よ』


舞い散る光の粉の中で、白い塊がぐんぐんと大きくなる。私の背を超え、城の2階を覗き込めるほどの高さにまで。


「・・・り、リアル・サン!」

『光の子よ、我が伴侶となることを望むか』


──はい? 伴侶?


「あー、サニー。この場合の伴侶っていうのは、結婚しろとかそういう意味じゃないから。信頼で結ばれた関係、という程度。助言したりされたり、ともに戦ったり、遊んだり」

『左様』

「戦いは無理ですけど、お友達にはなりたいです、是非」


ならば、と言って天狼は私の耳たぶをそっと噛んだ。ちくりと痛みが走る。大きさの割に細かいことをするものだ。


「耳朶採血とは、今度はずいぶんとお優しい」

『前回はヒトとの契約が久々でな。加減を忘れておった』


さて光の子よ、と天狼が私を見下ろす。『名は何と言う』


「サニーです。サニー・・・でいいです。貴女は?」

『サンとやらではないぞ、間違うなよ。私の名はアドリアーナ。アディと呼ばれることが多い』

「わかりました、アディ。これからよろしくお願いいたします」


深々とお辞儀をした私に、アディは大きな唇の端を上げた。たぶん狼的には微笑だと思う。


『さて、ところでレインよ』

「なんですか?」

『後宮の住み心地はいかがであった?』


アディの早速の爆弾発言だった。






「お姉ちゃん、説明して」

「レイン、釈明を聞こう」


女性体に戻って着替えた姉は、ぐたりとソファに凭れた。アディはサイズが大き過ぎるので、普段は普通の狼サイズで暮らしてもらうこととなり、私の足元に寝そべっている。


『どうもこうもないわ。貴族どもに押し切られ、ハゲがレインフォードを王座に据えるか否かは別として、世継ぎを作らせるためにと王宮内にレインのための後宮を開いたのだ』


御説明ありがとう、と姉は疲れ切った声で暗にアディの言葉を肯定した。「あと、ミレーナ、あなたに釈明する義務は別にないと思う」


「・・・ハゲめ・・・妾のレインを・・・。いや・・・? うむ良いぞ、レイン。レインフォードとして世継ぎを為すがよい」

「ミレーナ。人の話を少しは・・・」

「考えてみれば妾は永遠に近い時を生きる種族。いかなレインとて寿命は来るのでな、そなたの血脈が営々と続くことは妾にとっても喜ばしい」

「人の話を・・・」

「ただ、そなたには妾の子を孕んで貰わねばならぬゆえ、せいぜいあと2年しか待たぬがの。2年の間に出来得る限りの子種を蒔いておくがよい」


姉の長い脚がミレーナさんの頬を蹴りつけた。


「ちょ、お姉ちゃん!」

『案ずるな、光の子よ。こやつらは昔からこのような関係だ』

「人の話を少しは聞けと言ってるでしょう! この淫魔!」


立ち上がった姉は肩で息をしながら、ミレーナさんを睨みつけている。


「でも淫魔はお姉ちゃんもじゃないの?」


ぴく、と動きを止めた姉は髪をかきあげた。「サニー。『遠い先祖に淫魔がいる』のと『淫魔そのものである』のとでは、意味がだいぶ違うのよ」


「その違いさえなければのぅ」


割と平然とミレーナさんがぼやいた。


「え?」

『レインとしてもレインフォードとしても、身持ちは堅いな、確かに』

「え?」

「王族の淫魔の血は、主に変性の能力と、他者に及ぼす作用としてしか顕現せぬ」

「どういうこと?」

『500年ほど前までの王族は、ほぼ淫魔だった。巨大な後宮を造営し、数多の美しき女性を侍らせ、酒池肉林に耽っていた。こやつもその頃の落胤の孫なるぞ』


アディがミレーナさんを見上げて言う。


「でも時代が下るにつれて、淫魔の血は薄くなっていったの。一部の能力が受け継がれただけで、精力も性的好奇心も普通の人間レベルになったわ」

「妾の母は、内親王として我が一族の長に嫁ぎ、淫魔としての子を産み育てたがな」

『ところが、その一部の能力、というのが厄介よ』

「そう。妾のレインは」


言いかけたミレーナさんに踵落としを見舞って姉があとを引き取った。「わかりやすく言うと、無駄にフェロモンを垂れ流す羽目になったの」


『おなごの体であれば、おのこが色めき立ち、おのこの体であれば、さきほどのようにおなごどもに衣服をはぎ取られかねぬ始末』

「だから、変性できる王族はたいていの場合、男性体で公の場に出るの」

「・・・な、なんで?」

「サニー嬢は御年いくつにおなりじゃ? まだ子供には早うはないか?」


珍しく道徳的な発言をミレーナさんが発したことで、私は固まった。


「あれは13年前・・・ということは12歳であろう?」


姉が眉を寄せた。


「ミレーナ」


回し蹴りでも踵落としでもなく、ただ険しい表情を見せる姉にミレーナさんは少し目を瞠った。


「サニーは、17年前にこの国で生まれたの」


姉の語気はいくぶん強過ぎる気がした。


「あのね、サニー。少しは頭を使いなさい。さっきアディが言ったように、他人をその気にさせてしまう体質を持ったまま、女性体で公の場に出たときに、どんな目に遭うか。またそれが内親王や女王だった場合、どんな問題が生じるか。男性体であれば、女性たちから迫られても逃げることは出来なくはない。だからよ」

『幸いにして、変性出来ぬ王族にはそのような質もないのでな。そなたは案ずることはないと思うぞ』


アディも姉も、何かに触れるのを避けたのだと、私は思った。






ミレーナさんが「解せぬ」と言いたげな顔つきのまま城を後にするのを見送って、私は姉とアディに尋ねた。


「アディは私の前にも誰かと契約を交わしていたの? 誰かの伴侶だったことがあるの?」

『長い間生きておればな。幾人かはおる』

「でも、私の前の人は、お姉ちゃんも知っている人よね?」

「・・・そうね」

『あの男はもう死んだ』

「・・・ええ、そうね」


姉とアディが、口裏を合わせる時間はまったくなかった。

でも私には、二人が結託して何かの秘密を避けているとしか思えなかった。

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