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私の「おねえちゃん」

お母さんと似た年格好のメイドさんは先に立って廊下を歩きながら「お渡りになられましたのは、まだ昨日のことのようでございますのに」と慨嘆するという小芝居までしてくれる。


廊下を歩きながら「よく出来てるなあ」と私はしきりに感心した。


メイドさんの小芝居ではなく、その建築が。

なんかこう・・・安っぽさがないのだ。


もちろん私は建築に詳しいわけでも西洋骨董に詳しいわけでもないし、実際の古城になど足を踏み入れたこともないけれど、造りが雑であればそれはそれなりに気付くのではないかと思う、いくらなんでも。


──まあ、お姉ちゃんがチョイスしたホテルがそんなに安っぽいはずもないか


亀の甲より年の功だ、なんて言ったらひっぱたかれるので口にはしないが、確かに母と三人で温泉宿に行くときなどに姉が選ぶ宿にハズレがあった例はない。


違和感があるのは、このメイドさんたちだけだ。


避暑地にある中世ヨーロッパの古城を思わせる重厚かつ荘厳な雰囲気のリッチな滞在型ホテル、というだけなら十分に姉の好みとして理解出来る。

でもそこにあえて執事風味の支配人やメイド服を着用した年配の女性を配するというセンスは、真っ先に拒絶しそうなものだ。しかもこの小芝居。


「本当に御身大きくおなりで。さ、こちらがサニー様のお部屋でございます。お懐かしいことでございましょう」


妙に芸が細かいというか、しつこいというか。


そう思いながらも、開け放たれたドアから見える部屋の光景に、微かな不安を感じて瞬きをした。

決して明晰ではないにせよ、それは一種の既視感。


──私はここを知っている


僅かに褪せたピンク色の壁紙。このまま足を踏み込んだときに感じるであろう毛足の長い絨毯に足裏が沈む感触。


そして。


「スノードームは、まだある?」


咄嗟に頭に浮かんだ物体の名称を口にする。私は、記憶が鮮明な5月20日までの私は、そんなものを所有してはいなかったはずなのだ。

しかし、メイドさんはぱっと華やかな笑顔を浮かべた。


「もちろんでございます」


──嘘でしょ?






そう。確かにそれはスノードームだ。私の脳裏に咄嗟に浮かんだ通りの形の。

ただし・・・。


「いくらなんでも大き過ぎやしないかな」


しかも。


「手を触れてもいないのに雪が降り続くという仕掛けはいったい何デスカ、オネエサマ」


肩を落として呟いた独り言の最後に付け加えたのは、姉が入ってくる気配を感じたせいだ。背後から溜息が聴こえた。


「地球から父上が実験として取り寄せたものよ、それは。あなたはとても気に入ったけれど、小さいのがつまらないと言い、私が魔術で大きくしたの。そうしたら今度は大き過ぎて回せないとさんざん駄々をこねてアドキンスがぎっくり腰になるまで回させて・・・あれがあまりに哀れだったから私がまた魔術をかけて雪が自動的に循環するようにした、そういういわくのある代物」


異世界、という言葉がじわじわと実感を伴って押し寄せてくる。


私は振り返ることの無いまま、姉に尋ねた。


「ねえ。さっきから私は違和感なく会話出来てると思うんだけど、ここは日本じゃないの?」


姉は「メイドやアドキンスたちの唇の動きを見ておきなさい」とだけ言った。


ああ。そうか。

違和感なく理解出来ているから日本語で会話していると思い込んでいただけなのか。






とても中途半端だ、と私は思った。


たった一人で異世界に放り出されたわけではない。姉と一緒だ。しかも姉は十分にこの突飛な事態を理解し受け入れている。

異世界といったって、両親と姉(プラス幼き日の私)はすでに自分たちの意思で日本に渡ったことさえあるというのだから、悲観的になるところではないと思う。

この世界で生きていくのに、当面は困らなそうだし、日本に帰る方法も、きっとある。少なくとも姉は知っている。


姉と二人で少し長めの海外旅行に来たとでも思えば良いのかと考えてみるけれど、そんな呑気な気分にはとうていなれそうになかった。


イタリアだろうがフランスだろうがドイツだろうが、言葉の壁があるにしても少なくともそこは地球である。地球の物理法則の範疇で考え得る事態しか起こらない。

が、しかしここは「魔術」や「召喚」なんて言葉が普通に用いられる世界なのだ。


そのうえ・・・。


「サニー様、お手を失礼いたします」

「あのぅ・・・」

「はい?」

「服ぐらい自分で脱げます、ていうか、お風呂は一人で入りたいです」

「なりません」


ふくよかな笑顔できっぱりと断られた。メイド長のエイダは、気さくな雰囲気のあるおばさんで、温泉施設なんかで一緒になるのに抵抗はない感じではあるのだけれど、「湯浴みのお世話」までされたくはない。


「サニー様は、こちらでのお暮らしをお忘れでいらっしゃいます。もとより御年四歳であられた時分にお渡りになられたのですから、湯浴みをおひとりでなさったことなど一度もございませんのです」

「・・・はい」

「その状態でお一人での入浴は危険を伴います」

「って。お風呂でしょう? いったいどんな危険が・・・」

「滑って転びます」

「・・・」


最早何も言うまい。

エイダには何も言わず、私は大きく息を吸った。そして肺活量の許す限りの大声で、この世界で唯一の頼れる人物に助けを求めた。


「おねえちゃーーーーーーーーーーーん!!」

「さっ、サニー様? レイン様はただいま、明日の謁見に備えてお衣装を合わせておられる最中で・・・」

「おねえちゃんを呼んでください。いや、自分で呼びます、おねえちゃーーーーーーん!」


そのとき、きんっと五感に響く空間の振動があった。


「サニー様・・・」


エイダの諦めたような声と裏腹に私は「さすがだ!」と内心で感嘆した。きっとこれはあれだ。空間転移というやつだ。きっとそう。


目の前に明るいブルーの光が溢れ、エイダが右手で顔を覆った。


そして私は、制服のブレザーを脱がされ、ネクタイを外され、ブラウスを脱がされ・・・つまり上半身はブラのみ、というあられもない格好で、唖然と口を開けた。


「いかがした」


その声は、中性的なその顔立ちに相応しくテノール気味ではあったが、少なくとも女性の声ではなかった。


「さ、サニー様、落ち着いてくださいませね?」


そのエイダの声に弾かれたように私は、両腕で胸を抱え込み、片足を大きく回して、目の前の「男」に蹴りを入れたのだった。


「落ち着け」


落ち着き払って、私の渾身の回し蹴りをかわした「男」は、そう言うとエイダに「まだ言っていなかったの?」と確認をした。


──ん?


語尾が柔らかくなったことに違和感を覚えて、私はがっちりと両腕で胸をガードしたまま、眉を寄せて「男」を睨みつけた。


「申し訳ございません、お嬢さま」

「いやいい。今日は忙しかったものね。湯浴みの折に話すつもりだったのでしょう」

「さようでございます」


──ん?


「男」は拳を口元に当て、くすりと笑いをこぼした。

なかなかのイケメンである。と言いたいところだが、その目つきがどうも誰かに似ている気がする。

というか、口調が。語尾が。この人、アレですか。


「サニー様。こちらは、第二位王位継承者であらせられます、アレクサンテリ大公家御子息レインフォード様で、そのぅ・・・あなた様の姉君、レイン様の公式でのお姿でいらっしゃいます」

「・・・は?」

「レイン様は、本来の御姿はアレクサンテリ大公家の御長女なのですが、御成人前後の一時期、王太子殿下の御名代が必要となったため、公式にはアレクサンテリ大公家の御長男として御公務を務めて来られました」

「・・・・・・はい?」

「驚かれるのもいたしかたないことと存じますが、こちらの方は、紛れもなく、姉君のレイン様でいらっしゃいますのよ」

「ちょちょちょ、っと! だって、これ、このイケメン、男装とかいうレベルじゃなくない? ホンモノでしょ」

「・・・ありがとう」


そう言うと「レインフォード」とかいう男は、体をくの字に折り曲げてひぃひぃと笑いだしたのであった。


限りなく不審なこの男が、私の姉。


年の離れた、少しシスコン気味の、でも聡明で颯爽としたクールな・・・私のひそかな自慢の姉は、異世界で王子様をやっていた、と。男装とかを超えて。男性体で。


私の繊細な(と自分では思っている)神経にもそろそろ限界がきたようで、目の前がすうっと色を失っていくのがわかった。

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