牙人斥候ルーグル
※「紅白の交錯」のスピンオフです。
時代は彼らの時代で中世ぐらいになります。
うっそうとした森の中で斥候達が小さな班として集まっていた。空気は澄んでるがどうも吸い込みにくい。
俺はどうもこういうお堅い雰囲気が苦手だ。
「ルーグル、お前は一番隊だ」
俺は軍事都市スネルスの斥候部隊に配属されたが、それも自発的なもんじゃない。
俺たちヴラム山賊は都市長のシネレイに買われたからだ。山賊を買うなんてシネレイはイカれてるな。全く都市のやつらが考えていることはわからん。
俺らの長はその方が食いっぱぐれないからって言ってたが、都市のやり方に染まるつもりもない。どうせ使い潰す気だろうからな。
長がいうから仕方なくやってるようなもんだ。なんせ長の言うことは絶対だし、長のことだから裏で何か考えてるに違いない。
「おい、聞いているのか!」
ツァルクに怒鳴られた。
「はいはい、一番隊なんだろ?何すりゃいいんだよ」
「お前のその態度、後でしょっぴいてやるが今は時間がない。さっさとそこの装備身につけろ」
いつも生身でやってたのに……。
ツァルクが睨んでいる。ハイハイ、着けますよ。
目の前にあるのは茶色の服に皮のブーツ、ナイフを入れておく肩がけのベルト、ロープとパイプ?……多い。身動き取りにくくならないか?
しかしまあ斜めに切っただけのパイプ?なんだこれは。
「ツァルク、これは何だ?」
「スネルスのやつ曰く吸血筒と言うらしい。都市部の敵は硬いからな。牙が刺しにくいから鎧の隙間から吸血筒を刺せとよ」
ツァルクもまたこの筒を理解していなさそうな表情だ。
「ふーん」
都市部の人間は厄介だなとパイプを眺める。
だが、牙が刺さらなくともやることは同じだ。
手のパイプを腰へ突っ込む。
首元で邪魔になっていたフードをやっとかぶる。
耳に何か当たってる。……金具だ。フードの内側にもなんか仕込んでやがったか。
そういやまだ触ってない謎の革細工の金具とが噛み合いそうだ。
……ほう、これはマスクか。
しかしこれ、口元を守るのはわかる。意味ありげなヒンジ……いや、何もわからねえよ。
「ツァルク、これはどうするんだ」
またかといった顔で俺を見る。
「それは下顎の方を前に引っ張るとそのまま落ちる。戻す時は上に上げて奥に押す」
なるほど。確かに開閉できる。
でも、口呼吸するにはかなり苦しい。これはこれで全力疾走はきついだろうな。
「おい!他のやつも準備できたか!?一番隊集合!」
やはりツァルクのやつ、年齢だけ上の癖にイキってんな…まあ、頭はいいけどよ。
ツァルクによる作戦説明が始まった。
「人間都市のルシャウに制裁を!彼奴等の聖堂の破壊と取引分の人間を狩る。手数料込みでな」
あー、取引で揉めたってわけ。そういうのはお上でなんとかしろよな。
「殲滅はするな、斥候は聖堂破壊を優先しろ」
ほー、珍しい。撹乱か?
「重装部隊が陽動しながら人間の確保をする。作戦は以上だ」
初めて都市なんてデカいところを攻めるが、コッソリ狩るのはいつも通りだし、大丈夫だろ。
「ただし都市の人間は遠距離攻撃が容赦ないぞ。何か引き絞る音が聞こえたらすぐに物陰に隠れろ。矢が飛んでくるぞ」
おう、前言撤回。飛び道具か、何度か遭遇したことはあるが……勘弁して欲しいところだ。
「聖堂を落としたらこの包みを火に投げろ。赤色の煙が出るからそれが制圧の合図だ」
ほう、この包みはなんだろうか。面白いな。
とりあえず服のポケットに入れておいた。
「道中の人間は食ってもいいが食ってる間に死ぬのはバカのやることだ。斥候がやる仕事をよく考えろ。食うなら室内にしておけ」
わかってますって。既に腹減ってるけど。
「戦闘になったら逃げるか捕縛するか無力化しろ。武器を取り上げておけば問題ない」
結構難しい指示だな。生かさず殺さず。まあ、頑張りますか。久々にたくさんありつけそうだし。
ただ、腹が減ってるときにやる仕事じゃないな。
他にも色々聞いたがまあ、今の俺に必要なことはそれぐらいだ。
近くにいた幼馴染のオグズがいう。
「ルーグル、お前縄使いできたっけ」
「てかお前も同じ隊なのかよ。いや、俺は足速いだけで特に何もできないよ」
実際山賊の時も縄はうまく扱えたことがない。
「じゃあさっさと聖堂行くしかねえな。俺足遅いのに一番隊なのよくわかんないけどね。捕縛するなら俺やっとくから。無力化しといてくれると助かるな」
オグズの手が俺の肩に乗る。
「そんな器用なことできる気がしないけどな。まあ、やってみるよ」
「弓兵を落としてもらえるだけでも後続はすごい助かると思うんだよなあ」
ちょっとニヤついた顔で言われる。
「あー言いたいことわかったよ」
「流石ルーグル」
後でツァルクに私語を慎めと怒られた。
本当にカリカリしてるよな、ツァルク。
そして作戦開始の合図。定位置に着くために、俺らは走り出した。
だけど、ペース考えないとな。集落と違って広そうだ。
森を抜けて都市の外壁から聖堂に向かう。
陽動部隊が動き出すまでは待機場所で待つ。
壁を打ち壊す轟音と人間の悲鳴。陽動部隊が動き始めたようだ。
俺らも動き出す。
助走をつけて壁を蹴り上がり、静かに背後から弓兵を体術で締めていく。ほら、いっちょ上がり。
後続の仲間に捕縛を頼む。
いつもの流れだ。簡単簡単。
屋根伝いに、なるべく高い位置を取る。周囲を見渡す。
あー、ハイハイ、やたらと飾りの多い建物、あれに違いないな。
急いで高台を降りて、後続に伝える。
しかしここに長居しすぎたか。聞き慣れない高い音。
「伏せろ!」
トン、と頭上を何かが掠めた。矢だ。
やってくれるな。目を凝らす。
あの距離なら縄を投げたら叩き落とせるはず――当たり前のように既に隣のオグズがやっていた。
なんなら、その弓を叩き落とすどころか引っかけてこっちに回収してくるという高等技術まで見せてきた。
「なんてこった」
思わず声が出た。
オグズは黙ってその弓をへし折っていた。
既にあの弓兵の姿はない。
俺らも急いで屋根伝いに目的地へ向かう。
ただ、そんな屋根は無駄に滑って足を取られそうだ。
クソッタレ。近場の隙間が狭いところから壁を蹴りながら降りる。
やれやれ、他の町ではもっと走りやすかったぞ!
文句を垂れていると、気づけば一人だ。……やっちまった。
でも、降りたところは悪くなさそうだ。
栄養蓄えてそうな人間も走ってる。そういう区画なのか?
突如高くて大きな音が耳をつんざく。警鐘か!
あぁ、嫌いな音だ!これじゃ弓の音も聞こえない!
やばいな、今までと勝手が違いすぎる。汗が止まらない。
さらにこんだけ人間がいてありつけないのもムカつく。
急いで物陰に隠れたが、音が大きすぎる。
あぁ!やかましい。
勢いよく建物の中に入る。鍵は開いていた。
少し音はマシになった。一息つく。
しかし何者かの気配。隠れているな。
一応振動確認しておくか。仲間だったら困るし。
足で5度リズムを作って地面を鳴らす。
…返信はない。なんなら乱れた呼吸音が帰ってきた。
そこの棚だな。近づいて戸を開ける。
あー…居たんだが…子供か…。
泣き叫ぶ人間の子供。雄はまだマシだがやかましい。
子供食ったなんて長にバレたら説教もんだ。チッ……命拾いしたな。10年後にはまた狙ってやる。
そっと戸を閉めた。
またお預けを食らってそろそろ限界だ。
突然、バンという音と共に光が差し込む。
やばい、やたらと硬そうな人間兵だ。
あんな鎧に牙なんか刺さらねえぞ。
しかも相手は槍か。小さなナイフ一つじゃ不利だ。
ただ、狭いこの部屋ならあんな長物振り回せないだろ。
どうする?何か……。
ふと腰に下げたパイプを思い出した。
スッと取り出す。それを見た人間は槍を構えて突進。
俺は横に避ける。
槍の先は壁を掠め、そのまま横薙ぎが来る。
反射的にしゃがむ。
どうする。俺の体重じゃ押し倒すのは難しいぞ。
生身相手なら今すぐ突進していたが……。
それに間合いも悪い。ナイフもパイプも短すぎる。
余計なことを考えるな。さっきから攻め時はたくさんあったろ。
人間が槍を振りかぶる。
俺は転がって横に避ける。
このままじゃ体力が先にやられる。
サッと目を配る。
そばに階段。
なら一度仕切り直そう。
隙を見て2階へ駆け上がる。
重装備なアイツは上がってこない。
ただ、明るくひらけている。
窓から狙い撃ちされそうだ。
サッと棚の影に隠れる。
逃げるしかねえか。
一旦パイプを直す。
外はまだ警鐘の音。クソ、やるしかねえ。
窓に駆け寄り下を覗く。
誰も居ないし高さもいける。
窓から体を出す。警鐘の音が一気に降りかかる。
ふうと息を吐き、掴めそうな壁の梁を掴みながら降りる。
あのデカブツが気付く前に。
――トン。壁に矢が刺さる。
急げ。
全力疾走で聖堂へ走り抜けた。
背後で鳴る音すら置き去りにしてただ真っ直ぐに。
やばい、もう息が…もたない!
明らかに大きく異質な建物が目に入る。
きっとこれが聖堂だ。そう言ってくれ。
その裏にフラフラと回り込む。
ここなら…息継ぎできるだろ…。
マスクを開けて息を整えながらその場でへたり込んだ。
「牙人だ!」
頭上から声。見上げると窓から何か持っている人。
反射的に避けたが、なんか落とされた。
べチョリ。
赤い汁の出る……実?こんなの食えねえぞ。バカにしてんのか。
ちくしょう、バレた上にまだ息も整っていない!
そんな中登ったりは厳しそうだ。
この体力で制圧できるか?いや、落ち着け俺。
突如地面から聞き慣れた信号。ツァルクか。
俺もまたナイフの柄でリズムをつくって返す。
俺らは個人のリズムを持っているからすぐにわかる。
次に指示の信号がかすかに読める。
「正面、集合」
珍しいな。正面から行くのか。
呼び出すってことは周囲は安全なのか?
「状況?」
「安全」
なるほど。じゃあゆっくり行こう。
集まってるのはツァルクとオグズと俺と…もう二人か。
「これで攻めるのか?」
「やるしかない」
「さっき上から赤い汁の出る実を落とされた。敵は気づいている」
「そうか。その様子を見るに顔も見られてるな?マスク戻せ。そしてルーグル、お前が陽動しろ」
はあ?嘘だろ。まだ息は切れていて言葉は出ない。
残りで上に登って最上階から攻める。一人にはなるがお前の足の速さでなんとかしろ」
相変わらずツァルクのやつは無茶なことを……。
「拒否権はどうせないだろうしやるよ。……ただ、少し休ませてくれさっき走りすぎた」
「時間はない。俺らが位置についたら連絡する。そしたらいけ」
まあ、その間に休めってことだよな。
少し物陰に隠れて休む。
合図だ。
さてと。深呼吸してからマスクを上げる。
正面で突撃の合図。
扉を勢いよく蹴り開け、ナイフを取り出す。
室内に目をやると、怯える人間の塊が俺を見ていた。
俺は走り回る予定だったが、彼らは俺を見つめて動かない。
おいおい、拍子抜けだぞ。
じゃあ上に行くか。階段へはスムーズに行けた。なんなら俺のために道を開けていた。
誰か動いたらそいつを食おうかと思ったが、誰一人はみ出たことはしなかった。
気味が悪い。罠か?
1段目に足をかけようとした時だ。違和感を感じる。
階段に切れ目がある。踏んだら何か仕掛けがあるのか?
振り向く。
皆がひっ、とのけぞる。
さては何か隠してるな?人間たちの視線が泳ぐ先は皆一点を見つめている。
「そこに何があるんだ」
それに誰も答えない。……言語伝わらねえしな。
人間をかき分けようとしても誰一人動こうとしない。
なるほど。力ではなく意思で戦うってか。
やりにくいな。
試しに一人食ってみるか?
いや……こんなたくさんの目の中で食うのは危険すぎるな。
突然誰かが甲高い音を鳴らす。笛か!
部屋から重装兵が3人。おいおい、分が悪いって。
斧の様な槍の様な、変な武器を持っている。
こんな長物で叩かれたら再起はできないだろう。
ただ、人間もたくさんいるぞ、彼らはあれを振り回すのか?
目をやるとドドドと人混みは地下に吸い込まれた。
あそこが総本山か。伝わるかわからないけど壁まで走る。
ナイフの柄を使って強めに壁を叩く。信号、伝わるか!?
「地下」
重装兵はゆっくりこちらに向かってくる。
全員の予備動作が違う!連携で来るな。
振りかぶる一人、横なぎの一人、突きの一人。
すんでのところでかわせたが……よくできた連携だ。
俺は左に一歩飛び出す。壁を蹴って3人の背後に回る。
一人鎧の隙間から関節が見えている。着地してすぐに床を蹴る。関節めがけナイフを刺す。
しかしその刃は鎧に挟まり抜けず、その場に残ってしまった。
まずい、手ぶらだ。
刺された一人は長物を捨て、腰に下げた短剣を取り出した。まだまだ元気そうだな。
俺は距離を取る。
俺のナイフは引き抜かれて遠いところにすっ飛ばされていった。
あぁ、血の匂いがする。そろそろホントにおかしくなりそうだ。
こんなの3人も相手できねえぞ……早くきてくれ……。
また連撃が飛んでくる。
さっきよりはかわしやすいが、次、次と振りかぶられる。
ペース落とさねえと。
最小の動きでかわすが、集中がいつまで持つか。
少しずつ壁の方に押しやられる。
まずい、横は抑えられている。上もダメだ。下か……!
なら――するりと兵の股を抜けていく。
なんとかなったか。
そのまま走ってナイフを拾いにいく。
ナイフについた血を少し……あー、マスクが……。
カサカサと砂埃がその赤いナイフに乗っていく。
上からか。信号もなくやるなよ!
その場から離れたその瞬間、がれきが落ちてきた!
轟音で耳が使い物にならない。キーンと耳鳴り。
砂埃が視界を塞ぐ。鼻はホコリの匂いで満たされる。
目を閉じ、鼻を手で覆う。空いた片手で背後を探る。
くそ、何もわかんねえ。
数歩下がってひんやりとした石の手触り。柱か。
目を開ける。天井がパックリ空いて光がたくさん差し込んでいた。
あぁ、あの縄捌きはオグズだな。
俺が苦労したあの兵は2人縛られている。一人は見当たらないが……潰されたか?
「後一人いたはずだが……?」
それに答えるツァルク。
「それは知らないが用心するとしよう。……ご苦労だったなルーグル。狼煙は上げてきた。そういや地下に何があるんだ?」
「あー、そこの地下に人間が逃げた。それも大量に。俺らだけじゃ回収しきれないぐらいだ」
「輸送部隊呼ぶ。待ってろ」
ツァルクは別のポケットから変な鉄の塊2本を取り出した。
入り口から外に出てそれを叩く。信号だな。
オグズが寄ってきた。
「ルーグルは食ったのか?」
「いや、さっきから食いっぱぐれてる」
「食えば?寝ちゃったら俺、かついで帰ってやるし」
「ダサすぎるだろ……でも、そろそろ限界だ」
「前回の襲撃でも譲ってもらっちゃったからさ、あの兵士縛っといたし好きにしなよ。俺らの仕事はもう終わりだし」
そうだな……前回は死にそうになってたオグズに譲ったんだ。前回の襲撃は戦果が悪かったからなあ。
まあ長もそういうの見て都市に入ったんだろうか。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「その前にお前縄使わないならもらっていい?持ってないと不安でさ」
「もちろん」
腰の縄をオグズに渡した。
さて。さっきはよくもやってくれたな。床に縛られて転がっている一人の首元の防具をひっぺがす。
何かを覚悟してるのか悲鳴もなくただ黙っている。
都市の人間は気味が悪い。
俺もマスクを下げる。口を開ける。
皮膚を貫く感覚。溢れ出る暖かさが口を満たす。
集中でもう周りの音もわからない。
吸いきってふうっと周りの情景が帰ってきた。
立ち上がろうとしたらフラッとしてそのままその場所で尻もちをついた。
あーやばい、フワフワしてきた。今日は休血期来るの早いな。久々にありつけたからかな。
「ちょっと休むわ」
「はいよ」
そこから俺の意識は朦朧として、この後多分オグズに担がれたんだろうなと思う。
目が覚めたら知らない天井。どこだここ?
「おう、目が覚めたかルーグル」
オグズだ。
「ここはスネルスだ。安心しろ」
どうやら帰ってきたみたいだな。
「長が呼んでる。動けるなら急げよ~。ここ出てまっすぐ、突き当たりの部屋」
「了解。行く」
「じゃ俺も休もっと」
オグズは俺の隣の寝床で豪快に寝始めた。
俺はその部屋へ向かった。
「長、お呼びですか」
「ルーグル、ご苦労だった。特に聖堂の地下の報告は大きな戦果だった。その戦果をもって我らヴラム山賊は正式にスネルス軍属になった」
「ということはここに住めるんですか?」
「そういうことだ。この宿舎は我らにともらった」
定住か。まあ、まだ都市は信用してないけども。
「じゃあもう食いっぱぐれないってことですか?」
「そう聞いているが、そのためにも我らは常に働かねばならぬ」
それぐらいは当たり前だろう。
「もちろんです」
「わかってるならいい。都市のルールには従うが、我らの流儀を曲げるつもりはない。今まで通り引き続き頼むぞ」
「仰せの通りに」
いつもの返事だけど多分嬉しい気持ちが漏れ出てたかも。
「今日の仕事はもうない。ゆっくりしていいぞ」
「ありがとうございます」
そうして部屋を出た。部屋の前でちょっとにやついてしまっていた。
何よりも長に認められたことが嬉しかった。怒られてきた記憶しかないしな。
移動し続ける生活が終わったんだなと変な感じがしたが、新しい生活もまた悪くないんじゃないかと思った。
また次の狩りまでもうしばらく寝床で休もう。




