100話 オズワルドの初仕事①
大聖堂の時鐘の音で目が醒め、予定よりも早めに九重蔓の館をぽこと二人で出た。
石畳に夏の日差しが照り返して眩しい。
ぽことは、冒険者支援中央委員会、略して中央の建物の前で別れた。
ぽこは、今日から本格的に古の薬について書かれた本を探す。
俺は、温泉宿の購入資金を貯めるために、今日から中央で仕事だ。
四階建ての中央の建物を見上げて、一つ深呼吸した。
インマーグではベテランさんと呼ばれていたが、裏返せば、十年も一所で決まった仕事しかしていなかったということになる。
新しい場所、新しい仕事相手、新しい仕事となれば、面の皮が厚い俺でも多少は緊張する。
意を決して、扉を開くと、一階には見慣れた光景が広がっていた。
たくさんの長椅子に、受付、奥に事務所がある。
「まだ時間外でーす」
一番手前には、図書館のように案内係がいた。
「今日から、ここで勤めることになったオズワルドだ」
手紙を見せると、二つの三つ編みをピョンピョン揺らして興奮した。
「すっごーい! オズワルドさんが、新人育成部門の立ち上げ人ってわけね」
これまでピーター・ウェインからの手紙を見て、態度を変えなかったのは、この案内係だけだ。
「最初にピーター・ウェインさんに挨拶に行ったほうがいいんじゃない?」
「ありがとよ。そうさせてもらおう」
いよいよピーター・ウェインのお出ましってわけだ。
俺に新人育成設立の仕事を与えたのは、真冬の国境を越えようとした貴族だと聞いているが、実際にはピーター・ウェインだった。当然ながら、そのような名の知り合いはいない。
王都に来てたった三日だが、直筆のサインが記された手紙一つで、丁重にもてなされる。
仕事をする上で、こいつが俺の指揮官にあたるのだろうと予想していたから、どんな奴なのか興味があった。
相応の地位のある奴なのだろう。そして、仕事ができるはずだ。
俺を呼び寄せるに際して、住処まで用意してくれていた。気配りができ、実行力がある地位の高い者となれば、期待もするし、警戒もする。
ピーター・ウェインの部屋が四階にあると教えてもらって、クエスト屋の奥にある職員専用の階段を上る。
石でできた階段を上りながら、中央の中を観察する。
一階、二階はぶち抜きの空間で、クエスト屋以外にも、中央の窓口があるようだ。三階は完全に事務所になっている。四階まで上がると、廊下に絨毯が敷かれていた。
三階までと調度品の風格が違う。どうやら最上階にはお偉いさんの個室があるらしい。
やはり、住んでいる世界が違うらしい。
期待に喉が鳴る。
各部屋の手前にいる秘書に用件を伝えると、手紙を確認した後、ここで待つようにいわれた。
秘書は、一対の翼の彫刻が設置されている前の部屋に入っていった。
いよいよ会える。
どうせ呼ばれるのだからと翼の彫刻を見るフリをして部屋の前まで移動する。
翼の彫刻には「第三聖翼獅子団、団長ピーター・ウェイン寄贈」とある。
よりによって俺の上司は騎士団の団長様らしい。
どおりで名前を出すだけで待遇が変わるはずだと納得すると同時に、関わり合いたくない相手が身近にできたことを危惧してしまう。
すぐに秘書が出てくる。
「ピーター・ウェイン様はお会いになりません」
「はぁ」
思わぬ返事に、間の抜けた返事をしてしまった。
なぜ? 王都まで呼びつけた張本人だ。新人育成部門の立ち上げだなんて仕事を任せる俺がどんな奴なのかまるっきり興味はないっていうのか?
「クエスト屋で、インマーグでやっていたような仕事から始めるようにとのことです。週末に一度新人育成部門立ち上げの問題点や案を私に報告してください」
ふぅむ。
俺とは会うつもりがないってわけだ。
それにしては――。
ピーター・ウェインがいるはずの扉をじっと見つめる。
中から、俺の様子を探っているのはわかっているぞ。ピーター・ウェイン。
面なんかどうでもよくなった。
ロンメル国建国を支えた聖翼獅子団は、本来軍がするはずの仕事にも食い込んでいる。
そこの第三団長兼、中央の執務官ってわけだな。
扉にある役職名を一瞥する。
扉の向こうから発せられる気合いは、獲物を前にした戦士のものだ。
俺に戦えと言っている。弱き者は食われる。お前は王都で生き残っていけるのかと言われているのだ。
重厚な扉に背を向けて、遠のく。
俺は俺がすべきことをするだけだ。人間相手に好戦的になる必要なぞない。





