99話 ぽこと顎鬚
図書館の五十九番薬学の部屋で、五千冊の本に囲まれ、俺とぽこは、案内係とジュリアン、ルイスと向き合っている。
俺が愛想笑いをしたら、ジュリアンがルイスを肘でつついた。
「あの、もしこの後お時間があったら、一緒にお昼でも食べませんか?」
ルイスの高揚した話し方に嫌な予感がした。
やはり、愛想笑いなんてするもんじゃないな。
「ぽこたちは、昨日王都に来たばかりなので、おいしいお店を教えてもらえると嬉しいです。ね。旦那様」
ぽこは、親切な人に会えてよかったとでも思っているのだろう。
見上げた俺が、いつもよりも仏頂面なのを見て、ぽこの笑顔まで固まった。
「旦那様って?」
「旦那様と使用人の関係かもよ」
「だっ、だよな。夫婦にしちゃ年齢が……」
中央図書館に勤めているからと言って、賢明だとは限らない。
賢明な方の案内係は、ため息をついた。
「えっと、お昼には一緒に行けません。ぽこは旦那様の押しかけ女房ですから」
気まずそうにぽこが言い出すと、ジュリアンとルイスが揃って首を縦に、両手を左右に何度も振った。
「いえいえいえ! 僕らも気づかずに申し訳ない」
彼らが、間違うのも無理はない。
ぽこは、思わず声をかけたくなるほど可愛らしく、若い。
それに対して俺は、誰もがたじろぐほど人相が悪いおっさんだ。つり合いを考えれば、親子だと思われるのがせいぜいってところだろう。
目が合うとジュリアンもルイスも、今にも気絶でもしそうなくらい顔色が悪く、緊張している。
盾役は、獰猛な獣のようなものだから、無理もない。
「午後も本を探すつもりだったが、今日のところは出直した方がよさそうだ」
なるべく穏やかな口調にしてはみたが、ジュリアンとルイスは雌鶏が絞殺されたような声を挙げた。
恐縮するジュリアンとルイス、そして案内係に見送られて、予定よりもかなり早く図書館から出た。
図書館の玄関ホールでぽこが腕を組んできた。昨日ははぐれないように手を繋ぐだけだったのが、突然距離感を縮めてくるのは、さっき勘違いされたからだろう。
恋人同士ってのは、こうだな。
大きくくびれた腰に腕を回して引き寄せる。
「あっ」
俺の胸にぽこが顔を寄せて、反動を逃がす。慣れないことをして二人共顔が赤い。
夏の薄手のカーディガンを通して、ぽこの腰骨を感じ、ひとまずは、留飲が下がった。
大きな扉を、案内役が開けてくれた。苦笑されているのを見ると、余計に体温が上がる。
いつまでも見送る三人から見えなくなって、ようやく人心地ついた。
結局聞き出したお勧めのチーズ専門店で、焼き立ての固いパンに熱々のチーズをのっけてもらい、隣り合って店の中で食べている。
柑橘類で匂いづけされた水がうまい。王都に来て一番嬉しいのは、好物の柑橘類が手頃な価格で買えることだ。
「おいしいです! 蜜漬けナッツ食べてみますか?」
ぽこは、腰を手繰り寄せた直後は照れていたのに、今は膝の上に乗らんばかりに身体を寄せてきている。
「あーん♪」
返事はしていないのに、口を開けろと言われる。
顔が熱くなるのを感じながら、渋々口を開けた。
インマーグでなら絶対にしないことができるのは、王都に知り合いはいないからだ。
知らない相手なら、こんな状況を目撃されてもマシである。
「んふふふ」
上機嫌でぽこが、パンをかじる。
「髭を剃ったほうがいいだろうか?」
髭にこだわりはない。ただ毎日剃るのが面倒で、さぼるためにある程度の長さにしているだけだ。
それが仕事に役立っていたから、さも当然のようにしていた。
王都での新生活は、古の薬の手がかりを手っ取り早く掴んで、ぽことの関係を深めるつもりだったのだ。
当てが外れたのだから、ぽことつり合いを取るために、髭を剃るくらいの手間は惜しまない。
「駄目です」
即答に、おや、と思った。
「凛々しくて素敵なんですから」
ぽこが、食べかけのパンを皿に置き、席を立った。座った俺と立ったぽこの頭の位置はちょうど正面くらいになる。
ぽこは、俺の顔を手で包み、顔を寄せてきた。
さすがにこれは外ですることじゃないのでは?
焦って腰が引けるが、ぽこの手が離してくれない。
ぽこは、俺の顎から頬にかけて、ゆっくり頬ずりする。
「ふふふ。チクチクします」
不適切な距離間に、ぞくりとした。
「誤解なんて勝手にしてればいいんですよ。ぽこは旦那様にやっと振り向いてもらえて、嬉しいんですから」
臆面もない言いように、思わず腰に両腕を回してしまった。





