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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第9章 王都での新生活
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99話 ぽこと顎鬚

 図書館の五十九番薬学の部屋で、五千冊の本に囲まれ、俺とぽこは、案内係とジュリアン、ルイスと向き合っている。

 俺が愛想笑いをしたら、ジュリアンがルイスを肘でつついた。


「あの、もしこの後お時間があったら、一緒にお昼でも食べませんか?」


 ルイスの高揚した話し方に嫌な予感がした。

 やはり、愛想笑いなんてするもんじゃないな。


「ぽこたちは、昨日王都に来たばかりなので、おいしいお店を教えてもらえると嬉しいです。ね。旦那様」


 ぽこは、親切な人に会えてよかったとでも思っているのだろう。

 見上げた俺が、いつもよりも仏頂面なのを見て、ぽこの笑顔まで固まった。


「旦那様って?」


「旦那様と使用人の関係かもよ」


「だっ、だよな。夫婦にしちゃ年齢が……」


 中央図書館に勤めているからと言って、賢明だとは限らない。

 賢明な方の案内係は、ため息をついた。


「えっと、お昼には一緒に行けません。ぽこは旦那様の押しかけ女房ですから」


 気まずそうにぽこが言い出すと、ジュリアンとルイスが揃って首を縦に、両手を左右に何度も振った。


「いえいえいえ! 僕らも気づかずに申し訳ない」


 彼らが、間違うのも無理はない。

 ぽこは、思わず声をかけたくなるほど可愛らしく、若い。

 それに対して俺は、誰もがたじろぐほど人相が悪いおっさんだ。つり合いを考えれば、親子だと思われるのがせいぜいってところだろう。


 目が合うとジュリアンもルイスも、今にも気絶でもしそうなくらい顔色が悪く、緊張している。

 盾役は、獰猛な獣のようなものだから、無理もない。


「午後も本を探すつもりだったが、今日のところは出直した方がよさそうだ」


 なるべく穏やかな口調にしてはみたが、ジュリアンとルイスは雌鶏が絞殺されたような声を挙げた。


 恐縮するジュリアンとルイス、そして案内係に見送られて、予定よりもかなり早く図書館から出た。


 図書館の玄関ホールでぽこが腕を組んできた。昨日ははぐれないように手を繋ぐだけだったのが、突然距離感を縮めてくるのは、さっき勘違いされたからだろう。


 恋人同士ってのは、こうだな。


 大きくくびれた腰に腕を回して引き寄せる。


「あっ」


 俺の胸にぽこが顔を寄せて、反動を逃がす。慣れないことをして二人共顔が赤い。

 夏の薄手のカーディガンを通して、ぽこの腰骨を感じ、ひとまずは、留飲が下がった。


 大きな扉を、案内役が開けてくれた。苦笑されているのを見ると、余計に体温が上がる。



 いつまでも見送る三人から見えなくなって、ようやく人心地ついた。

 結局聞き出したお勧めのチーズ専門店で、焼き立ての固いパンに熱々のチーズをのっけてもらい、隣り合って店の中で食べている。

 柑橘類で匂いづけされた水がうまい。王都に来て一番嬉しいのは、好物の柑橘類が手頃な価格で買えることだ。


「おいしいです! 蜜漬けナッツ食べてみますか?」


 ぽこは、腰を手繰り寄せた直後は照れていたのに、今は膝の上に乗らんばかりに身体を寄せてきている。


「あーん♪」


 返事はしていないのに、口を開けろと言われる。

 顔が熱くなるのを感じながら、渋々口を開けた。

 インマーグでなら絶対にしないことができるのは、王都に知り合いはいないからだ。

 知らない相手なら、こんな状況を目撃されてもマシである。


「んふふふ」


 上機嫌でぽこが、パンをかじる。


「髭を剃ったほうがいいだろうか?」


 髭にこだわりはない。ただ毎日剃るのが面倒で、さぼるためにある程度の長さにしているだけだ。

 それが仕事に役立っていたから、さも当然のようにしていた。


 王都での新生活は、古の薬の手がかりを手っ取り早く掴んで、ぽことの関係を深めるつもりだったのだ。

 当てが外れたのだから、ぽことつり合いを取るために、髭を剃るくらいの手間は惜しまない。


「駄目です」


 即答に、おや、と思った。


「凛々しくて素敵なんですから」


 ぽこが、食べかけのパンを皿に置き、席を立った。座った俺と立ったぽこの頭の位置はちょうど正面くらいになる。

ぽこは、俺の顔を手で包み、顔を寄せてきた。


 さすがにこれは外ですることじゃないのでは?


 焦って腰が引けるが、ぽこの手が離してくれない。

 ぽこは、俺の顎から頬にかけて、ゆっくり頬ずりする。


「ふふふ。チクチクします」


 不適切な距離間に、ぞくりとした。


「誤解なんて勝手にしてればいいんですよ。ぽこは旦那様にやっと振り向いてもらえて、嬉しいんですから」


 臆面もない言いように、思わず腰に両腕を回してしまった。


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