148話 ぽこの言い分
窓の外で、秋を告げる虫の音が聞こえる。
「たぬきは一度に四、五匹の子供を産みます。だから、兄たちは同じ誕生日の組がいますけど、ぽこは一匹だけです」
それは気になっていた。いないということがどういうことか想像はつく。楽しい話しではないから、わざわざ聞かなかった。
赤ん坊の世話をしていたとき情の深さを感じたぽこの顔は、今は感情を失くしている。
「ママは、体調が悪かったのに、無理してぽこを産んでくれました。産んだ後も働き詰めで、それでどんどん弱っていったんです」
ぽこには七人の兄がいる。やんちゃ盛りの七人の男の子を育てながら、赤ん坊の世話をすると想像するだけで、頭が痛くなる。
俺が理解するまで待ったようで、ぽこが続きを話し始める。
「それだけじゃなくて、ぽこの家はお客様が多くてですね。毎日が記念会みたいな感じなんですよ。家の手入れやお出しする料理を采配するのもママの役目でした。なんとなくわかりますか?」
ぽこが会の準備に慣れていたのも、たぬきなのに格式ばった料理のマナーを知っていたのも、それが影響しているってことだ。
あんな面倒な会を連日開催する側になり、親父さんが手伝わないなんて――。
「考えたくもない程大変だろうね」
ぽこは太ももの上で固く拳を握った。
「私も屋敷に閉じ込められて、ママの代わりに家の仕事ばかりで……。パパにとって女は家の仕事をして子供を産む道具でしかないんです」
「可愛い末の娘を、そんな風に思うだろうか?」
俺でさえ、ぽこなら目に入れても痛くない。これが惚れた女の産んだ子なら、と考えるだけで、踏ん張る理由になる。
「じゃあ、どうしてママを労わってくれなかったんですか? ぽこの話を聞いて欲しかった。あのままパパが決めた入り婿と結婚すれば、ぽこも跡取りを産む道具みたいなものです」
「それが家出の原因なのか」
今までも、ぽこが不自由だったとは聞いていた。それだけなら、自我の芽生えた娘の突飛な行動と映るだろうが、ぽこはそんな我儘ではない。何かしら大きな理由があって、俺にも言えないのだと思っていた。
傷が深ければ深いほど、言葉にするのは難しいものだ。
ついこの春、一区切りつけることができた己の古傷を思う。
「だから、赤ん坊を預かって、寝かせてあげたかったんだな」
「そうです」
「助け合うことはいいことだ。だが、無理のない範囲でな」
ぽこが頷いた。
階下の住人の夫が訓練から帰れば、落ち着くだろう。
「俺は、ぽこの親父さんのことを知らないから、何とも言えないがね。ぽこがそう思うだけのことはあったのは確かだろうとわかるよ」
ぽこの身体が震え、堪えきれなくなった涙が一筋頬を伝う。
「よく頑張ったな」
手招きすると素直に膝に乗った。頭を撫でてやると、胸に擦り付けてくる。
本当は、小さな頃に親父さんに甘えたかったのだろう。
その気持ちはよく分かる。
俺も両親がいなかったから、爺さんに迷惑が掛からぬように背伸びして育った口だ。
ただ、爺さんは俺に多くを求めなかった。ただの辺境の村人だったからだ。
「俺の爺さんには口癖があってね」
ぽこが俺を仰ぎ見る。
「なぁ、オズワルド。生きているだけで丸儲けだってね。元気でいれば何だってできる。俺が細かいことを気にせんのは、爺さんのおかげだな」
おどけた調子に、ぽこがくすくす笑った。
そうだ、出てきた家を思い出して辛くなるよりは、俺といて笑っていればいい。
今の俺には、赤ん坊の世話は無理だが、ぽこと相談しながら暮らすくらいは容易い。
こういうのを巡り合わせというのかもしれない。
リリリリーと響く虫の音に混じって、扉をノックする音がした。続けて、遠慮がちに声をかけてくる女性の声。
まだ鐘は鳴っていない。





