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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第13章 毛深き愛しいもの
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146話 ぽこと赤ん坊のお世話①

 ピーター・ウェインの秘書に、貴族の称号も校長職も辞退するとはっきり言ってから、気が楽になった。

 新人育成や指導者の育成をしていても、クエスト屋の職員という立場ではなく、冒険者として接せられる。


 いや、正直に言おう。

 仕事からの帰り道、鼻歌が出るのは、プロポーズが無事に終わったからだ。

 何と言っても気恥ずかしく、万一にでも断られでもしたらと想像するだけで勇気が必要だった。


「退職日は調整中だが、冬になるまでには戻れるはずだ」


 隣を歩くぽこに伝えると、ぽこが挨拶する相手をリストアップし始めた。


「エミリアさんと恋人さんでしょ、図書館のジュリアンにルイス、それに――」


 ぽこは元来、人付き合いがいいらしい。

 王都でも知り合いができたらしく、何度か聞かされたことのある名前を聞きながら、生返事する。

 俺が挨拶するのは職場以外は九重蔓(ここのえかずら)の館の女主人であるイスタリさんくらいのものだ。



 鮮やかなピンク色の葉で覆われた九重蔓の館に帰ると、ケリーが飛んできた。

 ぽこの手から、パンの欠片を貰って嬉しそうに尻尾を振っている。

 ぽこは、人生初の怖くない犬ができたと言っているが、ケリーが走ってくると、数歩たじろいでいる自覚はないらしい。


 一階から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 ふにゃふにゃした頼りない泣き声が耳に入ると、なんだかそわそわしてしまう。

 左端の部屋の扉が開き、赤ん坊を抱いた女性が出てきた。

 ガウン姿で髪も梳かせず、ふらふらしているが、俺たちを見て大慌てで髪を手櫛で整えた。


「あ、うるさくしてごめんなさい!」


「わぁ! 赤ちゃん見せて貰っていいですか?」


 ぽこが駆け寄って、泣いている赤ん坊を見た。さりげなく抱っこまでさせてもらっている。


「小さい! 可愛い‼」


 ぽこがゆらゆら身体を揺らし、とんとん優しくリズムをつけてあやすと、赤ん坊が泣き止んだ。


「どうやっても泣き止まなかったのに」


 女性は驚き、その後大きなため息をついた。


「十人の甥と姪の面倒を見たから、たまたまできただけ。もう少ししたら人見知りして、ママしか抱っこさせてもらえなくなっちゃう」


「十人も⁉」


 ぽこの若さで十人も甥と姪がいるのは珍しい。


「旦那さんは?」


「今週は訓練で」


 そういえば、ここの旦那さんは騎士団員だから、訓練に出ると何日も帰ってこれないと聞いたことがある。

 九重蔓(ここのえかずら)の館の住民は、騎士団関係者が多いというのも最近知った。


「生まれたばかりなのに、大変じゃないですか?」


「そうなの。まだふらふらするのに、一人で家事も育児もしなくちゃいけなくって……。食事はイスタリさんが差し入れてくださっているけど、赤ちゃんを育てるのは初めてで」


「おしめを変えて、おっぱいあげて、げっぷさせて、寝たと思ったら、また泣きますもんね」


「そうなの。私が全然寝れなくって、どうやって皆これを乗り越えてるのかしら?」


 顔色が悪く、話していてもふらふらしている。

 お腹が鳴る大きな音がした。

 俺とぽこのではない。俺たちはさっき食べたばかりだ。


「良かったらご飯の間、抱いてましょうか?」


「いいの⁉ ありがとう!」


 余計なお世話かと思ったが、女性は大喜びで部屋に俺たちを入れた。

 部屋の間取りはどこも同じらしく、入ってすぐが台所だ。

 女性はイスタリさんからの差し入れを温めもせずに、かき込むようにして食べ始めた。


「私たち予定はないから、ゆっくり食べて」


「お茶も出さずにごめんなさい」


 言われてみれば、女性はお茶も飲まずに食べている。


「お茶を淹れてこよう」


「うちのを使ってください」


 失礼してお茶の用意をし、ついでに溜まっている洗い物をしてしまう。お茶の用意ができた頃には、女性は食べ終わって、大あくびをした。

 今にも寝てしまいそうだ。


 ぽこと視線が合う。


「良かったら、次の鐘が鳴るまで寝てください」


 判断力に欠けるのか、はたまた、ぽこの寝かせ技が女性にも効いたのか、女性は大きく頷いた。


「さっき搾乳したのが、そこに入ってます。おしめはそこ」


 今にも寝てしまいそうに身体を前後に揺らしながら、女性が最後の力を振り絞って、赤ん坊の世話に必要な物の在りかを教えてくれる。


「安心してゆっくり寝てくださいね」


 身体を引きずるようにして居間にたどり着き、長椅子に倒れた瞬間、大きないびきをかき始めた。


 なるべく音を立てないように、言われた赤ん坊の荷物をまとめ、二階の自室に引き上げる。ぽこが腕に抱いた赤ん坊も、母親と同じようによく寝ている。


 ぽこは、注意深く赤ん坊をベッドの真ん中に置いて、自分もその脇に寝転んだ。

 愛おしそうに赤ん坊を見つめる姿を見て、軽口を叩こうとしていた言葉が引っ込んだ。


 あぁ、ぽこは自分の子が欲しいんだな。

 プロポーズが成功して、満足していたが、足りないものがある。

 俺たちには、やはり古の薬が必要だ。


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