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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第13章 毛深き愛しいもの
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144話 旦那様とピクニック①

 林に着くと、腐葉土のいい匂いを胸一杯に吸い込んだ。


「旦那様早く!」


「おぉい。待ってくれ」


 後ろから来る旦那様の元に走って、また我慢できずに林まで走り、呼ばれては旦那様の元に戻る。

 王都は白い山に見えるほど遠く、下草は勢いがあって肉球を刺激する。

 雑草から上がってくる濃厚な緑の香り、背中を焼く陽射し、空の高いところで鳶が鳴く声がする。


「気持ちがいいですね!」


「そりゃあ何より」


 腐葉土に鼻を突っ込むと、湿っていてひんやりする。ミミズを見つけ、大興奮で掘り出して食べると、旦那様が笑った。


「鼻先が土まみれだ」


 途端にくしゃみが出て、今度は二人で笑った。

 木漏れ日が旦那様のお顔に落ちて、穏やかな眼差しを照らし出す。

 リラックスした顔を見るのは、久しぶりだ。


 たぬきから化けられない私を王都の外に捨てて欲しいと言ったら、旦那様はここに連れてきてくれた。

 つまり、そういうこと。

 今日で最後だという湿っぽい気持ちには蓋をしている。

 旦那様がいつか私を思い出したとき、泣いてすがった姿ではなく、元気に山に溶け込んだ姿でいたい。

 だから、今日は目一杯楽しむつもり。



 旦那様は、荷物を林の中に置いた。

 私を置いたらすぐ帰るのでは?

 不思議に思ったけれど、旦那様が川に入った水音で気がそれた。


「気持ちいいぞ。入ってみるかい?」


 抱っこしようとする腕をすり抜けて、川面へ勢いよく飛び込む。

 水しぶきがあがり、水中から浮いたら四つ足で水を蹴る。

 冷たさに毛穴がぎゅっと引き締まり、流れに抵抗するために思いっきり身体を動かすのが気持ちいい。

 視界がクリアになり、頭が冴える。


「たぬきって泳げるのか」


 旦那様が「得意気な顔をしてるぞ」と笑い出して、岸についた私を褒めた。


「流れがある分、川は大変ですけどね」


 私が泳ぐといえば、真夏でも冷たい丸湖様だ。

 ママが心配する中、兄たちに連れられてよく泳ぎに行った。


「そうだ! 蟹!」


「蟹?」


「丸湖様で泳いだ後は、蟹を食べるんですよ」


 旦那様が、魚のしかけを設置する間、私は沢蟹を獲るのに夢中になった。


「そのまま食って泥くさくないか?」


「平気へいき!」


 旦那様がいらないというから、見つけた端から食べてしまう。

 この歯ごたえが堪らない! 大きな鋏で脅してくるけど、ちっとも怖くないもん!


「痛っ」


 蟹に鼻を挟まれて、頭を振る。

 蟹が川へ落ちる音がして、旦那様が私を抱き上げた。


「大丈夫そうだな」


 涙目になった私を撫でた後、お腹を抱えて笑い出す。

 一緒になって笑ってしまう。


 火を起こす準備をする旦那様を見ながら、すっかり冷えてしまったお腹を日光浴して温める。

 もう少し一緒にいられるみたい。



 鼻を高くあげて匂いを嗅ぐ様子を見た旦那様が、周りを探し始めた。

 どうも私の鼻を美味しいもの探知機だと思っているみたい。


「あんずだ。いい鼻だな」


 手を伸ばして木からあんずをもぎ取り、渡そうとしてくれる。

 首を振って、あんずの木にかけ登ったら、歓声が上がった。

 慎重に細い枝を渡り、枝の上であんずを食べる。


「何でも器用にできるもんだ」


「化けられなくても、基本的な生活はできます」


「あまり沢山食べると、歯が浮くぞ」


 旦那様は二つだけ食べると、いくつか袋に入れた。お土産にするのだろう。

 あんずをもう九重蔓(ここのえかずら)の館で食べることはないのだと思うと、胸が締め付けられる。


「そろそろ帰りますか?」


 湿っぽい声が出たことにどきっとした。


「お? 疲れたかい? じゃあ、川の方へ戻ろうか」


 あんずの木の下で両手を広げる旦那様の胸元向かって飛び降りる。

 柔らかく抱かれ、頭のてっぺんの匂いを嗅がれた。

 戻る道すがら、旦那様は私を離さない。


 旦那様の髭に頭をすりつけながら、私は決意した。


「王都の森から帰った日、ぽこが何を言ったか覚えてますか?」


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