97話 ぽこと買い出し②
「パパから貰った反物を売って、当面の資金に使うつもりです」
「なんだって?」
あまりにもさらりと言われて、俺が目を剥く。
ぽこはぽこで、俺の様子に驚いたような顔をした。
「どうして、そんな嫌そうな顔をするんですか?」
驚きという衝撃を喰らった感情は、反動を伴う。
実際ぽこは、驚いた後、表情を崩して絞り出すような声で問いかけてきた。
俺の返事によって悲しませていることに焦ってしまう。
「あぁそうか。生活は折半にしたいのだったな。じゃあ、ぽこの分は反物を売って賄えばいいよ」
なるべく言葉を選んだつもりだったが、ぽこの眉根の皺はより深くなった。
「なんか嫌味な感じです。ぽこだけ楽して贅沢すればいいと思ってるんですか?」
「嫌味じゃないだろ?」
おかしい。そんなつもりは毛頭ないのに、どうしたわけか俺がぽこを責めているようになってきた。
「旦那様は、王都での仕事が決まっていても、資金への不安を感じたんですよね?」
さっき、巾着を触ったことを言われれば、肯定しかできない。
不特定多数の人がいる場所で、不用意に金の在りかを触るような人間でないのは、ぽこも知っている。だからこそ、触ったことが問題になる。
結婚式のことを考えていたのだと言おうとすると、先にぽこが口を開いた。
「ぽこは、図書館で調べものをした上に、仕事探しから始めるんです。旦那様よりもっと不安になります」
泣くのを堪えているが、声は揺れ始めている。
小さなぽこが泣きそうになっていて、俺たちをちらりと見ながら通りすがる人が出てきた。
「旦那様の負担になりたくなくて、それでお金に変えようとしてるだけなのに――」
ぽこが溢れた涙を手の甲で拭う。
先程から何度か話そうと試みるも、失敗している。ぽこの話を聞くのを優先するあまりに、泣かせてしまうとは、甚だ遺憾だ。
「ぽこの不安をわかってやれずに悪かった」
謝ると、ぽこの涙が加速してしまった。
泣くぽこを見た若い男が、ピューイと口笛を吹いた。
泣かせるような男は放っておいて遊びに連れ出そうと声をかけてきそうなのを、睨みをきかせて追い払う。
そう。周りから見れば、親子ほど年が離れた男が、若い女に貢がせているようにみえることだろう。そして、泣かせているのだ。
最悪である。
とはいえ、今優先すべきは、俺の建前ではなく、ぽこの気持ちだ。
気を取り直して、話を続ける。
「できれば、ぽこの生活は全部俺の稼ぎで賄いたい」
ぽこが首を傾げる。
「パパの世話にはならないってことですか?」
「何とも形容し難いが、アテにしたくはない」
「パパからの贈り物を換金するぽこは情けないってことですか?」
だめだ。全く俺の話が伝わっていない。
端的な説明を諦めて、全部ぶちまけることに決めた。
俺にだって見栄や外聞ってものが多少あるが、ぽこを泣かせる方が嫌だ。
「ぽこが自分の親からの贈り物をどう使うのかは、好きに決めていいと思う」
「なら、どうして嫌そうな顔をするんですか?」
「そう見えたのなら申し訳ない」
両手を上げて、降参のポーズをしてしまう。
「援助ってのは、最初はありがたいと思うもんだ。だが、何度か続く内に、助けて貰うことが当たり前になっていっちまう。それが堪らなく嫌でね」
ぽこが、俺の目をじっと見上げてくる。
「なんとなくわかります」
涙が引っ込んだようで、安堵する。
ぽこの視線が遠くを見ているようなものに変わった。
「パパに援助を求めてくるたぬきは多いですから。でも、パパの場合は、ギブアンドテイクなんですけどね――」
ぽこの父親は、里長として立派なたぬきのようだ。親切なだけではリーダーは務まらない。
「じゃあ、反物はあのまま置いておきます」
「好きにしていいんだぞ」
「大丈夫です。不安に押しつぶされるより、動く方が好きですから」
働くあてがないと言っていたのに、頑張るというぽこはいじらしい。
俺が稼ぐと言っても、ぽこは自立がしたいから働くことを選ぶのだろう。
できることなら何でもしてやりたくなる。
「さっき見た飴細工でも買いに行くか」
買い物途中に、飴を練るのを見つけたぽこは、興奮して見惚れていた。
「え? いりませんよ」
ぽこが驚いて顔を上げた。
「じゃあ……。スカーフは?」
これもぽこが「今、王都ではスカーフが流行ってるんですね」と言ったやつだ。
俺はそんな物は気にして見ていないが、ぽこは違う。欲しかったのかもしれない。
「いりませんけど……。ぽこは、自分の衣服はなるべく化け術でやるのがたぬきとしてのプライドだと思っています。パパたちとは違うんですよ」
おっと、意外なこだわりがあった。
それでも、どんぐりのブレスレットは化け術ではない。
視線を感じたのか、ぽこが小さな声で言い訳をする。
「そう。つまり、身につけるモノにはこだわりがあるタイプなんです」
「じゃあ欲しいもんができたら、俺に言ってくれ」
身体を屈めて、ぽこの本当の耳があるところで囁く。
「俺は、惚れた女を甘やかすのが好きなタイプだ」
身体を元に戻すと、真っ赤になったぽこが俺を小さく叩いた。
「ズルいですよぉ」
声に出さずに笑う。
「ぽこは、物じゃなくて思い出がいいです」
そう言われて、俺の方がノックアウトされる。
畜生。可愛いな。





