141話 ぽこの覚悟
「来週ですね」
ぽこが丸い肉球のある手で日数を数えた。
「いよいよだな」
ぽこが、ほっとしたように身体の力を抜いた。
「なぁ、ぽこ、種族変更の薬だが、俺に使わせてもらえないだろうか?」
今、言い出すことでないのは承知の上だが、今言わずして、いつ言えばいいのか。
「え……。ぽこはてっきりぽこが使えると思ってました」
葉っぱにラッセルに大砲とショックが続くぽこが、動きを止めた。
「俺には家族はいないが、ぽこには」
「待ってください。ぽこは家出娘です。同じ条件ですよ」
「いいや、レナもジョアンもいる。それに誕生日に反物を贈ってくれる父親だっているじゃないか」
ぽこが実家の話に触れて欲しくないと知っていたから、今までこの話題は避けて来た。だが、種族変更の薬を目前にした今は向き合うべきときがきたのだ。
「それに、たぬきは人間に化けられるが、人間はたぬきに化けられないだろ」
俺なりにどちらがいいか考えた結果だ。
ぽこは、じぃっと俺を見て、それから視線を足元に落とした。
「たぬきは温泉宿もできませんよ」
「化ければできるだろ」
また沈黙があった。
「ぽこは、旦那様のお役に立ちたいんです。化け術が使えないたぬきは駄たぬきです……。こんな情けないまま結婚はできません!」
駄たぬきで、結婚できないときたか……。
そんなに自分をさげすまなくともいいだろうに。
あんなに結婚したいと言っていたのに……。
近い内にプロポーズしようと、あれこれない知恵を絞っている身としては、最も聞きたくない言葉だ。
ここまで言われては、俺の意見を交えて話し合いすることは無理だと悟った。
古の薬を飲むのは、生き方を左右する大きな決定打になるだろうから、入手してから話し合おう。いくらぽこが思い切りがいいと言っても、さすがに勝手に飲んだりはしないはずだ。
結婚ができないと言うほど、ぽこにとって化け術は大事な要素で、アイデンティティにも関わることなのだろう。
「人間になれば、化け術へのプレッシャーもなくなります。葉っぱの残量を気にしたり、人前で尻尾が出ないように踏ん張ったりしなくてもいい。犬だって――」
改めて、本人の口を通して聞けば、プレッシャーにプレッシャーが上乗せされるような大変な状況だったと実感できる。
俺が思っているよりも、たぬきでいるのは苦労が多いのかもしれん。
「もし――」
ぽこが、声をかすらせた。
「もし、古の薬が作れなくて、このままだったら、ぽこを王都の外に捨ててください。
ぽこは飼い犬になりたくない!」
飼い犬ね……。
今日は、ぽこから衝撃的な言葉ばかり聞かされる。
それほどのことなのだろう。
取り合えず、どちらが薬を飲むかという話は一度保留にした方がよさそうだ。
「俺はぽこを犬だと思ったことはないよ」
「人間でなければ、クエストのバディーもできないじゃないですか」
食い扶持を稼ぐことにこだわるのは、ここか。
犬相手となると、ぽこがムキになることが不思議だ。
「まぁまぁ、古の薬ができるまで待とうじゃないか」
「待ちきれません!」
ぽこを落ち着かせるために、頭から尻尾の先まで撫でながら話す。
もしかして、撫でれば落ち着くのは己の方かもしれないな。
金色の毛並みが名残惜しい。
「じゃあ、明日にでも進捗を聞きに行こうかね」
「ぽこも連れて行ってください!」
「無論だ」
その日は、久しぶりに俺だけで夕食を作って食べた。
ぽこは終始元気がなかったし、ぽこに元気がなければ俺とて同じだった。
翌朝、街に建国祭の余韻の残る中、キュマ先生の研究室へと脚を運んだ。
慣れたはずの研究室への廊下が暗く、気味が悪い。
妙に緊張しながら、扉の前に立った。
もう、立ち入り禁止の札は出ていない。
「いよいよだな」
扉を三度ノックした。





