139話 ぽことラッセル
「たぬきだ‼」
勝ち誇ったようなラッセルの声が寝室から聞こえて来た。
鍵を開けると同時に、ケリーが中へ飛び込んでいく。
寝室に走りこんだときには、ケリーがラッセルの腕に噛みついていた。
「ぽこ!」
たぬき姿のぽこが、部屋の隅から俺の胸元へと飛び込んでくる。
「怪我はないか⁉」
抱きしめて、体中を確かめる。
何度も頷くぽこを、強く抱いてから、居間の方へ降ろす。
寝室では、ケリーがラッセルと対峙していた。
唸りながら、ラッセルと距離を測るケリーと、ナイフで身構えるラッセルの間に、身体を滑り込ませる。
「ケリー、ぽこを頼むぞ」
「たぬきに女の名前をつけるとは、さては逃げられたな?」
ラッセルが勝手に勘違いしてにやけ、背中から、モーニングスターを抜いた。
棍棒と錘を繋いだ鎖が鳴る。棍棒の鋭利な棘が光った。
怒りが身体を駆け巡り、集中力が研ぎ澄まされていく。
腰元の剣帯から、短剣を引き抜いた。
奇しくも、両者の武器は、前回と同じだ。
「くくく。あのときの続きと行こうじゃねぇか」
血走ったラッセルの目には狂気が浮かんでいる。
「今度こそ掻っ捌いてやる‼」
顎からこめかみをなぞると、ラッセルが舌なめずりした。
「いつだってお前は目障りだ‼」
声と同時に、モーニングスターが振り下ろされる。避けると床石がモーニングスターを喰らい、放射状にひび割れた。
重い鎖の音がして、錘がモーニングスターの脇に落ちた。
人の頭大ある錘は、打撃のモーニングスターとは違い遠心力で動くから、動きを読むのは苦労する。
ラッセルは、モーニングスターの使い手としては一流だ。クエストをしていなくとも、動きは鈍っていない。
攻撃には性格が現れるのか、テンポよいモーニングスターの打撃と虚をつくような錘の動きがねちっこい。ラッセルの攻撃は、若いころよりも緻密で熟成されている。
「ほらほらどうした」
宙を切るラッセルの攻撃音、床や壁がモーニングスターと錘で砕かれる音が続く。
傍目には押されているように見えるらしく、ぽこの悲鳴が背後で聞こえた。
目を凝らし、ラッセルの動きに集中する。
一瞬の間に、短剣をモーニングスターの鎖に絡ませた。
戦いとは流れを引き寄せた方が有利だ。
ラッセルの攻撃は練られているからこそ、流れを叩き切れば、大きなうねりとなってこちらに利を運んでくる。
そして、流れを変えるのは、盾役の大きな役割でもある。
賭博にかまけたラッセルの十五年と、新しい者と組み続けた俺の十五年の差が出た。
打撃を繰り返す。ラッセルが殴り返すが、懐に潜り込んだチャンスは逃さない。ただ、目の前のラッセルをぶちのめす。
気が付いたら、ふらついたラッセルの首を掴んで締めあげていた。
呻く口元から唾液が噴出し、顔色は赤から青へ変わり始めた。
「ぽこを狙ったことを後悔させてやる」
感情は籠っていなかった。目の前の敵を葬らねばならないという使命感に突き動かされる。
こいつを始末しなければ、また誰かが被害に遭う。
次は間に合わないかもしれぬ。
命のやり取りをする者だけが知る瞬間だ。
「旦那様いけません‼」
ぽこの声に、我に返った。
指の力が緩んだ隙にラッセルがモーニングスターを振り回した。
避けきれなかった錘が胴に入る。衝撃に内蔵が躍り、身が裂ける。
ぽこの叫び声が聞こえ、ラッセルが興に乗ったように、床に転がった俺の頭に、脚を乗せる。
「これだよ。どんでん返しにあったヤツの顔」
ラッセルが心底嬉しそうにほくそ笑む。
「若いやつがカードで負けて絶望していく瞬間を見るのが堪らなく好きでね」
次の瞬間、今度はラッセルが床に転がった。
ラッセルの軸足に俺が短剣を突き立て、えぐったからだ。手に筋が切れる手応えがあったから、もう歩けまい。
怪我を庇い、よろめきながら立った。口中に溜まった血反吐を吐く。
「お前には反吐が出る」
怒声に空気が震える。
倒れたラッセルが、何がおかしいのか笑い出した。
「そうこなくちゃな。オズワルド」
ラッセルが呻き声をあげて立った。モーニングスターは足元に転がったままだ。
喜色を浮かべて、俺に人差し指でかかってこいと合図する。
「聖翼獅子団第三団第一隊である!」
鋭い名乗り声がかかり、一同が寝室の入り口に注目した。
騎士団が整列していた。
ラッセルを捕まえるために来たのだろう。
「ちっ!」
ラッセルは、即座に片足で窓へ踏切った。
とっさに目の前にあったモーニングスターの鎖を投げた。
怪我をしていない方の足に鎖が鈍い音を立てて絡みつき、ラッセルは割れた床の上に落下した。
騎士団がラッセルを取り囲み、あっという間に連れ去った。
ラッセルはその間、何度も俺に暴言を浴びせかけた。
「旦那様!」
人間姿のぽこが俺へと駆け寄り、治癒薬を俺にかける。
「ありがとう」
震えるぽこの頭を撫でる。
ぽこは傷が治るのを確かめるように指でなぞり、何度も頷いた。
残った第一隊の隊長が、破壊された寝室を見て、顔をしかめる。
居間に声をかけた。
「酷い有様です」
現れたのは、家主のイスタリさんとピーター・ウェインの秘書だった。
並んだ姿を見て、初めてイスタリさんとピーター・ウェインの秘書がとても似ていることに気が付いた。
「お母さん、修繕費は全て騎士団で持ちます」
イスタリさんとピーター・ウェインの秘書は親子だったのか。
そういえば、と今更ながらに、九重蔓の館を斡旋してくれたのが、ピーター・ウェインだと気が付いた。
「ラッセルの件は預かるって言いましたよね。大人しくしてられなかったんですか?」
責めるような口調に、肩をすくめる。
「ほらな、俺は貴族の器じゃあないってこった」
今回のことにこじつける俺に、ピーター・ウェインの秘書がさらに眉を上げた。
「ケリーのおかげで助かりました」
ぽこの声にケリーが尻尾を振った。





