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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第13章 毛深き愛しいもの
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139話 ぽことラッセル

「たぬきだ‼」


 勝ち誇ったようなラッセルの声が寝室から聞こえて来た。

鍵を開けると同時に、ケリーが中へ飛び込んでいく。

 寝室に走りこんだときには、ケリーがラッセルの腕に噛みついていた。


「ぽこ!」


 たぬき姿のぽこが、部屋の隅から俺の胸元へと飛び込んでくる。


「怪我はないか⁉」


 抱きしめて、体中を確かめる。

 何度も頷くぽこを、強く抱いてから、居間の方へ降ろす。


 寝室では、ケリーがラッセルと対峙していた。

 唸りながら、ラッセルと距離を測るケリーと、ナイフで身構えるラッセルの間に、身体を滑り込ませる。


「ケリー、ぽこを頼むぞ」


「たぬきに女の名前をつけるとは、さては逃げられたな?」


 ラッセルが勝手に勘違いしてにやけ、背中から、モーニングスターを抜いた。

 棍棒と(おもり)を繋いだ鎖が鳴る。棍棒の鋭利な棘が光った。


 怒りが身体を駆け巡り、集中力が研ぎ澄まされていく。

 腰元の剣帯から、短剣を引き抜いた。

 奇しくも、両者の武器は、前回と同じだ。


「くくく。あのときの続きと行こうじゃねぇか」


 血走ったラッセルの目には狂気が浮かんでいる。


「今度こそ掻っ捌いてやる‼」


顎からこめかみをなぞると、ラッセルが舌なめずりした。


「いつだってお前は目障りだ‼」


 声と同時に、モーニングスターが振り下ろされる。避けると床石がモーニングスターを喰らい、放射状にひび割れた。

 重い鎖の音がして、錘がモーニングスターの脇に落ちた。

 人の頭大ある錘は、打撃のモーニングスターとは違い遠心力で動くから、動きを読むのは苦労する。

 ラッセルは、モーニングスターの使い手としては一流だ。クエストをしていなくとも、動きは鈍っていない。


 攻撃には性格が現れるのか、テンポよいモーニングスターの打撃と虚をつくような錘の動きがねちっこい。ラッセルの攻撃は、若いころよりも緻密で熟成されている。


「ほらほらどうした」


 宙を切るラッセルの攻撃音、床や壁がモーニングスターと錘で砕かれる音が続く。

 傍目には押されているように見えるらしく、ぽこの悲鳴が背後で聞こえた。


 目を凝らし、ラッセルの動きに集中する。

 一瞬の間に、短剣をモーニングスターの鎖に絡ませた。


 戦いとは流れを引き寄せた方が有利だ。

 ラッセルの攻撃は練られているからこそ、流れを叩き切れば、大きなうねりとなってこちらに利を運んでくる。


 そして、流れを変えるのは、盾役の大きな役割でもある。

 賭博にかまけたラッセルの十五年と、新しい者と組み続けた俺の十五年の差が出た。


 打撃を繰り返す。ラッセルが殴り返すが、懐に潜り込んだチャンスは逃さない。ただ、目の前のラッセルをぶちのめす。

気が付いたら、ふらついたラッセルの首を掴んで締めあげていた。

 呻く口元から唾液が噴出し、顔色は赤から青へ変わり始めた。


「ぽこを狙ったことを後悔させてやる」


 感情は籠っていなかった。目の前の敵を葬らねばならないという使命感に突き動かされる。


 こいつを始末しなければ、また誰かが被害に遭う。

 次は間に合わないかもしれぬ。

 命のやり取りをする者だけが知る瞬間だ。


「旦那様いけません‼」


 ぽこの声に、我に返った。

 指の力が緩んだ隙にラッセルがモーニングスターを振り回した。

 避けきれなかった錘が胴に入る。衝撃に内蔵が躍り、身が裂ける。

 ぽこの叫び声が聞こえ、ラッセルが興に乗ったように、床に転がった俺の頭に、脚を乗せる。


「これだよ。どんでん返しにあったヤツの顔」


 ラッセルが心底嬉しそうにほくそ笑む。


「若いやつがカードで負けて絶望していく瞬間を見るのが堪らなく好きでね」


 次の瞬間、今度はラッセルが床に転がった。

 ラッセルの軸足に俺が短剣を突き立て、えぐったからだ。手に筋が切れる手応えがあったから、もう歩けまい。


 怪我を庇い、よろめきながら立った。口中に溜まった血反吐を吐く。


「お前には反吐が出る」


 怒声に空気が震える。

 倒れたラッセルが、何がおかしいのか笑い出した。


「そうこなくちゃな。オズワルド」


 ラッセルが呻き声をあげて立った。モーニングスターは足元に転がったままだ。

 喜色を浮かべて、俺に人差し指でかかってこいと合図する。


聖翼獅子(せいよくじし)団第三団第一隊である!」


 鋭い名乗り声がかかり、一同が寝室の入り口に注目した。

騎士団が整列していた。

ラッセルを捕まえるために来たのだろう。


「ちっ!」


 ラッセルは、即座に片足で窓へ踏切った。


 とっさに目の前にあったモーニングスターの鎖を投げた。

 怪我をしていない方の足に鎖が鈍い音を立てて絡みつき、ラッセルは割れた床の上に落下した。


 騎士団がラッセルを取り囲み、あっという間に連れ去った。

 ラッセルはその間、何度も俺に暴言を浴びせかけた。


「旦那様!」


 人間姿のぽこが俺へと駆け寄り、治癒薬を俺にかける。


「ありがとう」


 震えるぽこの頭を撫でる。

 ぽこは傷が治るのを確かめるように指でなぞり、何度も頷いた。


 残った第一隊の隊長が、破壊された寝室を見て、顔をしかめる。

居間に声をかけた。


「酷い有様です」


 現れたのは、家主のイスタリさんとピーター・ウェインの秘書だった。

 並んだ姿を見て、初めてイスタリさんとピーター・ウェインの秘書がとても似ていることに気が付いた。


「お母さん、修繕費は全て騎士団で持ちます」


 イスタリさんとピーター・ウェインの秘書は親子だったのか。

 そういえば、と今更ながらに、九重蔓(ここのえかずら)の館を斡旋してくれたのが、ピーター・ウェインだと気が付いた。


「ラッセルの件は預かるって言いましたよね。大人しくしてられなかったんですか?」


 責めるような口調に、肩をすくめる。


「ほらな、俺は貴族の器じゃあないってこった」


 今回のことにこじつける俺に、ピーター・ウェインの秘書がさらに眉を上げた。


「ケリーのおかげで助かりました」


 ぽこの声にケリーが尻尾を振った。


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