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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第13章 毛深き愛しいもの
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138話 旦那様の留守に

 朝、慌ただしく仕事へ出た旦那様を見送って、たぬき姿に戻り、露台の大きな窓辺にある棚に飛び乗った。

 建物から突き出た露台の部分だけが木製で、そこに九重葛(ここのえかずら)の蔓がびっしりとつたっている。

 夏の日差しを九重葛のピンク色の葉が遮り、風で揺れるのを見るのが一番のお気に入り。


 鼻先を上げて夏の風と光を楽しみ、残り僅かなたぬき生活へ思いをはせる。


 王都に来てから一番大変だったのは、葉っぱ集めだ。正直今も違和感がある。

古の薬を使って人間になれば、この苦労も、もうおさらばできる。


「人間になっても、葉っぱコレクションは続けたいな」


 巾着ポシェットから、お気に入りを出してきて光にかざすと、葉脈がくっきりと見えた。

 今も葉っぱコレクションの上位は、インマーグ産が多い。


「次はこれ」


 今度は黄色い銀杏の葉だ。

 今日は籠編みの予定で、綺麗なものを楽しみながら、インスピレーションが湧くのを待つ余裕がある。

 知らず知らずのうちに鼻歌が出ているのに気が付いて余計に楽しくなってきた。


 人間になれば、いよいよ結婚だ。

 エミリアさんや図書館でお世話になった人、それに旦那様の職場の方を招いて食事会をしてもいい。

 王都に来る直前から旦那様から受ける愛情が真っすぐで、気恥ずかしいくらいだけれど、結婚すればもっと深まるのかもしれない。


 ついさっき送り出したときにも、大きな体を曲げて覆い被さるような抱擁を受け、優しい眼差しで挨拶してくれた。

 もし、赤ちゃんが生まれたら……、と、想像してみる。

 私が胸に抱いた赤ちゃんごと、いってきますと抱き寄せてくれる光景を思い浮かべて、くふふと笑った。


 そのとき、九重葛(ここのえかずら)の館の玄関扉に掛けられているチャイムが微かに鳴った。

 一階で犬のケリーが吠える声がするけれど、女主人のイスタリさんが応対する気配はない。


 何だろ? 気のせい? でも、ケリーが……。


 身体を起こして、耳を澄ます。

 階段が軋む音が微かに聞こえた。


気のせいじゃない。誰かがこっそり上がってきている。


足音は二階で止まり、嫌な気配はすぐそこまで迫ってくる。


まさか、うちだろうか?


うろたえる間に、うちの扉のノブが回るのが見えた。

扉から、露台までは距離はあるものの一直線だから見通しがいい。

鍵がかかっているはずの扉が開く。


隠れなきゃ‼


 いつも見ている旦那様の皮鎧に化けた。


「あん? 今何かいなかったか?」


 ラッセルだ‼


 旦那様の昔馴染みの冒険者で、偽初心者事件の中心人物。そして、違法賭博酒場の検挙のときにはたった一人逃げた男。


 どうして?


 突然のことに頭がついていかない。

 ラッセルは、部屋を見渡す。


「今日は出かけてないはずだが、どこだ?」


 私を探しているの⁉ なぜ? 何のために?


 苛立ったように、人間姿の私を探して、長椅子の下まで探している。

 露台で楽しんでいた葉っぱコレクションが、風で居間の床に落ち、ラッセルのブーツが葉っぱを無残に踏み壊す。


 許せない。


 ラッセルが不意にこっちを向いた。唇の端を不自然に上げる。


「っは! 相変わらずマメなこった! 大事に手入れしてる鎧に傷がついてたら、どんな顔をするかねぇ」


 太ももにつけたホルダーから、大振りのナイフを抜き出して、汚らしい舌で舐めながら、こちらへ近づいて来る。


 あぁぁ! どうしよう⁉


 ラッセルの手が伸びて来た。


 刺される覚悟で、化け術を解いて、ラッセルの顔に飛び掛かった。

 ラッセルは声も出さず、私を腕で振り払った。

 吹き飛ばされて、そのまま寝室のベッド下に滑り込んだ。


「なんだぁ⁉」


 ラッセルのブーツがベッドの下から見える。

 苛立ったような大股で、寝室に入ってきた。


「あいつ、何か飼ってやがんのか? どこだ?」


 ベッド上のキルトが荒々しくどかされる衣擦れの音がした。


「女をいたぶるつもりだったが、代わりにペットの猫でも刻むか」


 気味の悪い引き笑いが響く。

 怖くて顔が上げられない。

 全身の震えが止まらず、心臓の音がうるさい。


 ふと気が付くと、物音一つしなくなっていた。足音も気配もない。

 恐怖のために、時間がとれくらい経ったのかもわからない。


 いなく……なった?


 匂いを確かめるけれど、恐怖のあまり感覚はない。


 勇気を出して、そっと顔を上げる。

 目の前にはいない。

 安心して、寝室の奥へ視線と移す。

 ここにもいない。


 諦めて帰ったのかな?


 床に向かって、深呼吸して、ベッドの下からはい出そうとした。

 すぐ目の前に、ラッセルの顔があった。


 私を見て、にぃっと笑い、唇に涎が糸を引いた。ヤニだらけの歯が鈍く光る。


 声にならない叫び声を上げて、ラッセルと反対方向へ逃げ出す。

 逃げ出すより早く、ラッセルの腕に掴まれて、気がついたら引きずり出されていた。


 つままれて、そのまま宙釣りになる。


「たぬきだ‼」


 勝ち誇ったようなラッセルの声がした。


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おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
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