137話 オズワルドの新しい仕事
約ひと月の間、キュマ先生の研究室に行く必要がなくなった。
ぽこは他の比較的安全なクエストをしたり、籠を編んだり、人付き合いをして過ごしている。
俺はというと、目下、書類のを書くのに頭を抱えている最中だ。
王都のクエスト屋のカウンターテーブルの内側にある机を使い、文字通り頭を抱えて、髪をくしゃくしゃにかき乱す。
「考えすぎなんじゃなーい?」
案内係が三つ編みを揺らしながら、脇を通る間にアドバイスをくれる。
「俺は冒険者だ。書類を作るのは苦手でね」
前回は、新人引率のコツを書くことだったが、あれは十年やってきた経験を書けばよかった。
今回の書類は、規模が違う。
新人育成には、引率が有効だと周知されると、今度は予備校を作ろうという動きが出てきた。魔力を使う治癒士や魔術士には、予備校が既にある。
新人育成に必要なことは、俺に聞けばいいという間違った見識ができてしまい、俺なぞに書類作成が回ってきたわけだ。
頭を使うのは得意ではなく、動物的な勘を働かせて肉体労働する方が余程向いている。
「まずはさ、思ったように書いて、それから直せばー?」
走っていってしまった案内係を見送り、気を取り直して、書類に向き合えば何本目かのペンをへし折ってしまった。
「だぁぁ!」
苦しむ俺を、カウンターの外から見た冒険者たちが笑う。
「オズワルドさん、四階からお呼びがかかっていますよ」
ブライスさんの声に、喜んで立ち上がる。書類作りから一時的にでも逃げられるのなら、ピーター・ウェインの秘書に呼びつけられようと、喜んで馳せ参じる。
*
絨毯に足を沈ませながら、ピーター・ウェインの秘書の前で直立する。
「お呼びでしょうか」
ピーター・ウェインの秘書は書類から顔を上げて、俺をしげしげと見た。
「予備校設立の書類の提出が遅れているようですが、進捗は?」
提出期限は、先週だった。一階の机にある書類には、ペンをへし折ったときにできた染みしかない。
「苦戦中です」
「ブライスさんに助けて貰えるように頼みましたから、必ず今週中に提出してくださいね」
これでペンだこを作るのもおさらばだと思うと、喜びのあまり、ブライスさんに抱き着いて、抱き上げ、振り回したくなる。
回れ右をして帰ろうとしたら、ピーター・ウェインの秘書が咳払いした。
「まだ話は終わっていません。ここからが本題です」
叱られた犬のように、肩を落として元の姿勢に戻る。
「オズワルドさん、あなたに予備校の校長先生の打診が来ています」
「は?」
「ですから、予備校の校長先生の辞令が出れば、受けるつもりがありますかと聞いているのです」
校長っていうと、学校の責任者のことだろう。俺は他に校長という言葉を知らない。予備校のってついたから、おそらくそうだろう。
「なんで俺が?」
間抜けな返事に、ピーター・ウェインの秘書が頷いた。
「正直、私も驚いています。今、新人引率者を育てる仕事をなさっていますが、今度は先生を育てて欲しいとの上からの意向ですね」
聞くだけで胃がしくしく痛み始めた。そんな書類ばかりの仕事は絶対に嫌だ。
「それだけでなく、聖翼獅子団や軍とのやり取りの仕事もあります。この仕事はオズワルドさんが新しく作ったのでしたね」
確かに、今までになかった仕事を俺が作った。
だが、それは聖翼獅子団第三団長のピーター・ウェインがやればいい話だ。
「いやぁ、俺なんか話も聞いてもらえませんから。そういう話は貴族の方にお願いするしかありませんよ」
苦笑いしながら、顎鬚を幾度も撫でる。
うぅむ。無性にたぬきのぽこを撫でたい。柔らかい毛並みに指を通せば、大抵の疲れが癒される。
「それですよ。オズワルドさん」
キツイ口調に、背筋が伸びる。
「他の関係部署とやりあえるように、あなたに騎士爵の称号授与も検討されています」
「騎士ぃ⁉」
なんとも間の抜けた返事だ。爵位が貰える人物とは思えない。
「騎士爵は、貴族としては末端ですし、一代限りで世襲はできません」
いくら俺でもそんなことは分かっているが、そのまま言うことはできない。
「それで、いかがでしょう?」
「まっぴらごめんです」
唇の端から漏れ出た返事に、奥の部屋から笑い声が聞こえた。





