136話 ぽこと守りの龍③
「人身御供が行われていたと聞いています」
白竜が頷いた。
「若い娘はうまいからな」
ぽこが俺の背に半身を隠した。
「たぬきは食わぬ。まぁよい。余はその内の一人の娘に一目ぼれしたのよ」
美しく白百合を好む女だったと小さく呟いて、また白百合を見る。
「愛し合うようになったが、余も種族の違いに苦しんだのだ。人として生きればあったかもしれぬ幸せを、余はあれから奪った。そして、あれは余との子孫を残せぬことを謝った。子孫がいれば、己が死んだ後も余が寂しくないだろうと嘆いたのだ」
龍は想像できぬほど長生きするという。目の前の白竜も古代文字を書くし、安全協定はロンメル国ができる前からある。
どれほどの長い間、愛する人を失って忘れられずにいるのだろう。
白竜は幾度も白百合を愛で、痛みに眉をしかめている。
暴れ龍からの、突然の安全協定の申し入れ。そして、愛した女が好きだった白百合を納品させる。
何もかもが酷く感傷的で嫌になる。
それは、己の過去と似ている。
三人が揃って黙り、各々が幸せとその先にあるものへ思いをはせる。
「つまり、あなたのような立派な龍でも、古の薬は手に入らなかったということですか?」
白竜が頷いた。
「見てください」
ぽこが、治癒玉を巾着ポシェットから取り出して、白竜に一つ渡した。
白竜は掌の治癒玉を見て、匂いを嗅ぎ、そしてぽこに戻した。
「見事な薬だ。傷を癒すための成分が濃縮されている」
「それは、ぽこのお友達が作りました。人間は魔術を研究し続けて、そんなものまで作るようになりました」
「認めよう。人間には知恵がある」
「ぽこの知り合いは、種族変更の薬を研究しています。最後の一つの材料が、あなたの髭です。髭を分けてください」
白竜が、宙にたゆたう白いリボンの一つを撫でた。人間姿に化けたら、髭はリボンの形になるらしい。
「余の髭が目的だったのだな」
重苦しい沈黙が降りて来て、上から照り付けていた太陽が傾き、紅の陽と黒い影が窪地に落ち込む。
滝に巻き上げられた空気が、白百合の濃い香りを広めた。
「一縷の望みにすがる者よ。余と白百合の痛み、ゆめゆめ忘るることなかれ」
白竜が長い指で、白いリボンの根元を手折った。
白いリボンは、長くしなる半透明の髭に変わった。
「タダではやれぬ。何かと交換だ」
またぽこと顔を合わせた。伝説の白竜の髭に見合うような上等な物は持ち合わせていない。
大山根山で、幼獣に物々交換を教えたツケが回って来た気がする。
「あ!」
ぽこが、巾着ポシェットに手を突っ込んで、中から純白の反物を取り出した。
三連の月光に照らされて、自ら光を放っているかのように輝いている。
「これは、ぽこのママが、ぽこの花嫁衣裳に使うようにと用意していたものです。これならいかがですか?」
知らされていなかった情報に驚いた。
上等なただの絹織物ではなく、花嫁衣裳のための布だったとは。
今は亡き母親からのものだと聞けば、手放すにはあまりにも惜しい。
ぽこの肩に手を置いて止めようとしたが、ぽこは首を振って否定した。
「いいんです。ママはぽこが幸せになるために選んでくれたはずですから」
白竜はぽこへ半透明の髭を渡し、ぽこは大切な絹織物を全て交換してしまった。
「旦那様、王都へ帰りましょう! 古の薬の薬を作るんです!」
ぽこの元気な声に、頷くしかできなかった。
迷宮なら得意だと連れて来ただけで、俺は何か役に立っただろうか。
ぽこを守るつもりで、幸せにするつもりで、本当に幸せにできているだろうか。
深層を後にする中、背後を振り返ったら、白竜と目が合った。
異種族間の愛の末路を知る白竜は、変わらず深い悲しみを浮かべ、白百合を嗅いでいた。
❄
王都に帰ったその足で、キュマ先生に龍の髭を納品した。
「やりおった! 後は薬を煎じるだけだ! 忙しくなるぞ!」
キュマ先生は、龍の髭を研究室中の人に見せて周り、匂いを嗅ぎ、重さをはかり、スケッチをして、少量刻んでは何かと混ぜ始めた。
小刻みに動きながら、研究室の人にあれこれと指示を出す。それぞれが動き出し、研究室はこれまでになく活気づいた。
「どのくらいでできあがりますか?」
「新しい月が生まれて死ぬまでだ!」
せわしなく走り回るキュマ先生をやっと捕まえて、取りに来る日を約束した。
俺たちが部屋から出ると、研究室に「立ち入り禁止」の張り紙が出された。





