134話 ぽこと守りの龍①
行く手を阻む分厚い一枚岩に巨大な円形の穴が開いている。ここを通れば深層とはっきりわかる境界線だ。
穴の出口は、遠方に小指程度に見える。入り口の大きさが続いているとすれば、かなりの距離がある。
「入り口の穴によく似てますね」
「測ったような形だ。自然にできたとは考えにくいな」
この一本道しか深層へ上がる方法がないとすれば、罠ではないかと訝しんでしまう。
何しろ行く手には龍がいる。後方にはワイバーンだ。一本道を通る間に炎のブレスでも吹かれたら逃げ道はない。
頭上を見るが、雲がかかって頂上は見えないし、手をひっかけるところもないから登ることはできなさそうだ。
「もしかして、この穴は、龍が通った跡じゃないですか?」
ぽこの言葉に、穴を二度見する。もしそれが真実であれば……
「でかいな」
迷宮の入り口を見たときに、巨人の巣穴と思った。今もそれは変わらない。
胴回りがこの大きさだとすれば、龍そのものはどれほど大きいか想像したら、絶句してしまう。
なんだって俺の入る迷宮には、デカブツばかりいやがるのか。
心で悪態をつき、決意する。
「どうやら、ここを通るしかなさそうだな」
「貢物の儀式をしましょう」
四年に一度の貢物を運ぶ者だけに教えられる儀式を行えば、深層に入っても襲われないと聞いている。
運んできた貢物の箱を開け、大量の百合を一輪ずつ取り出した。それを胸に刺すだけで儀式は終わりだ。
「よし、行こう」
ゆっくり穴の中を登っていく。麓では陽射しに肌を焦がす真夏だったのに、ここでは息が白い。
足元には、小川があった。流れは速い。
ごぉごぉと何かの音が出口から聞こえてきて、穴の中で反射してうるさいくらいだ。
緊迫した中、一言も発さずに、前方の光を目指して一歩ずつ踏みしめる。
❄
穴から出たら、明るさに目が痛かった。
森林限界を超えたはずなのに、そこには深い森があった。
どぉどぉと轟音を立てながら流れる川があり、その滴を受けた苔が光っている。
隣にいるぽこが手に持っていた葉っぱの束を落とした。
ぽこが見上げる視線の先を辿れば、滝があった。
頭上から飛沫を飛ばしながら落ちてくる様は、白竜が山を登っているように見える。
圧巻の眺めに言葉も出ない。
山の中に、ぼっかり空いた窪地に滝が落ちているのだろう。滝の音以外何もない。
ここだけ切り取られたように完結された世界。
迷宮の深層とは思えない。
いや、違う。深層だからこそありえる光景だ。
ここは龍のテリトリーだからこそ、他の魔物がいないのだろう。
気を引き締めて、辺りを観察する。
落ちた滝の行く先のごく一部が、俺たちの通って来た一本穴へと流れ込んでいた。
「ここに龍がいるのだろうか」
穴を作った龍が住むには狭い。
突然、滝が落ちる轟音が止まった。水滴が落ちる音が響くほど静かだ。
太陽を遮る大きな影に、ぽこを胸に抱え込んで庇う。
隠れる場所はどこにもない。
暗さに目が慣れると、青空にたゆたうロープのような物が見え、次に白い鱗が見えた。そして、青く透き通った瞳と目が合った。
瞳の大きさだけで、俺と同じくらいあるだろう。
「龍……」
龍は何も発さず、大きく息を吸い込んでいる。
龍の鼻息で、草木が揺れ、胸元に刺した白百合の花びらが吸い込まれた。
この距離でブレスを吐かれれば、瞬殺されるだろう。
「貢物を持って来た!」
張り上げた声は、窪地に反響する。
白い龍は、二度瞬きをしてから、姿を消した。
同時に、轟音を立てて滝が復活する。
滝つぼに水流が届き、滝裏から痩身の男が出てきた。
白髪は長く、衣服にはいくつものリボンがあり、動きに合わせてうねる様は龍の髭と同じだ。
近くに来たら、白い龍と同じ青く透き通った瞳が見えた。
「余が守りの迷宮の白竜である。貢物を見せて貰おう」





