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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第12章 古の薬と迷宮
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133話 ぽこと守りの迷宮④

 空を飛んで行くワイバーンから身を隠すように、枝が茂った木の下を選んで迷宮を登る。

 焦りはあるが、走り上がることはできない。

 高山病は、急激に高いところへ登ることで起こる病気だからだ。


「ちょっとペースが速すぎる。それにここから先は隠れる木もなさそうだ」


 ぽこと辺りを見回し、せり出した斜面を見つけた。


「ちょうどいい横穴がありますよ」


 先に着いたぽこが、穴の臭いを嗅ぐ。たぬきのぽこの鼻はよく利くから、こんなときに正確に中を言い当てることができる。


「平気そうです」


 中に入り、休憩することにした。

 出口のすぐ傍に座り、魔法道具の指輪で火を起こす。

 固いパンにチーズとハムを挟んだものをぽこが渡してくれる。

 俺は沸かしたての湯に、携帯用スープの素を溶かしたものをぽこに渡した。


 齧りついて、温かいもんを飲むと、それだけで神経が休まる。

 どこからか白い小鳥が入り込んできて、落としたパン屑をついばむ。


「旦那様は、ワイバーンと戦ったことはありますか?」


「ある。できればもうしたくはない」


 あいつらが飛ぶ風圧は厄介だし、おまけに炎のブレスを吐く。

 飛んでいるから剣での攻撃はできない。遠距離攻撃しか通じない上に、固い鱗に阻まれるから威力まで必要になる。


「小型の龍のようなもんだ。もっとも、さすがに龍には出くわしたことはないが」


 これから安全協定のある三層を越えて、深層に入れば、その龍に会うことになる。


「なんだか想像できませんね。旦那様がワイバーンと戦ったり、迷宮に入ったりするのって」


 ぽこが、照れたようにニシシと笑った。


「赤ちゃんが産まれたら、名前は何にしようかなって考えたりしちゃいますね」


 唐突な言葉にスープを危うく噴き出しそうになる。


「オズワルドっていう名前には何かいわれがありますか?」


「爺さんの名だな。人間は家族で同じ名前をつけたがる」


 物心ついたころには、近所でも爺さんと呼ばれていたから、俺にジュニアはつかない。

 そういえば、ぽこという名は珍しい。最初はたぬき独自の文化かと思っていたが、ジョアンもレナも人間風の名前だ。


「ぽこの名前はどうなんだ?」


「小さいって意味ですよ。ア・ポコのぽこです」


 危ないところだった。ぽんぽこたぬきの二音を取ったのかとさえ思っていた。口に出さなくてよかった。やはり無口でいることは美徳だ。


 ぽこが奥を覗き込み、見に行った。


「赤ん坊の名前か……」


 食べ終え、目を瞑って宙を仰ぐ。


 惚れた女が、俺との子が欲しいと言う。

 これほど高ぶることはないだろう。ましてや迷宮は己の最も得意とするところ。そして、最大の汚点でもある。


「ひっ」


 ぽこが息を飲む音で、奥へ飛び込んだ。

 ぽこの目の前には、白骨化した遺体があった。壁際で縦糸しか残っていない布に包まり、胸の真ん中で剣を抱いている。

 剣には、ロンメル国以前の国の紋章があった。


「古いな。安全協定前の遺体だろう」


「旦那様、これ」


 ぽこが遺体が寄りかかっている壁の土埃を手で払った。四本の縦の印を、一本の横の印で打ち消しているものが、無数に並んでいる。最後の一つは、彫りきれずに曖昧になっている。


 これは、日数を数えた痕跡か。


「ここに逃げ込み、助けを待ったのだろう」


「でも、来なかったんですね」


「龍の出る迷宮に入れる冒険者はほとんどいないからな」


 稀に入った冒険者の成れの果てが、目の前のこれだ。

 周りをよく見れば、他にも白骨化した遺体が三体あった。パーティーがここで一つ壊滅したらしい。

 ぽこが遺体に両手をあわし、俺も胸に手を置いて哀悼の意を示した。


 食事を取って緩んでいた気合いが入り直した。


 迷宮に入るということは、この覚悟を持つということだ。この先は真の迷宮と言える。何があってもぽこを失うことだけは阻止する。


 ぽこを見れば、同じように真剣な表情になっている。


「古の薬は、俺との間だから欲しいのだろう?」


 本当は、古の薬ではなく赤ん坊はと言いたかったのを堪えた。

 人間相手でなければ、古の薬に頼らずとも子はなせるのだ。


 いきなりの質問にぽこが戸惑ったように、一瞬間を開けて返事してくれる。


「もちろんです。何を言い出すんですか?」


「なら、万一のことがあれば、たぬきになって逃げると約束して欲しい」


ここでぽこが、抵抗するようであれば、気絶させて、一人で深層に入るつもりだ。


「旦那様を傷つけることはしません」


真っすぐに見つめてくれるまなざしが、ほころんで、いつものように笑ってくれる。

柔らかな感触なのに、その実は強くてしたたかなたぬきである。

そんなところに、益々惚れたと言えば、何と言われるだろうか。


「さぁ、深層へ行こうか」


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