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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第12章 古の薬と迷宮
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129話 ぽこと最後の材料

 キュマ先生の研究室に、種族変更の薬の材料を届けるようになって一年。

 あれっきり一度も種族変更の薬についてキュマ先生から言われることはなく、しびれを切らしていたところだった。


「種族変更の薬だが、ようやく材料が揃いそうだ」


 記念会で酒を飲んだキュマ先生は、充血した目でそう言った。鼻息が荒い。


「わぁ! やっとですね!」


 ぽこが俺の腕を握り、俺もぽこの手をその上から握った。顔を見合わせる。

 はじけるような笑顔に、今までの苦労が消し飛ぶ。


「残りはあと一つ! 龍の髭だ!」


「龍の髭⁉」


 驚いて繰り返してしまう。

 龍といえば、川のように大きく、賢く、そして残忍で知られている。

 トカゲのような見た目だが、炎や氷の息を吐き、鱗は固い。希少な魔物だが、出くわした瞬間に消し炭か氷柱になると言われている。


「そりゃ駄目だ」


 記念会の最中で、周りには多くの人がいるってのに、大きな地声が出た。

 周囲の人がやや遠巻きになる。騒ぎの中心に本日の主役であるキュマ先生がいるのを見止めて好奇心をむき出しにする。


 諦めかけていた夢を、思い出させられ、喜んだら突き落とされる。

 落差の幅に、苛立った。


「先生よ。どうして今まで言わなかった?」


 さんざんこき使われた挙句、ぽこは龍相手でも取りに行くと言いだすかもしれない。

 それだけは避けたい。

 嫌な思い出が、また蘇る。


「守りの迷宮の龍だ」


 キュマ先生から迷宮の名が告げられるが、それは俺の質問への返事ではない。

 迷宮には危険な迷宮と比較的安全な迷宮がある。

 だが、龍のいる迷宮なのなら危険のはずだ。


「守りの迷宮だ。クエスト屋で聞くといい」


 キュマ先生はもう一度、名を告げると、次に用のある人を見つけて大声で呼んだ。


「旦那様。ぽこは大丈夫ですから」


 ぽこが下から見上げてくる。やはり龍がいようと迷宮に入るつもりなのだろう。俺は話し合いすらするつもりはない。


 プロポーズしようと思った矢先に気が滅入り、その日はまるで喧嘩したように何を話しかけられても、碌に返事をしないまま眠りについた。



   *



「あぁ、守りの迷宮のクエストですね。キュマ先生からまたご指名で出ていますよ」


 翌朝早くにぽこと中央に来た。いつもなら起き出す時間に来たのは、毎朝早くから仕事しているブライスさんに、守りの迷宮について聞きたかったからだ。


「昨日の今日で、もう?」


 驚くと、ブライスさんが受付時間を確かめてくれた。依頼書は一枚のはずなのに、なぜか複数枚持っている。


「こりゃ驚いた。キュマ先生ご自身がいらっしゃったようだ」


 差し出された依頼書をぽこと二人で確かめる。確かに、キュマ先生のサインと最後の鐘の数が書かれてあった。

 どうやらキュマ先生は、俺の反応を見た後、断られる前にクエストにしたらしい。


 指名のクエストは、断ることもできるが、不名誉で、指名料は断った冒険者が払わなければならない。

 迷宮クラスの指名料ともなれば、払うのも苦労するはずだ。


 大きくため息をついて、額にかかった前髪を掻き上げる。


「どうしました? 守りの迷宮なら安全ですよ」


 冗談かと思い、次にブライスさんの真面目な性格を思い出して、余計に混乱する。信じられない。


「英雄は龍を倒さなかったとでも言うのか?」


 かつて冒険者によって攻略され、宝がとりつくされている状態を安全な迷宮と言う。そこには、自然発生する魔物を一定数まで駆除する仕事が残る。

 龍が生きているなら、眷属もいるはずだし、安全と言われる理由がわからない。


 ブライスさんはなぜか冒険者を相手しているときのような笑顔で話している。


「守りの迷宮の龍は人語が話せます」


 ぽこと視線があう。

 ぽこは人語が話せるたぬきだ。


「人と龍の間で安全協定が結ばれているので、守りの迷宮は三層までは侵入可、魔物の討伐可です」


 ブライスさんは、達成済のクエスト証を何枚か出してきて見せてくれた。


「信じ難い……だが、事実のようだ」


 顎鬚を撫でる手が何度も往復してしまう。

 クエスト証には、守りの迷宮で歩きキノコ、ハーピーやオオトカゲの駆除を行ったとある。

手ごわいワイバーンの報告もあるが、ごく少数のようだ。

 

「何とかなりそうですか?」


「さてね――。肝心の龍は、三層以降にいるのだろう? 侵入は協定違反になるのでは?」


 迷宮に行かないで済む方法を探す俺に、ブライスさんは、キュマ先生から出された依頼書の下に持っていた紙を渡してきた。

 見慣れた形式だから、すぐわかる。これは、クエスト証だ。


「そこで、このクエストがあるわけです」


『守りの迷宮、龍への貢物納品』とあり、依頼主は、王都クエスト屋だ。

 頭痛がしてきた。

 なぜブライスさんが、冒険者を相手にしているような笑顔だったのか気づいてしまう。


「王都クエスト屋として、オズワルドさんに依頼します」


 ブライスさんが、俺とぽこが見ていた守りの迷宮のクエスト証に指名料追加の札をパーン!と音を立てて張った。


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