127話 ぽこと記念会準備②
今日の会場の下見は、最有力候補だ。
まるで貴族の館のように優美な外観で、庭までついている。
白い手袋をした店員がいらっしゃいませと店名を言わなければ、来る場所を間違えたと思っただろう。
「こちらでございます」
中に入れば、玄関ホールの隣の大きな広間が見えた。ゆったりと机が配備されていて、多くの客が食事を楽しんでいた。インマーグでいえば、街長の館のような豪華な空間だ。
二階へ続く階段を見て、ぽこと視線を交し合う。
今日、下見をしているのは店には内緒だ。
食前酒を頼み、杯に口をつけるとぽこが早速話し始めた。
「ここを立食形式にするつもりです」
「なるほど。今の机の配置なら三百人と少しだが、立つのなら四百人入れるというわけか」
「そうです。ですから、今日の料理も手でつまめるメニューを中心にしました」
メニュー表を見せられても、俺は全くわからなかったが、ぽこはすぐに決め、店員さんにお勧めを聞いていたくらい余裕があった。
「この酒、うまいな」
辛口で口にふくんだ途端に華やかな香りが広がった。喉を焼きながら腹へと落ちていく。
「ヘレス酒と言っていましたね」
琥珀色の液体が杯の淵をゆっくり伝い落ちる様が目を楽しませる。
「王都では初めてづくしだが、これはいいな」
「今度、酒屋さんで探してみましょうよ」
「あぁ。楽しみだ」
たった二口で飲み終わってしまった。
残念に思いながらも、料理にも期待してしまう。
最初の料理は、スプーンに一口分だけ乗ったものが出てきた。たった一口分しか出ないことに驚いたが、まぁ、こういう店は大皿料理をがっつくところではないのだろう。
次に出てきたのはスープで、これには困った。
机には様々な形のスプーンが用意されている。自由に使っていいわけじゃなさそうだ。
「一番外側から順に使うように並べられています」
ぽこが手に取るのを真似する。
ぽこはたぬきのはずなのに、という疑問はこういうとき毎回湧くが、規格外なのだ。
例えぽこが人間だったとしても、記念会の準備をこなして、貴族のようなマナーを身に着けていることには驚いただろう。
ただの人間の俺は、どうにも落ち着かず、食った気がしない。
だが、三皿目の魚のムニエルは一口目から、唸ってしまった。
「うまいな」
「エシャロットが効いてますね」
「今度うちでもやってみよう」
ぽこと顔を見合わせて微笑みあう。
うまいもんを一緒に食べる。初めてのことを一緒に経験する。これがやけに心を満たす。
王都に来て、それまでは年上としてぽこを常にリードすることを意識していたと気づいた。
見知らぬ街で、道にさえ迷う己を情けなく感じたが、ぽこは道に迷うことすら楽しんでくれた。
どこか心の隅で、家出娘で末っ子のぽこは、父親のような年齢の男に頼りがいを感じ、それを好意と置き換えているのだと思っていた。
実際には、対等な立場になっても変わらずに好いてくれている。
大きな窓から庭が見える。三連の月に照らされて庭木が一段と暗い影を落とすが、そこにカンテラが置かれて、オレンジ色の明かりが心をよりくつろげる。
「庭も素敵ですね。ガーデンパーティーも考えたのですが、雨が降ることを考えると、なかなか思い切れなくて」
そういえば、仕事で来たのだったと思い出した。
「なるほど。玄関ホールから見えた二階も雰囲気があってよかった。あっちを使う予定は?」
「記念会は、キュマ先生にお祝いを述べつつ、顔を広め、お世話になっている人をもてなし、さらには宣伝する目論見がありますから、一同に会する必要があります」
二階には複数の扉があったから、一階のこのホールほど広くはないらしい。
「控室として予約するつもりです」
「さすが、抜け目がないな」
褒めるとぽこは花が咲くような笑顔になった。
記念会当日は、きっとコキ使われて忙しいのだろうが、下見の今ぐらいは、食事を楽しむことにした。





