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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第12章 古の薬と迷宮
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126話 ぽこと記念会準備①

「お二人には、その記念会の準備をお願いします」


「無理だな」


 即答する俺に、編集者が表情をなくし、慌てて元の快活さを取り戻した。


「俺たちは冒険者だ。素材は集められても、記念会の準備はできない。その道の専門家に頼るべきだ」


「またまたまた~。ご謙遜を」


「謙遜なぞではない。俺はそんな大層なものに参加したことはないから、想像すらつかない」


 編集者が、覗き込んでいた手帳から顔を上げて、俺を見た。


「あのキュマ先生から仕事を任されて、降りられるので?」


 有名な研究者で百冊もの著書があろうと、俺にとっては、珍しい薬を作ってやると釣ってくる発注者にすぎない。

 実際、種族変更の薬を作っているところは見たことがない。


「他の人に仕事を譲るというのなら止めません。キュマ先生を手伝いたい人を募れば、逆にお金を払ってでもしたい人は殺到しますよ」


 うまいこと煽ってくるが、生憎専門外だ。

 やはり断ろう。全くの門外漢から新しい分野へ挑む若さはない。


 口を開きかけたとき、つんつんと服の裾を引っ張られた。


「旦那様、ぽこに任せてください。記念会の準備をすれば、キュマ先生とお会いする機会も増えますから」


 ぽこが自信に満ちた表情で、俺に頷いてみせる。

 ぽこがこういう顔をするときは、固い意思があるときだ。

 最近見かけることも減っていたキュマ先生と接触できるなら、価値のある仕事ではある。


「予定の日と人数は? どのくらいの格式で考えてますか?」


 ぽこの質問に編集者が期待感に顔を輝かした。


「さすがキュマ先生からのご紹介ですね!」


 編集者は、手帳を覗き込み、四つの候補日を言った。


「記念すべき百冊目の出版日に開催しましょう。図書館で見た本のいくつかには、著者のサインがありましたよ」


「サイン会ですね! 勿論やりましょう!」


 二人でどんどん話が盛り上がり、編集者は最後にクエスト屋に記念会準備のクエストを出して行った。



  ❄



「旦那様用意はいいですか?」


 ぽこが用意してくれた王都風の服を着て、堅苦しさと面倒くささを感じた。これくらいなら許されるだろうと、喉元のタイを指で緩めた瞬間に声がかかった。

 ぎくっとして、ぽこを振り返る。


 一瞬、誰かと思った。


 見惚れて、こっそりいじっていたタイから指を外すのを忘れた。

 ぽこは、濃紺ですね丈のワンピースを身に纏い、肩までの髪は結われている。

 仕草もいつもとは違って、計算されたかのように美しい。


「タイが曲がってしまいましたよ」


 ぽこが腕を上げて、タイをいじろうとするので、前かがみになった。


 化粧をしたのか、白い肌がまばゆい。

 タイをキュッと絞められた後、ぽこが背伸びして頬に軽く口づけをしてくれた。


「旦那様は正装もかっこいいです」


 心臓が震えた。


「行きましょうか」


 右手を差し出され、ようやく我に返る。ぽこの手を取って、エスコートする。

 綺麗だよの一言が言えないでいる俺に、ぽこが微笑みかけてくる。


 夢のようで、誰にも見せたくない。


 扉を開けたらケリーが待っていたが、何かを察したのか今日は吠えなかった。


 今日はこれから、記念会の会場の下見だ。


 会場まで歩きながら、心がざわついて仕方がない。

 通りすがりが、ぽこを褒めるが、相手が男だと必要以上に鋭い視線で刺してしまう。

 誇らしくもあり、心配でもあり忙しい。


「招待状がそろそろ帰ってくるはずですから、出欠表を作りましょう」


 俺の気も知らずに、ぽこが記念会準備の話をし始めた。


 招待状は、上質で光沢のある紙を選び、そこにぽこが流麗な字で手紙を書いた。絵と見間違えそうなできばえのそれを、クエスト屋を通じて四百枚発送した。


 ぽこは紙選びからペン、インク、封蝋まで流れるような動作で用意した。

 たぬきなのに、どうもこういう作業に慣れているらしい。

 不思議に思ったが、ぽこが語らないのなら、それは家出した実家のことに違いない。

 せっかくインマーグを離れて王都にいるのに、思い出させる必要もないかと思って、手伝うだけにしてある。

 とはいっても、俺ができたのは、荷物運び程度だ。


 それに……。


 見えてきた本日の会場の門に掲げられた赤い旗を見上げながら、顎鬚を撫でた。


 それに、キュマ先生を捕まえて記念会の打ち合わせをする中、古の薬の話になるとすぐに話をそらされる。

 どうにも俺にはキュマ先生にまるで都合のよい助手のようにこき使われている気がしてならない。


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