122話 オズワルドと聖翼獅子団②
報告を上げた翌日、昼から聖翼獅子団に出向いた。
朝一番にピーター・ウェインの秘書から「任せる」と許可を貰って、のこのこ来たわけだ。
騎士団の館は、大聖堂の真裏にあり、建物の一部は共有されている。
王都の設立に貢献した騎士団は、教会にも大きな影響力を持っているってことだろう。
高い塀に囲まれ、中から訓練する声が響いて来る。
赤い獅子の紋章を見ながら門を通され、第二団の団長を応接室で待つ。
歩けばブーツが沈みこむ毛足の長い絨毯、磨かれた机などの高級な調度品の中、俺だけ浮いて見えることだろう。
大変居心地が悪い。
入ってきた第二団団長は、長身痩躯で鍛え上げられた無駄のない身体をしていた。
赤い騎士団服の胸元には、ずらりとバッチをつけている。身分を示すだけで、随分重そうだ。
「ピーター・ウェインからの紹介だ。特別に茶が入るまでの時間を与えよう」
秘書が、本当に茶器の用意をし始めたのを見て、慌てて口を開いた。
❄
「ふむ。時間だ。早く帰りたまえ」
どうにか実地訓練の日程を教えて貰いたいことと、クエストの費用請求について話しをし終えた。
団長は興味なさそうに、出されたばかりのお茶を啜った。俺の分の茶はない。
「ご検討して頂けるのでしょうか?」
それで初めて俺に視線を寄越した。
「この私がおまえの案を検討するわけがなかろう?」
相手は騎士団団長だ。確実に貴族である。貴族が冒険者の提案をきくわけがない。
それはそうだが、こちらとしてもちゃんとした手続きを踏んでいる仕事だ。
仕事なのだから、身分差があっても検討くらいしてもらいたい。
「クエスト屋は国の管轄です。国税を支える一部は冒険者の税金です。王都で冒険者が蔑ろにされれば、その二つを揺るがすことになってしまいます。ぜひご検討ください」
団長はこれ見よがしにため息をついた。
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう。仕事ができぬからと言って、上の者に文句を言うでない」
「ですが」
「国家安全が優先されるのは当たり前だ。頼んでもいない仕事をして金を寄越せなどと、浅ましい身分の考えることはこれだからな。嫌ならせねばいい」
手でしっしと追い払われ、背後の扉が開いた。
帰れといわれている。
これは……駄目だ。
ブライスさんが諦めていたのは知っていたが、想像以上に騎士団との差がある。
身分差と、職業の差、価値観も違う。
今の戦法のままではうまくはいかない。
俺とて、団長のあまりの言いようにカチンと来ている。だが、それは年の功というやつ。
言ってどうこうなるものでもないのだから、気にしなければいいだけのこと。
さりとて、歯噛みしながら、騎士団の門から出た。
振り返って、赤い獅子の紋章を見上げる。
ピーター・ウェインも、ここの団長なのだがなぁ。
先刻会った団長と、会ったこともないピーター・ウェインには大きな違いを感じる。
人柄の差か、はたまた、ピーター・ウェインが中央のお偉いさんを兼任しているからか。
何にせよ、俺は自分の力量でどうにかせねばなるまい。
今日もぽこは、一人で採集クエストをしている。騎士団と関わりを持ちたくなかったのになどと、文句を言っていられない。
思いついた案が、ろくでもない。
できれば、この案は使わないでおきたいものだが……。
ため息をついて、クエスト屋に戻った。
❄
「どうでしたか?」
ブライスさんが心配顔で聞いてくれるのを頷くだけで交わして、中央の四階まで一気に上がる。
ピーター・ウェインの秘書の前に立った。
「駄目だったようね?」
まるで予定調和だと言わんばかりの反応に、鼻を鳴らして返事した。
「せめて、あんたが、騎士団の予定を横流ししてくれりゃあな」
「するわけないでしょう」
ぴしゃりと言い放たれた。鼻を鳴らしたことを怒っているようにも見える。
同じ騎士団の予定なのだから、中央の誰よりも情報が入るだろうに、やはり断られてしまった。
こうなると、もう最後の案しかない。
「騎士団の実地演習は、その名の通り、戦場に見立てた限られた区域での何週間もかけて行われる模擬訓練です。国家安全の必須訓練なのだから、万一にも情報を漏らすわけにはいかないでしょう」
どうやら、騎士団で相手してくれなかった分、ピーター・ウェインの秘書が俺の相手をしてくれるらしい。
報告日でもないのに、俺が来たことに驚かなかったし、忙しそうなのに時間を割いてくれている。これも、ピーター・ウェインの命令ってやつか。
どうせなら、騎士団に命令を出して貰いたいもんだ。
ピーター・ウェインが動けば、容易いはずのことを、非力な俺がどうにかする理由ってのがあるらしい。
まったく、これだからな。
「情報を出す相手は、同じ国民ですぜ。問題ないでしょう?」
眼鏡の向こうの目が呆れたようにぐるっと回された。
呆れられている。
呆れられても、どうにかするのが俺の仕事だ。
「あんたはここで働いて何年になるんだ?」
「七年ですが、それが何か?」
乗ってくるだろうか。
乗ってきてもらわねば困る。
唇をひっそりと舐めて続きを話す。
「七年も働けば、わかるだろう? ピーター・ウェインのために、中央の仕事を衰退させるわけにはいかんぜ。団長なのに、ピーター・ウェインはどうして騎士団でなく、中央にいる時間が長い? 考えたことあるか?」
通常なら誉れ高い騎士団にいるはずだ。違う行動をするなら、何かそこに理由があるはずだ。
ピーター・ウェインの忠実な秘書は、頬を僅かにひきつらせた。
用心深く、表情を読み、次の言葉を待つ。
「衰退しないように、あなたが働きなさい」
「あぁ、働くさ。だから、今から言う案をピーター・ウェインに通してくれ」
いつもなら週末にピーター・ウェインに上げる報告を、今しろというわけだ。
それだけの価値があると、秘書が思ってくれればいいのだが。





