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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第9章 王都での新生活
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95話 ぽこと九重蔓の館

 九重蔓(ここのえかずら)の館の玄関扉を開けると、扉にかけられている金属が高い音を立てて来客を主人へ告げた。


 犬が吠えながら俺たちを出迎え、ぽこは俺の背中に急いで隠れる。本当なら飛びつきたいのだろうが、生憎背中には大きな荷物を背負っていた。


 白と黒の毛の長い犬は、俺の膝を匂った後、ぽこを一嗅ぎしたら、さらに大きな声で吠えた。

 俺の腕で一抱えもあるような大きな犬だから、声にも迫力がある。

 妙な爆発音がして、ぽこがフードを被る気配がした。


「しっ! しっ! あっちに行って!」


 白と黒の犬はさらに興奮して、ぽこの匂いを嗅ごうと近寄る。ぽこが俺を挟んで逃げ、犬が近寄る。


「ばかばか! 嫌だって言ってるのに!」


 どうもぽこが嫌がるほど犬は興奮するらしい。

 見かねて、ぽこが俺の前まで逃げてきたとき、抱き上げた。

 ふわっと宙に浮くぽこに、犬が飛びつこうとしたその時――。


「ケリー」


 静かな女性の呼び声に、犬はすぐさま声の持ち主へと走り寄った。お座りをして、次の指示が出るのを待っている。

 ぽこを床に降ろした。


「インマーグから来ましたオズワルドとぽこです。中央のピーター・ウェインさんからの紹介です」


 長身で痩せた老婦人が、俺とぽこを見て、表情一つ変えずに頷いた。


「私が九重蔓(ここのえかずら)の館の主人イスタリです。犬は苦手ですか? この館ではケリーが放し飼いになっていますが、大丈夫でしょうか」


 街人の声は活気があって大きかったが、イスタリさんの声は落ち着いていて静かだ。

 冷静なイスタリさんの言葉に、犬のケリーが騒いだことを申し訳なさそうに上目遣いで俺を見た。


 俺はぽこへと視線を移す。

 ぽこは犬や狼が大の苦手だ。猟犬や狼には嫌な思い出しかないらしい。


「だっ、大丈夫です!」


 王都では住む場所は見つかりにくく、家賃も高い。九重蔓(ここのえかずら)の館は中央から斡旋された関係で補助金が出る。

 ぽこもその話を知っているから、我慢するつもりのようだ。


「本当に?」


「ケリーは招かれない限り個人の部屋には入りません」


 心配する俺をよそに、ぽこがイスタリさんの持つ鍵の束から、一本の鍵を受け取った。


「部屋にご案内します」


 ケリーが立ち上がって先に階段を上がっていった。

 俺たちの部屋がわかるらしく、二階の真ん中の扉の前で吠える。


「ケリー、伏せ」


 ケリーは扉の前で伏せて、前脚の上に顎を置く。上目遣いでぽこを見た。

 ぽこは俺に隠れるようにしている。


「鍵はこの一本と私の二本しかないので失くさないようお願いしますね」


 入ってすぐは台所だった。調理器具や皿はあるが、食料は全くない。


「またここからスタートだな」


「買い出しが楽しみですね!」


 ぽこが俺の家に押しかけてきたときも、食糧庫は空っぽ同然だった。

 また二人で新しく始められることが嬉しい。


 イスタリさんは、無表情のまま次の部屋へと案内してくれる。


「ここが居間です」


 露台の大きな窓から、蔓性植物の葉を通った陽射しが入り込んで居心地いい部屋だ。

 荷物を下ろし、窓を開けると外気が入ってきた。


「あぁ、いい風が通るな」


「生き返りますねぇ」


 ぽこの顔を見たら、部屋を気に入ったのは一目瞭然で、一安心した。

 犬がいても、これならどうにかいけそうだ。


 調度品はどれも古いが、大切にされてきており清潔だ。


「いい部屋ですね」


「ここからも九重蔓が見えるのが素敵です」


 部屋が気に入ったことを伝えたが、イスタリさんは表情を崩さない。


 イスタリさんが、三人掛け長椅子の隣にある扉を開けた。


「最後が寝室です」


 絨毯の上に大きな二人用のベッドが一つ、両脇に衣装箪笥が一つずつ置いてある。


「お二人住まいでベッドは一つとのご指定でしたね」


 冷静に確認されると気恥ずかしく、顎髭を撫でながら頷くことしかできない。

 王都までの宿屋でも、同じやり取りを繰り返したが、慣れるものではないようだ。


「お二人のご関係は――」


「連れ合いです」


 ぽこが俺を二度見するのが分かるが、赤くなった顔を見られるのが嫌で逆を向いた。


「新婚さんでしたか」


 冷やかされるならまだしも、冷静に言われると、照れているこっちがさらに恥ずかしい。

 まだ結婚していないが、否定して説明するのも難しい。

 イスタリさんの後について入口まで戻りながら、ぽこも赤くなった顔を両手で仰いでいる。

 ケリーがイスタリさんの許しを得て立ち上がった。


「ケリーは部屋の名がわかるようですね。賢い犬だ」


「彼女は私の片腕です」


 イスタリさんが出て行き、階下に戻るのにケリーがぴったりと寄り添うのを見送る。

 扉を閉めたらすぐに、ぽこが俺の腕を掴んで引っ張った。


「ケリーは私の正体を見破ってます」


「そのようだ」


 片眉を上げて、ぽこの意見を促す。

 ここで住むと決めたのはぽこのはずだが、何か問題があるのだろうか。


「賢さなら、私の方が上です」


 賢さ?


 言葉の意図が掴めない。

頬を膨らまして、上目遣いで見つめられる。説明はしてくれぬらしい。

女性のこういう説明はしないのに察して欲しいというのには本当に参る。

 返事の方向が違うと機嫌が悪くなるから要注意なのはぽこも同じだ。


「さてと、じゃあ買い出しに行くとしようや」


 話題を変えるために言った言葉にぽこは、丸い耳を出して顔を輝かせる。

 うまく行ったのだろうか。


 油断しないまま、先に階段を降りる。


「犬には料理はできませんから」


 後ろからついてくるぽこの話が、通じない。

 さっきの話の続きだろう。


「ぽこは負けません!」


 とりあえず、フードの上から頭を撫でると、納得したのか出ていた耳が消えた。


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