118話 ぽことスダチ訓練②
スダチ訓練初日は、楔山の山裾まで歩き、そこで一夜を明かした。
今のところ問題は何もない。
今回同行する俺の仕事は、引率と、引率候補者への指導、それに新人育成の最後の仕上げであるスダチ訓練の問題点の洗い出しだ。
仕事の多さにうんざりするが、全部一度に済むと思えば楽な気もする。
二日目は、いよいよ山登りだ。
朝一番から真夏の太陽が照り付ける中、パーティーごとに分かれて登っていく。
ある程度登ると、草木の様子ががらりと変わった。背の高い木が無くなれば、陽射しを遮ってくれる物がなくなる。こうなると、雲一つのあるなしで体力の減り具合が変わってくる。
前方を歩いていたパーティーが、列から外れた。
ぽこと二人で追いつくと、一人が吐いていた。顔色は真っ青でむくんでいる。
「俺、どうしちまったんですかね」
荒い息の合間に、体調が悪い本人が質問してきた。
「高山病だ」
荷物を降ろさせ、横に寝かして、手早くベルトを緩める。
「息が苦しそうだな。どうするかね?」
周りを囲む残りのパーティーメンバーに質問する。
「どうするって、どうすりゃあいい?」
「こいつを助けるなら、山を少し降りたところで様子見、一鐘分程度みても体調がよくならないのなら、下山せねば命に危険がある」
残りの二人は顔を見合わせた。
「そしたら、俺たちは失格になるんじゃないのか?」
「前に楔山に登ったときは大丈夫だったのに」
「高山病は山登りの経験者でも不可抗力だ」
「そんな! なんだってそんなとこでスダチ訓練をするんだ」
危険できついから選んだに決まっている。
二人はあぁだこうだと言い合いをし始めた。
高山病にかかった冒険者が、横になったまま俺のズボンの裾をひっぱった。
「二人には先に進んでもらって、俺だけ下山します」
「仲間はこう言っているが、どうするね?」
「悪いな。そうさせてもらうわ」
「彼は治癒士のようだが、構わないのか?」
「治癒薬もあるし、俺たちだって合格しなきゃならないからな。誰かさんが作った新しい規則のせいだ」
下山を決めた治癒士と、仲間を置いて行くことにした二名の顔を頭に刻む。
後ろから追いついて来たクエスト屋職員と連携を取って、治癒士を任せる。
暫く登る間に高山病にかかる者は他にも出た。パーティーごと下山を決める者もいれば、今回のように一人で下山させる者もいる。
ひとしきり高山病の対応が終わったら、広いところで休憩することにした。
背負った荷物から柑橘類を出し、少量の岩塩をまぶしてかぶりつく。
「おいしいですね」
ぽこと見合って笑う。甘さとしょっぱさが身体に沁みる。
雲を眼下に見るのは久しぶりで、非常に気分がいい。晴れやかな顔をしているので、ぽこも同じなのだろう。
「下山した方は失格ですか?」
ぽこが気の毒そうに俺を見上げた。
「あぁ、そうか」
他の者の耳に入らぬように、ぽこを膝の上に抱き寄せて耳元で囁く。
「下山を決めた治癒士は合格。仲間を置いて行く二人は不合格に一歩近づいたってのが現状だな」
ぽこが俺を不思議そうに見上げた。理由が知りたいらしい。
スダチ訓練をまともに受けたことがある者なら知っているはずだが、何しろぽこの冒険者証は元はといえば偽物だ。当然、ぽこはスダチ訓練を受けていない。
新人育成部門の立ち上げをしている俺のバディーが、偽冒険者であることの後ろめたさがある。
まぁ、ぽこの性格からすれば、合格するだろうし、実績があるので今更感もある。
「スダチ訓練はサバイバル能力をみてるのさ。強さじゃない。自分に適したクエストを選べるようになった者が合格する。仲間や命を軽んじる者は適さない」
「あぁ、それで……。さっきの場合は、無理して登ろうとすれば不合格だったんですね」
「そうだ。命を大事にしたから合格だ」
安心したのかぽこが何度も頷いた。
「冒険者の中には、魔術研究所に属する学者も含まれるからな。危険なことは荒くれ者に任せて、知識探求者は、腕力なぞ必要ないことをすればいい」
今回の五十四人の参加者にも学者がいる。学者を志す者は基本的に誰ともパーティーを組まない。
彼らは、スダチ訓練の前に魔術研究所の予備校で門外不出の極意について学んでいる。
おそらくこの後、腕力勝負になれば棄権する代わりに、己の専門分野に関わる何かで埋め合わせを提案してくるはずだ。
「さてと、動きますかね」
ぽこを膝から解放したとき、前方から歓声が上がった。
焦らずに、そこまで登って、ぽこと俺もハイタッチした。
眼下に広大な窪地があった。雲で蓋をされたようになっている。
今いる場所は大きな石がごろごろしていて足場が悪い。
雲の隙間から見える窪地には、森があった。
山の上にある楽園のようだ。





