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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第10章 石畳に根を降ろせ
24/60

116話 ぽこと観劇②

 歌劇こまどりの上演が終わり、感動して夢見心地のぽこの腕を持って、ようやく外に出た。

 昼間のうだるような暑さがましになり、街はようやく活気づいている。


 何か食べようかと思ったが、ぽこが胸が一杯だというので、夜の街を少し散歩することにした。王都は夜になっても開いている店が多く、明るい。


「素敵でした」


「そうだな」


 歌劇こまどりは、恋愛物だった。出会った若い男女が恋に落ちるが、女は違う男と婚約させられる。二人は駆け落ちするが追手がかかり、男は殺され、女が後を追う話だ。

 よくある話ではあるが、セリフが全て歌っていうのも新鮮だったし、衣装もセットも本物さながらで臨場感があった。


「主人公の女の人が綺麗だった」


「そうですね……。例えばどの辺りですか?」


 自分も何度も主人公の女性を素敵だと言っていたからか、ぽこがやけに詳しく知りたかる。


「そうだな。長い髪がまるで計算されたように動きの後を追うのは風情があった。容姿のバランス、それを生かした衣装なんだろう」


 女優というより、衣装係が優秀なのだ。


「そういえば、旦那様は背が高くて美人で髪が長い人が好みなんでしたっけ?」


 今の話のどこから、そんなことが出てくるのだろう。

 だが、返事をしないでおく。

 ぽこが言い当てた見た目は、昔の恋人だった人の特徴だからだ。

 おそらく、インマーグの街にいるときに、誰かから聞いてしまったのだろう。

 この話を続けて、何も得る物なぞない。


「あ、ほら、この店に入ってみよう」


 お目当てだった帽子屋を丁度見つけて、ぽこを押し込むように入った。


 ぽこが気分を変えて帽子に見入っている間に、店内を見回す。


「ほら、あのリボンだ」


「え?」


 戸惑うぽこの頭に、歌劇の主人公がつけていたのと同じリボンをあてがった。


「この色じゃないな。じゃあ……」


「こっちですね」


 ぽこが迷うことなく濃い桃色を選んだ。


「よく似合う。これを頂こう」


「えっ! ちょっと待ってください!」


 慌てたぽこが、店員さんが包むために持って行こうとしたリボンを奪ってしまった。


「どうしてですか?」


「女優さんが素敵だって言ってただろう? 俺もあの服の組み合わせはよかったって言った」


「え?」


「服にはこだわりがあるんだろう? でも小物なら、記念にどうだい?」


 クエスト屋受付が来れないとわかったとき、今夜は絶対にいい夜にすると決めた。

 そもそも最初からデートがしたいと言えたなら、ややこしいことにはならなかったはずだ。

 恥ずかしくても言わなければ伝わらないこともある。


「そんな旦那様……。ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 なぜか断られてしまった。

 持ち物にこだわりがあるぽこに、贈り物をするのは至難の業だ。


「あぁら、殿方からの贈り物を断るだなんて」


 店内に大きな声が響いた。

 店先には、さっき歌劇で主人公を務めていた女優がいた。劇中では清楚な娘さんらしい見た目だったが、今は派手で成熟した女性だ。


 煙管を片手に、俺たちに近寄って来て、ぽこが断った濃い桃色のリボンを見る。


「いいお品よね。お連れの方にお似合いだわ」


 そうだろうとも。上演中、ずっとぽこに似合うと思っていたのだ。


「なら、あたくしにはどれが似合うかしら?」


 身体にぴったりと張り付くような服で、胸元が大きく開いている。

 俺に谷間を寄せてみせる。


「服に興味がなさそうな無骨な男性に、アクセサリーを選んでもらうのがあたくしの楽しみなの。さぁ、お選びになって」


「店員に聞くといい」


 それだけ言って、ぽこの顔を覗き込む。


「遠慮しないでいい。本当にいらないか?」


 ぽこが黙ったまま頷いたので、そのまま店から出た。

 レナといい、さっきの女優といい、ぽこは女性らしさが強調された女性に弱い。


 劇が終わった後は、高揚していたぽこが沈んでしまい、情けない気持ちのまま帰途に就く。


「いつになってもいいから、ぽこが欲しいと思う身に着けられるものがあったら、俺に贈らせて欲しい」


 所謂、所有欲を満たすためのアクセサリーってやつだと、己でも分かっている。

 それでも、こんな可愛いぽこを、自分の印無しに野放しにはできない。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 ちっとも喜んでいない声で言われても、おもしろくはない。


「ぽこ、ちょっと誤解していたみたいで……」


 九重蔓(ここのえかずら)の館に着いてしまい、建物から突き出た露台の大きな窓を開けて、そのまま建具の上にぽこを持ち上げて座らせる。


 ぽこの顔が俺の顔に近くなって、恐縮した表情がよく見える。


「旦那様は本当は衣装を褒めていたのに、女優さんを褒めてるって誤解してました。それで、ぽこは、やきもちをやいちゃったんです」


 ごめんなさいと後に続けば、心配は吹き飛び、なんて愛らしいのかとさえ思ってしまう。


 もちもちの頬を両手で軽くつまみ、ふにふにと揉む。

 汗をかいて前髪が張り付いたぽこの額に、額を寄せた。


「俺の目に映る女性は、ぽこだけだよ」


 ぽこが目を瞑ったのを見て、さらに顔を近づけた。

 記念品なぞなくとも、今日という日を忘れないだろう。


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