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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第10章 石畳に根を降ろせ
23/60

115話 旦那様と観劇

 旦那様と手を繋いで、エミリアさんの住む寮に向かっている。

 ごつごつと骨ばった大きな手は、見た目に反して器用だ。指で指を擦られる奇妙なこそばゆさで妙に鼓動が早くなってしまう。


 観劇のチケットを見せてもらったときは、興奮してわからなかったけど、料理をしている隙に見た旦那様のくしゃくしゃの髪の毛を見て、失敗したとわかった。


 デートのつもりで誘ってくれたんだ。


 そんなの今さらわかっても、もう遅い。

 やっぱり二人で行きたくなったと言っても、旦那様のこの様子では、照れて了解してくれなさそうだ。


 ばかばか! どうして気づかなかったんだろう?

 折角、照れ屋の旦那様が花束まで用意してくれたっていうのに、雰囲気を壊してしまった。



 エミリアさんの部屋をノックする寸前で、繋がれていた手が離されてしまった。

 寂しく感じながら応答を待つがエミリアさんは出てこない。


「変ですね。部屋の中で物音はしますよ」


 もう一度ノックすると、今度は薄く扉が開いた。

 中から、見知らぬ若い男性が出てきて、驚き、旦那様の隣へ戻ってしまう。

何しろ男性は、上半身裸で、ズボンすら引っ掛けた状態。腰ひもを結ぼうとした手を止め、旦那様を見て、目を細める。


「誰だあんた?」


「お前こそ誰だ?」


 旦那様! 察してください!

 心の中で叫びながら、旦那様の服の裾を引っ張る。

 王都に来てすぐにエミリアさんには恋人ができた。

 入った洋裁店の職人さんに一目で恋に落ち、何度も通って、ついに恋人になったという話を、旦那様にはしてある。

 聞いていなかったのかな? 旦那様は興味のない話しをすると生返事をする傾向がある。


「寮は一人部屋のはずだ」


 睨み合う二人に居ても立っても居られずに、二人の間に割り込んだ。


「私たちは、エミリアさんと一緒に王都に来た者です」


 エミリアさんの恋人は、腑に落ちたようで、素っ気ない返事をして、すぐに部屋の中に消えた。

扉が開けっ放しで、室内の物音が筒抜けだ。


「エミー。インマーグの人が来てるぞ」


 奥の部屋から、驚いた声がして、急いで服を着る音がする。

 旦那様と顔を合わせ、扉を閉めて廊下に出た。


「信じられん。まだ王都に来たばかりだろう?」


 私と旦那様は、半年も一緒に住んでいるのに、未だに手を繋いだだけで緊張する。

 私だって信じられない。


 もう? まだデートの報告さえ聞いていない。


「さて、どうすべきか」


「どうするって? 何がですか?」


 胸を撫でおろして落ち着きを取り戻しながら質問する。


「所長によろしく頼まれた身としては、説教か、それとも父親代わりに一発殴っておくべきか……」


 信じられないことを言い出した。

 旦那様に片思いをして苦しんでいたエミリアさんが、ようやく新しい恋を見つけたのに、旦那様が恋人を殴ったりしたら、揉める光景しか想像できない。

 やっぱり旦那様が素敵だとなったら、どうすればいいの?


「そっとしておきましょう?」


「だが、試験のために王都に来ているのに、まずくないだろうか? ほら、勉強に身が入らないんじゃないか?」


 そりゃあ、あんな状況になっていて、勉強ができるわけがない。


「もう大人ですから、結果は自己責任です」


「お待たせしました!」


 エミリアさんが出てきた。急いで身支度を整えたみたいで、肩で息をしている。


「今から一緒に観劇に行かないかなってお誘いに来たんですけど……。お邪魔しちゃったみたいね?」


「うふふふ」


 長い髪をかき上げる仕草が艶めかしく、幸せそうだ。


「じゃあ、お邪魔するのも悪いし、もう行きます。また今度、お話きかせてください」


 手を振って、寮を後にした。


「信じられない」


 ファブリス中央劇場を目指しながら、旦那様がまたそうこぼした。


「不合格だったらどうするつもりだろう?」


「恋人と結婚して王都に住むのもありですね」


 何度目かの返事をして、ついため息をついてしまった。

 ようやくまたデートのチャンスになったのに、旦那様が考えるのはエミリアさんのことばかり。

 ついつい冷めた言い方をしてしまうのも無理はないと思う。


 唇を尖らせて歩き、ファブリス中央劇場まで来たとき、二人で並んで建物を見上げてしまった。


 なんて素敵!


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