114話 ぽこと観劇①
ぽこと二人口をぽかんと開けてファブリス中央劇場を見上げてしまう。
「美しいな」
「ため息が出ますね」
直線が組み合わさった建物には、様々な彫刻が飾られていて、触ったら柔らかいのではないかと錯覚ほど見事だ。
白い建物に白い彫刻。深紅の布に白抜き文字で本日の演目が掲げられている。
劇場前で茫然としているぽこと俺を、幾人もの人が追い抜いていく。
『歌劇こまどり』の上演開始まであと少しだと思い出した。
「ぽこ、行こうか」
「はい!」
久しぶりのお出かけに上機嫌なのはぽこだけではない。
夜空に浮かぶ白い劇場の、オレンジ色の灯りの下へ歩を進める。
腕にはぽこの手が添えられ、それだけで鼻歌が出そうなくらい嬉しい。
❄
ファブリス中央劇場の『歌劇こまどり』のチケットは、そもそもピーター・ウェインの秘書から渡されたものだ。
「一連の働きご苦労様です。どうですか。この辺で一度お休みしてみては?」
チケットが二枚分ある心遣いがにくい。
俺一人では、歌劇なんざ観に行くわけがない。
さりとて、ぽこと折角の王都生活だ。王都らしい楽しみを味わいたいところで、それが一体何なのか無骨者にはわからないでいた。
なるほど、これならぽこも喜ぶかもしれぬ。
その日は、仕事帰りに花屋に寄り、小さな花束を買うことさえした。
片手に花束、胸ポケットには観劇のチケット。
妙に緊張しながら、九重蔓の館に入り、二階に上がれずに犬のケリーを撫でで気持ちを落ち着けていた。
「旦那様、おかえりなさい」
二階の手すりから覗き込むようなぽこを見上げて、覚悟を決める。
興奮したケリーがぽこ目掛けて一目散に駆け上がるのを追いかける呈で、ようやく上がった。
ケリーから逃げるために先に部屋に入ったぽこが玄関扉を閉める。
ケリーが名残惜しそうに玄関扉を軽く引っ搔き、扉の隙間から匂いを嗅いでいる。
相変わらずぽことケリーは小康状態らしい。
苦笑いして、ケリーを避けて家に入った。
すぐのところでぽこが頬を膨らませて俺を見上げる。
「ただいま」
軽く抱きしめて、すぐに花束を見せる。思い切らねばデートに誘う勇気が出ない。
一緒に暮らしているからこそ、わざわざ誘うこっぱずかしさがある。
「わぁ! ありがとうございます!」
怒っていたはずのぽこが笑うと、手にした花束よりも明るく可愛らしい。
「すぐに生けますね」
入ってすぐの台所では、今日も夕食の準備がされている。
ぽこが、少し迷った後、小さなピッチャーに花を生けた。
引っ越したばかりで花瓶はない。失念していた。
夕食の魚介類のスープを椀につぐぽこの机の前に、二枚のチケットを置いた。
気の利いた誘い文句が言えない。
「これは?」
ぽこはチケットを読んで、俺を見て、またチケットを見た。
「わぁ! 凄いです!」
手にお玉を持ったまま、ぽこが抱きついて来る。
最近じゃ、興奮してもなかなか出ない尻尾が出たことに満足し、背を撫でるついでに尻尾のモフモフを味わう。
「そうだ! エミリアさんも誘いませんか? ちょうど一つ目の試験が終わったばかりですよ」
インマーグから一緒に王都に来た、クエスト屋受付は、昇級試験を受けている最中だ。
父親の跡を継いで、クエスト屋所長の資格を得るためには、冒険者になって経験を積んでから筆記試験に合格する方が簡単だ。クエスト屋受付は、生憎冒険者ではないから、地道に難しい試験に合格していくしかない。
そんなクエスト屋受付を心配して、ぽこは時々お茶に誘っているらしかった。
二人のデートのはずが、知り合いとはいえ第三者を呼ぼうという意見にがっかりする。
雰囲気のあるデートを楽しみたいのは俺だけなのか。そうか。
とはいえ、歳上として、駄々をこねるわけにはいかぬ。
「そうだな。誘ってみるといい」
「はい! 楽しみですね!」
ぽこが鼻歌を歌いながら釜戸に向かい、俺は食卓で顎から頭の上までを撫で上げる。頭の髪の毛をくしゃくしゃにして、一息ついた。
仕方ねぇなぁ。
ぽこが喜ぶのなら、別に三人になってもいいのだ。





