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たぬきの嫁入り3  作者: 藍色 紺
第10章 石畳に根を降ろせ
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113話 オズワルドと賭博酒場②

 初めて入る酒場で、窓際に陣取り一人でエールに口をつけた。

 日が暮れ始めたばかりだというのに、酒場には気の早い客で賑わい始めている。


 焼け焦げがついた机、酒が入って大声で話す人々、食器の鳴る音、遠慮なくけむり草の煙がたゆたう様は、庶民的で居心地がいい。

 大聖堂より門側は、普段いる王城側と比べると、ごちゃついていて、いい具合に力が抜けていて、安くて早くてうまい。


 久しぶりの雰囲気なのに酒が進まない。ぽこもいないのは、見届けるためにここに来たからだ。


 普段通りであろう喧騒が、野良犬がキャヒンっと鳴いたことをきっかけに静まった。

 誰もが息を潜めて、存在をかき消す。


 王城の方向から、規則正しい足音が聞こえてきた。


「赤い獅子の紋章! 聖翼獅子(せいよくじし)団だ!」


 誰かが小さく叫んだ。確かに赤い獅子の旗が掲げられている。揃いの鎧が夏の日差しを跳ね返し、赤いマントが歩みに合わせてゆれる。


 聖翼獅子団は、号令もなしに、俺のいる酒場の前の通りに、ピタリと止まった。

 向かい側の酒場へ揃って方向転換し、剣を抜く動きも一糸の乱れもない。


 後方の男が、剣を空へ掲げた。


「我々は聖翼獅子団第三団、一の翼隊である! これより、違法賭博の検挙を始める!」


 剣が振り下ろされ、猛然と騎士たちが酒場に踏み込んでいく。

 まるで吸い込まれるように動きがスムーズだ。

 中からの物騒な音を、向かいの窓際の席で聞いていたが、通りに集まった野次馬に紛れることにした。


「やはりな。近い内こうなるだろうと思ってたぜ」


 人の口に戸は立てられない。ラッセルの主な標的は新人冒険者だったとはいえ、宿の者や買い物先から、違法賭博の酒場があると噂が立っていたのだろう。


 中からこっそり抜け出たやつを、待ち構えていた騎士たちが捕縛していく。裏通りも、屋根の上にもいつのまにか騎士が立っていて、ねずみ一匹逃げ出せそうにない。


 音がしなくなり、野次馬たちが顔を見合わせた。


「終わったのか?」


怖いもの知らずが一人、酒場の扉にそろりそろりと近づいていく。中をうかがおうとしたその瞬間。


 入り口から、人が投げ出された。

 通りに落下した男は、元の人相が分からぬほど顔が腫れあがっている。

 呻きながら、身体を起こそうとして、左肩を庇った。左腕に力が入らずに垂れ下がったままにしている。肩が抜けたのだ。


 中から悠々と出てきた騎士が、男の喉元に剣を突き付けた。

 情けない声が男からあがる。


「店主はどこにいる⁉」


「あっしが店主です!」


「まだ戯言を抜かすか! ラッセルを出せ!」


 男は首を振るばかりだ。


「隊長! ラッセルがいません!」


 後から出てきた騎士の報告に、隊長が怒りに身体を大きく膨らませた。


「探せ! 床板をひっぺ返し、屋根を取っ払ってでも探すんだ!」


 厳しい命令に、短い返事があり、中では床板を外す破壊音が響き始めた。


 おそらく、ラッセルは見つかるまい。


 ここに居残る理由もなく、そっと野次馬の集団から抜けて、中央への道を上がる。


 あの野郎! また上手く逃げやがったな!


 歯の奥を噛みしめ、これからのことを考える。

 今から、中央に戻ったら、皆に見たことを報告し、次の手を打たねばならない。


 まずは、偽初心者たちを脅していた違法賭博酒場は解体した。

 ラッセルの仲間は自然と霧散するだろうし、改心したい偽初心者は寝返るだろう。

 匿っていた偽初心者も解放してやれる。


 大きな一歩だ。

 第三聖翼獅子(せいよくじし)団の団長であるピーター・ウェインの迅速な手腕には、敬服する。


「オズワルドさん!」


 呼んだ少年の声に足を止めた。


 誰だ? 王都に子供の知り合いはいない。


 雑踏の中から、浮浪者らしき少年に焦点があった。俺に紙きれを差し出してくる。

 小銭をやって、紙きれを貰う。


 中には、書きなぐった文字。


『覚えてやがれ!』


 記名がなくとも、誰からのメッセージか分かる。


 心の奥の闘志が、炎を強くする。

 ラッセル。逃しはしない。


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