113話 オズワルドと賭博酒場②
初めて入る酒場で、窓際に陣取り一人でエールに口をつけた。
日が暮れ始めたばかりだというのに、酒場には気の早い客で賑わい始めている。
焼け焦げがついた机、酒が入って大声で話す人々、食器の鳴る音、遠慮なくけむり草の煙がたゆたう様は、庶民的で居心地がいい。
大聖堂より門側は、普段いる王城側と比べると、ごちゃついていて、いい具合に力が抜けていて、安くて早くてうまい。
久しぶりの雰囲気なのに酒が進まない。ぽこもいないのは、見届けるためにここに来たからだ。
普段通りであろう喧騒が、野良犬がキャヒンっと鳴いたことをきっかけに静まった。
誰もが息を潜めて、存在をかき消す。
王城の方向から、規則正しい足音が聞こえてきた。
「赤い獅子の紋章! 聖翼獅子団だ!」
誰かが小さく叫んだ。確かに赤い獅子の旗が掲げられている。揃いの鎧が夏の日差しを跳ね返し、赤いマントが歩みに合わせてゆれる。
聖翼獅子団は、号令もなしに、俺のいる酒場の前の通りに、ピタリと止まった。
向かい側の酒場へ揃って方向転換し、剣を抜く動きも一糸の乱れもない。
後方の男が、剣を空へ掲げた。
「我々は聖翼獅子団第三団、一の翼隊である! これより、違法賭博の検挙を始める!」
剣が振り下ろされ、猛然と騎士たちが酒場に踏み込んでいく。
まるで吸い込まれるように動きがスムーズだ。
中からの物騒な音を、向かいの窓際の席で聞いていたが、通りに集まった野次馬に紛れることにした。
「やはりな。近い内こうなるだろうと思ってたぜ」
人の口に戸は立てられない。ラッセルの主な標的は新人冒険者だったとはいえ、宿の者や買い物先から、違法賭博の酒場があると噂が立っていたのだろう。
中からこっそり抜け出たやつを、待ち構えていた騎士たちが捕縛していく。裏通りも、屋根の上にもいつのまにか騎士が立っていて、ねずみ一匹逃げ出せそうにない。
音がしなくなり、野次馬たちが顔を見合わせた。
「終わったのか?」
怖いもの知らずが一人、酒場の扉にそろりそろりと近づいていく。中をうかがおうとしたその瞬間。
入り口から、人が投げ出された。
通りに落下した男は、元の人相が分からぬほど顔が腫れあがっている。
呻きながら、身体を起こそうとして、左肩を庇った。左腕に力が入らずに垂れ下がったままにしている。肩が抜けたのだ。
中から悠々と出てきた騎士が、男の喉元に剣を突き付けた。
情けない声が男からあがる。
「店主はどこにいる⁉」
「あっしが店主です!」
「まだ戯言を抜かすか! ラッセルを出せ!」
男は首を振るばかりだ。
「隊長! ラッセルがいません!」
後から出てきた騎士の報告に、隊長が怒りに身体を大きく膨らませた。
「探せ! 床板をひっぺ返し、屋根を取っ払ってでも探すんだ!」
厳しい命令に、短い返事があり、中では床板を外す破壊音が響き始めた。
おそらく、ラッセルは見つかるまい。
ここに居残る理由もなく、そっと野次馬の集団から抜けて、中央への道を上がる。
あの野郎! また上手く逃げやがったな!
歯の奥を噛みしめ、これからのことを考える。
今から、中央に戻ったら、皆に見たことを報告し、次の手を打たねばならない。
まずは、偽初心者たちを脅していた違法賭博酒場は解体した。
ラッセルの仲間は自然と霧散するだろうし、改心したい偽初心者は寝返るだろう。
匿っていた偽初心者も解放してやれる。
大きな一歩だ。
第三聖翼獅子団の団長であるピーター・ウェインの迅速な手腕には、敬服する。
「オズワルドさん!」
呼んだ少年の声に足を止めた。
誰だ? 王都に子供の知り合いはいない。
雑踏の中から、浮浪者らしき少年に焦点があった。俺に紙きれを差し出してくる。
小銭をやって、紙きれを貰う。
中には、書きなぐった文字。
『覚えてやがれ!』
記名がなくとも、誰からのメッセージか分かる。
心の奥の闘志が、炎を強くする。
ラッセル。逃しはしない。





