112話 ぽことキュマ先生
野性の小動物を集めるクエストを、魔術研究所王都製薬部門、つまりキュマ先生の研究所から出されるのは三度目だ。
生きたままの小動物は、クエスト屋を通さずに直接届けることになっているので、今回も研究室を目指している。
図書館、博物館を通りすぎたら上ノ通りを右折だ。
「キュマ先生に会えるといいですね」
中央の本業の傍らで、キュマ先生の研究室のクエストをしているのは、キュマ先生と知り合う機会を狙っているからだ。残念ながら先の二度は会えなかった。
「旦那様と古の薬を探せるようになるなんて思いもしなかったです」
何を今さら言い出すのか。
「王都に来た目的は古の薬探しだろう?」
「でも、古の薬探しを嫌がってたでしょう?」
そういえば、そんな頃もあったかもしれないと思い出した。
ぽこは最初から古の薬で人間になって俺の嫁になるのだと言っていたが、俺はぽこを信用していなかった。
迷宮に入りたいだの、会う人ごとに古の薬について聞くだのと、積極的なぽこの動きを抑えていたほどだ。
「ぽことの将来を考えるようになったからだな」
ぽこを唯一無二と認めてからは、己の中に眠っていた様々な欲求に驚くほどだ。
この俺が、結婚したいと思うようになるとはな。
二人して照れてしまい、黙ったまま研究室の建物に入った。
試薬と動物の混じった妙な匂いがする研究所は、ウシュエの住む緑屋敷に似た雰囲気だが、もっと整理されていて、無機質な雰囲気だ。
より一層気味が悪く、ぽこも落ち着かない様子できょろきょろ周りを警戒しながら入室した。
生け捕りにしたねずみが、捕獲袋の中で暴れている。
「今回の納品分です」
「ご苦労様です」
サインを貰うために納品書を手渡すと、奥の部屋から老人が出てきた。
爆発したような白髪で白衣を着ている。
「あ、キュマ先生、お出かけですか?」
「キュマ先生⁉」
ぽこが飛び出して、立ちふさがった。
「私、ぽこって言います! 先生の文献を読ませて頂きました!」
前のめりに話し出す見知らぬ若い女相手に、キュマ先生はたじろいだ。
「あぁ、ありがとう」
驚いたはずなのに、キュマ先生はすぐに笑顔になった。ただのファンにこのように囲まれるのは慣れているのだろう。
「一番興味深いのは、魔法薬が細胞に取り込まれる仕組みです。体内で運搬されるという表現はわかりやすいですね」
ぽこが勉強した内容に、キュマ先生が興味を示した。
「血流に乗り、交換されるというのが正しい表現だが、読み手に合わせた表現をすることで通じやすくなる」
「なるほど! 『おくすりのはなし』は絵本ですし、知識を広めるのにはぴったりってことですね」
「そういうことだ」
サインされた納品書を貰い、ぽこに混じる。キュマ先生は俺を一瞥するだけで何も言わなかった。
「キュマ先生は、種族を変更できるお薬をご存知ありませんか?」
ぽこの質問は、これまで幾度も投げられてきたが、今までのところ誰からもいい返事はない。
今回もきっと同じだろう。
例えキュマ先生であっても、ないものは知らないだろう。
受けるショックを和らげるために、そんな風に考えてしまう。
「興味深い。実に興味深い。常識を凌駕する奇抜な発想だ!」
キュマ先生は人が変わったように活き活きと話し始めた。
「あぁ、それで『おくすりのはなし』か。君は何になりたいのかな?」
「完璧な人間になりたいです」
「あぁ! 向上心の塊だな! 君のように愛らしい人が、完璧な人間になりたいとは! だがしかし、人の欲望こそが、慣習を乗り越えて叡智をつかみ取る原動力だ。種族を乗り越える、つまり、遺伝子を組み替えて理想の姿を追求できれば、この世の苦しみの多くを救うきっかけになる!」
長い話しの先を期待してしまう。
そこまで言うのなら、古の薬を知っているのか。それとも知らないのか。早く聞きたい。
「ただ遺伝子を組み替えるのではない。現状身体を構成している細胞の遺伝子を組み替えるのだ。これは――」
「それで、種族変更の薬ってのはあるんですかい?」
長い話しになりそうで、我慢できずに割り込んでしまった。
それでようやくキュマ先生の視点が俺に定まる。
「あるとも!」
当たり前だろと言わんばかりの断言に、ぽこと顔を見合わせた。
「旦那様!」
ぽことハイタッチして、抱き合う。
信じられない。本当に?
こんなにあっさり見つかるのなら、どうして今まで話さえ聞いたことがなかったのだろう?
「君たちは種族変更の薬が欲しいのかね?」
「欲しいです!」
ぽこがキュマ先生の言葉に被るように即答した。
「いいだろう。あの実験もやはり続けるべきだからな。材料を集めてくれれば、作れないこともない」
「集めます!」
キュマ先生が何度もよしよしと頷き、紙に材料を書き出した。





