94話 ぽこと検問
王都へ入る陸側唯一の門に検問を受けるために並ぶ。
乗合馬車からやっと降りて、身体を伸ばすといくつかの関節が鳴った。
落ち着いて初めて、ぽこが青い顔をしていることに気が付いた。
「どうした?」
俺の言葉に、インマーグクエスト屋の受付もぽこを心配そうに見る。
「大砲があります」
ぽこが指差した方には、白い石で組まれた分厚い城門がある。直線的な装飾が施され、てっぺんには勝利に腕をあげる戦乙女の像。戦乙女の左右には大砲が三門ずつ設置されている。
「それに、門にいるのは兵隊さんじゃないですか?」
全身鎧に身を包んだ兵が検問を見守っているのが怖いらしい。
夏だというのに赤いマントをつけてご苦労なことだ。
「王都は城塞都市だから、兵は多い。城壁にも昼夜を問わず見張りが立っている。つまり、中は安全ってわけだ」
「それにあそこを見て」
インマーグクエスト屋の受付が、俺達が立っている橋の端から海を見下ろす。
「わぁ! あんな大きな船は見たことがありません!」
様々な造りをした船が、王都の西側に停泊している。客と一緒に荷物が降ろされて、大変な賑わいようだ。それを見て、ぽこの目が輝いた。
遠くに大砲を積載した軍艦が見えるが、これはぽこには黙っておくことにする。
「インマーグでは兵も見ないものね。冒険者とはまた違う雰囲気で、怖いのもわかるわ」
インマーグクエスト屋の受付が言うのはもっともで、軍の兵隊は微動だにせず直立している。訓練された動きには威圧感がある。
「えへへ。そうなんですよ。それにしても、凄い人の数ですね」
もう門の中が垣間見え、大きな通りを埋め尽くす人の流れが見える。
馬車が行き交い、両端の店から威勢のいい売り子の声が聞こえる。
インマーグの五年に一度の祭りよりも、活気がある。
「本当に多いわね! 道に迷いそう!」
門衛に身分証を見せながら、街の中が気になって仕方ない。
その様子に、門衛が朗らかに声をかけてきた。
「王都は初めてのご様子。滞在先はどちらですか?」
「私は、冒険者支援中央委員会の昇進試験に来ました。滞在先はこちらです」
「あぁ、中央の」
クエスト屋は、地方の隅々まである国家事業だ。取りまとめはいわゆる中央と呼ばれる冒険者支援中央委員会が行っている。
インマーグクエスト屋の受付は、父親の跡を継いでクエスト屋所長の資格をとるために王都へ来た。
俺の検問の番になり、身分証を手渡した。
「オズワルドさんの滞在先はどちらですか?」
こうして質問することで、王都へ滞在目的や宿屋を調査しているらしい。
「あぁ、俺は九重蔓の館だ」
中央から来た正式な任命書を見せながら、これから住む家の名を確かめる。
「九重蔓の館⁉ これは失礼致しました」
どうしたわけか、中央から紹介された住まいの名を聞いただけで、門衛が態度を豹変させた。
「ご案内させて頂きます」
門衛が先立って街中へ入るのを追いかける。
九重蔓の館か、この任命書、もしくはその両方には、門衛に通じる権力が介在しているらしい。
王都には色が溢れていた。
白い石でできた背の高い建物には、露台が飛び出している。そこだけ木製らしく、建物ごとに露台を好きな色で塗っている。
誰もかれもが速足で、大声の上、早口だ。
氾濫する音にも、道行く人や店にも珍しいものが多くて、気を取られる。
「王都は基本、縦横の道で区切られています。慣れると通りの名前だけで場所がわかるようになりますよ」
歩くのも大変な人ごみの中だが、武装した兵が道案内してくれるので、道を開けて通してくれる。
大きな荷物を背負っているから、ありがたい。
大聖堂の前には大きな広場があった。
目的地へ急ぐ者や、巡礼者、待ち合わせをする人でごった返している。
「勝利の女神門から大聖堂までが下町で、商人や一般人が住む区画です。大聖堂から王城までは、公的機関や貴族街があります」
大聖堂を通り過ぎると、確かに身なりのいい人が多くなった。
なるほど。九重蔓の館は公的機関の区域にあるらしい。
盾通りに宿泊所があるインマーグクエスト屋の受付と手を振って別れた。
大聖堂の裏側には、高い塀で囲まれた館があり、中から戦闘の音が聞こえてくる。
「こちらは我らが聖翼獅子団の館です」
誇らしげに張った胸には、翼を模した飾りがつけられている。
どうやら門を守るのは、聖翼獅子団の仕事らしい。てっきり軍の仕事だと思っていた。本来なら軍が行うはずの仕事を騎士団が担っているのだから、この辺りは複雑な利権問題が絡んでいるのだろう。
軍や聖翼獅子団にはなるべく関わるまいと心に刻む。
面倒なことには巻き込まれたくない。
その次の通りを左折すると、壁一面を鮮やかなピンク色の蔓性植物に覆われた三階建ての建物があった。
「こちらが九重蔓の館です」
「わぁ! 素敵!」
白い壁にピンク色の葉が鮮やかで、くすんだ青の露台と玄関扉のおかげで落ち着いて見える。
「じゃあ、入るとしよう」
真鍮の取っ手を押すと、扉についた金属が高い音で鳴った。





