111話 ぽこと引率手引き書
偽初心者との攻防を続けながら、急いで新人引率の手引きを作成して提出した。
ほっとしたのもつかの間、翌日には、大量の書き込みと質問が書きこまれて、ピーター・ウェインの秘書から返却される。またやり直しだ。
偽初心者との攻防、保護した奴らの仕事と安全確保が脳裏にちらつき、家に帰ってもちっとも休めない。
「これなら仕事してた方がましだ!」
とうとう手引き書を家に持ち帰って作るようになり、ピーター・ウェインとの書類上だけのやりとりを繰り返して、ようやく手引き書の初版が完成した。
まずは五冊作って、引率者の希望を募る。
大っぴらに募集すればラッセルにバレてしまうので、人選はブライスさんが中心となってやってくれた。
引率候補が偽初心者を引率するのを監督する仕事が始まった。
引率候補者は、地道なクエストと冒険者らしいクエストの両方をしている者で、冒険者としては数年で引退を考えているような者。一言でいえば、俺みたいなのが引率候補者だ。
「ふぅ。これなら一人でやった方が楽じゃわい」
「まぁまぁ、そう言わずに。自分が初心者だったときのことを思い出してください」
「こいつらの飲み込みが悪いんじゃないか?」
言われた偽初心者も、むっとして仕事能率が悪くなる。
物のどおりを知らぬ若者を引率している方がマシだった。
実は、引率は全く楽ではない。
初心者に教えながら、彼らの力量に応じて手出しをする。ときには励まし、ときには叱り、精神的にも疲れる。だから、俺は仕事上がりの酒を一人で飲むのだ。
引率者の報酬は、俺がインマーグでやっていたときに比べれば、好待遇だが、ここは王都。とにかく物価が高い。
もう少し色をつけなければ、成り手がいなくなっちまう。
引率候補者は、老後の生き方を模索する資金のために、引率なんて怠い仕事をしているはず。
これもピーター・ウェインに報告し、折衝案件だ。ただ報告するだけでは、上の言いなりになってしまう。
「しっかり教えてくれよ。次のスダチ訓練は合格したい」
偽初心者の言葉に、引率候補者が声を出して笑った。これまでわざと不合格になっていたのに、自分の都合がいいときには合格したいという身勝手さを若者らしく感じたらしい。
「あぁ、是非とも合格してくれ! まともな冒険者が育たなきゃ、いつまでたっても引退できんからな」
引率候補者と偽初心者という一筋縄ではいかぬ奴らの板挟みになり、異常に疲れる。
九重蔓の館に帰ると、ぽこからキュマ先生の本の話を教えてもらいながら夕食を食べる。
「クリームソースも、柑橘類を入れると美味しいですよね」
クリーム系の味つけはインマーグに多い。対して柑橘類は王都あたりまで南下しなければ入手できない。今までになかった味を組み合わせて自分たち好みの調理法を試すのも面白い。
「この間行った店みたいに、皮を擦って入れるのもやってみよう」
そう言いながら、大きな欠伸をしてしまった。
ぽこがくすりと笑って、手を引いてベッドに連れて行ってくれる。
「うつ伏せになってください」
大して疑問を感じずに寝ると、ぽこが背にまたがった。
動揺する俺が声を発する前に、背が揉まれ始めた。
小さい手なのに、場所を心得ているのか、少し押されるだけでも効く。
思わず呻き声を出してしまいそうなのを、息を吐いて堪える。
呼吸するごとに内蔵に溜まった疲労が出て行くようだ。
「旦那様はぽこに根を詰めるなって仰いますけど」
体重をかけてぐっと押されるたびに、ぽこの声が近くなり、また遠のく。
「旦那様も無理をしすぎじゃありませんか?」
ぽこにその気がなくとも、背にまたがられて、身体が近づくたびにぽこのふわふわした髪に背をくすぐられては、たまったものではない。
精神的な疲労のせいで、理性はいつもよりも鈍い。
「お休みを取られては?」
耳元で囁かれて、湿っぽい息にぐらっと来た。
勢いよく身体を捻り、ぽこと上下入れ替わる。
ベッドに押し付けたぽこが目を見開く。怯えたような瞳がそそる。
肋骨の下から腰までを手で撫で下ろし、手触りを確かめる。押すと弾力のある肌がくにゃりと指を押し返す。
理性と本能が葛藤する。
大きく息を吐いて、煩悩を逃がし、ぽこをうつ伏せに返した。今のままじゃ負け確定だ。
背中から尻にかけての曲線に、失敗したと思った。これでは煩悩を逃がすどころか、増すばかりだ。
「お返しだ」
宣言して、肩から背中をマッサージすれば、強張りがあった。
ぽここそ、やっと見つけたキュマ先生という糸口を離さぬために、本の読みすぎだ。
ようやく欲望が薄れ、心配が優勢になる。
「そういえば、ニワトコの花のクエストはまた褒められた」
ぽこの風呂敷リュックのおかげで、他のパーティーには真似できぬほど大量に運べる。
「先方から、次回は指名でと言われたそうだ」
「本当ですか⁉ やったぁ!」
ぽこの快活な声を聞いたら、苦笑してしまった。





