109話 オズワルドと賭博酒場①
「ラッセルに何を吹き込まれた?」
ずばり出した名前に、偽初心者が狼狽えた。
ぎろりと睨んでから、一気に表情を崩してみせる。営業スマイルってやつを俺もやるときはやる。
これが初心者に有効なのを経験上知っているからだ。
「どうして引率の仕事ができたと思う? お前たちみたいに困っているのに声を挙げられない仲間を助けるためだ」
「聞けば、あんたも脅されるぞ」
「あいつの頬にある傷は、俺がつけたものだ」
偽初心者が息を飲んだ。
あの傷は、ラッセルの人相をより一層悪くするのに一役買っているが、それをつけた相手というのは、さらに手ごわく感じるようだ。
唇を震わせるのは、喋り出すための準備なのか。
「実は、こいつに借金があって……」
こいつと呼ばれた痩せた男が、顔をくしゃくしゃに歪め、さらに手で覆った。
「畜生! あんないかさまカード!」
「いかさまカードは、昔からラッセルの手口だ。まだそんなことやってるのかあいつ。よく酒場が出入り禁止にしないな」
肩をすくめて、葉の裏に隠れているバッタを捕まえて、袋に入れる。
街の治安を守るため、違法賭博は取締の対象になる。だから、手広くやりすぎると酒場が自ら詐欺師をたれ込む。
偽初心者たちが言い出しにくそうに口をつぐんだ。
「怖いのか?」
偽初心者のリーダーが頷く。「故郷の家族がね」とだけ言うのがやっとだ。
ラッセルなら、破格の借金を違法に負わせて、むしり取るために家族を盾に取るくらいはやるだろう。
偽初心者たちは、故郷の家族のために、仕方なく悪事に手を貸していることになる。
「今日からクエストがすっかり終わるまで、ここの農家に泊れるように話をつけてやる。故郷にも伝令を出して、見回りさせよう」
稼ぎながら安全なところにいられるのだから、万々歳だろう。
破格の対応をするのは、ラッセルを追い込むためだ。今は情報が欲しい。
おそらく今頃、中央の受付たちやまっとうな冒険者たちは、偽初心者に散々な目に遭わされているはずだ。
彼らのために、俺が決着をつけなければならない。
「あいつは、自分で賭博酒場を経営している」
「そこではやりたい放題で、ルールなんてない」
「新しいカモを連れて行けば、借金を減らしてもらえるから、どんどん偽初心者が増えてる」
ラッセルの今の仕事は、賭博酒場の経営と、違法な高利貸しということだ。
調べた三年分のクエスト履歴にラッセルの名はなかった。
何が手広く仕事をしているだ。もはや冒険者ですらない。
「酒場でスダチ訓練にわざと不合格になって、他の冒険者をゆすることを強要されてるのか」
歯ぎしりが聞こえた。こいつらのものか俺の音か区別がつかない。
「初心者でいる方が、稼げるって言われてた」
「食っていくためには、金がいる」
「そうだな」
吐き捨てるような独白に、頷いてしまう。
今では、金がなければないなりに暮らすなんて思えるようになったが、俺だって苦渋を飲んだ経験はある。
偽初心者たちが、顔を上げて俺を見た。
彼らにとって、俺はクエスト屋に雇われるような成功者で、順風満帆な人生を歩んできたように映っていたのだろう。
「これから初心者を卒業するまで、お前たちのケツは俺が持ってやる。真面目に働け」
偽初心者たちのいい返事が、青い空に響いた。
顎鬚を一撫でして、俺もバッタ捕獲に戻る。
偽初心者の内、どのくらいがラッセルの罠から逃れたいと思っているだろうか。
間違った情報を与えられた彼らには、黄色いリボンを返上する利点を説ける引率者が必要だ。
俺一人で説得できる数はたかが知れている。
となれば、偽初心者に負けないような度胸のある引率者が必要になる。ベテラン冒険者がきちんと導けば、自ずとリボンを外す者が増えるだろう。
初心者引率の手引き書は、着手したばかりだ。
ピーター・ウェインからの指示は、これを予感していたのだろうか。
まさかな。騎士団のお偉いさんが冒険者の事情なぞ知るわけがない。





