103話 ぽことラッセルの顔合わせ
「九重蔓の館だ」
ラッセルの目が獲物を見つけたように光った。
ただの冒険者なら、ラッセルが言うように定住せずに、宿に泊まる。
「よし! 今夜はお前んちで飲もうぜ」
「ありがたいが、遠慮しておく」
「いい酒が手に入ったところなんだ。付き合えよ。酒、好きだっただろ?」
ラッセルが酒瓶を持ち上げて、軽く振った。良さそうな赤ワインだ。
「連れ合いが待ってるんでね」
「連れ合いだと⁉ おまえっ! まさかそんな⁉」
目を白黒させて驚いた後、あーとか、えーと声を出す。動作が大きく芝居かかっている。愛嬌があると言えばそうで、ラッセルは人の懐に入り込むのがうまい。
「思い出したぞ。ノエルだったか?」
そう。思い出した。こいつの無邪気さを装って一言多いところが嫌いだった。
決闘の前から、やりあうチャンスを伺っていたようなものだった。
ノエルは、仲間の一人で、恋人だった女性だ。生憎、俺の判断ミスで全員亡くしている。知ってか知らずか、痛いところをついてくる。
「いや、別の人だ」
ラッセルが抗議の声を挙げた。
「会わせろよ~、なぁいいだろう?」
大のおっさんが身をよじってねだってくるのを、行き交う人が避けて通る。
返事をしないまま踵を返そうとしたとき。
「九重蔓の館だったか?」
ラッセルの唇がめくれて、ヤニまみれの歯が見えた。
今、家にあげないのなら、俺のいない間にぽこに会うつもりなのだろう。
それならば、一緒にいるときのほうがマシだ。
軽率に住処を教えた己を苦々しく思いながら、改めて踵を返した。
「来いよ」
❄
仕方なくラッセルをつれて九重蔓の館に戻った。
「へー! いいとこだな! 家賃はいくらだ?」
ラッセルの地声は大きく、九重蔓の館中に響いた。イスタリさんの部屋からケリーの吠え声が聞こえてくる。
ここの住民は皆、声が小さいから、余計に目立つ。明日あたり文句を言われそうだ。
部屋の扉を開くと、ぽこが待っていた。
「旦那様おかえりなさい!」
ただいまの抱擁をして、柔らかな頬に軽く口づけをする。
仕事に行くときと、帰宅の一日に二度、恋人の挨拶程度の口づけなのに、ぽこは毎回顔を真っ赤にする。
その怯えたような様も可愛いと思えるのだから、自分でもどうにかしている自覚はある。
俺の腕の中で潤んだ熱い瞳をしているぽこを見て、ラッセルが口笛を吹いた。
「おい! 可愛いじゃねぇか! ノエルと違って小さいな」
ラッセルの大声に、ぽこが驚いて、俺の腕の中で縮こまった。
「ぽこ、こちらラッセル。新人時代の知り合いだ。ラッセル、連れ合いのぽこだ」
「こんばんは。いらっしゃいませ」
ぽこが、ぴょこんと会釈するのを見て、ラッセルが相好を崩す。
「ラッセルが無理について来てね」
入ってすぐの台所は、調理中で熱い。薄いキャミソール一枚しか着ていないぽこに、傍の椅子に掛かっていた薄手の羽織物を肩にかけた。
ラッセルの無遠慮な視線でぽこを見られたくない。
「突然押しかけてごめんね~。これ一緒に飲もうぜ」
ぽこに、歓迎しなくてもいいと言ったつもりだが、ぽこは張り切り始めた。
食卓に座り、早速赤ワインのコルクを抜く。
ぽこが、すぐに夕食を出してくれた。帰宅後すぐに食べられるように用意してくれていたらしく、どれも出来立てだ。
「この野菜煮込みスープうまいねぇ。旬の野菜がしみるわ~」
乾杯の後、ラッセルは勢いよく食べ始めた。
「いただいたお酒もおいしいです」
「お、飲める口? いいねいいね」
ラッセルが酒の瓶に手を伸ばすと、ぽこが先に掴んだ。
「杯が空いていますよ。どうぞ~」
ラッセルの杯に並々と酒を注ぐ。ラッセルが返杯をしようとしたら、席を立った。
「お魚が焦げそうです!」
魚の焼き加減を見に行って、しばらくしたら、ジュージュージクジクと焼けている魚を持って来た。
「旦那様、今日の魚のハーブ焼きには、仕上げに柑橘類をかけてください」
ぽこが黄色い柑橘類を俺の前に置いた。
要望通りに大皿の魚に柑橘類を絞り、絞った残りを見て、我慢できずに咥えた。
果肉を食べないなぞ勿体ないことはできぬ。
ラッセルが俺の行儀の悪さに驚くが、ぽこは涼しい顔のままだ。柑橘類をこよなく愛する俺のために選んでくれた料理で、こうするのもわかっていたのだろう。
飲み水にも、柑橘類の香りがついていた。
これだけで、今日、ラッセルに出会ってしまったことが帳消しになるほど嬉しい。
ラッセルは、どの料理もうまいと褒めて、いい食べっぷりを見せた。
ぽこと二人で会話を弾ませ、ちょいちょいいらぬことを言い、ぽこにやけに酒を勧める。
ぽこは巧みにかわして、いらぬ話は聞き流している。
できた嫁っぷりに、頭が下がる思いだ。
「いい女だな」
食後、酒をちびりちびり飲みながらラッセルが呟いた。
そもそも酔い潰そうとしていたラッセルに褒められる所以はなく、褒められても腹が立つ。懐かしいのに会ったからか、血の気が多くなった気がする。
「いい女にいい家、こりゃよっぽどいい仕事をしてやがるな。俺にも一枚かませろよ」
脂ぎった顔に、ずる賢さが露わになる。
そもそも、呼んでもない家に来たのだって、俺の情報を掴むためのはずだ。女と家は誰にとっても守りたいものだから、弱みになりえる。
「今、俺は手広く仕事をやっててね。お前も一緒にどうかと思ったんだが、必要なさそうだ」
肩をすくめて、杯に残った酒を一気に煽った。長居せずに帰ってくれて、ようやく人心地ついた。
皿を洗っているぽこを、背中から抱きしめる。ぽこが手を止めて、俺の腕を両手で掴み、体を寄せた。
「急にすまなかった」
「いいんですよ。あぁいうのをあしらうのには慣れてますから」
聞き捨てならない。
たぬきの里でのことだろうとは思うが、もう誰であっても、ぽこに酒を無理強いするようなやつには同席して欲しくない。
結婚すれば、そんな目にもあわないだろう。恋人同士になったばかりなのに、もう恋人では満足できない。
ぽことの関係を育てている間に、種族変更の薬が見つかれば、焦る気持ちも抑えられるのだろうか。
五千冊の本から目的の本を探しているぽこを急がせたくはない。
ぽこが腕の中で身体をねじって、向き合う形になった。
顎鬚を両手で撫で上げられて、妙な気持ちになってきた。よこしまな感情を誤魔化すのに苦労しているとは知らないのだろう。
「ふふふ。連れ合いって紹介されるの嬉しいです」
インマーグの街では、ぽこは自分を押しかけ女房だと自称していたから、些細なことが嬉しいらしい。
急げばロクなことはないだろう。もうしばらくこの状況を楽しもう。
ぽこを抱き上げて、居間の長椅子に移動する。





