93話 ぽこと王都へ
乗合馬車を乗り継いで二週間。
尻の皮が厚くなったかと危惧するほど乗り続けている。ただ乗っているだけの毎日は性に合わず、これなら徒歩の方がマシだったかもしれないとさえ感じ始めている。
今日中に王都に着く予定だと言われていなければ、我慢も限界を迎えていただろう。
何度目かのため息をついたら、隣に座っているぽこが小声で耳打ちしてきた。
「図書館が楽しみです」
頷いて、ぽこの手を握る。
こそこそ話をしているのは、俺たちの目の前の席にインマーグクエスト屋の受付が座り、居眠りしているからだ。
長旅で疲れているのだろう、なかなかの振動があるのに起きそうにない。
「古の薬の本はすぐに見つかると思いますか?」
「どうだろう。ウシュエが知らないと言っていたから、ごく一部の者しか知らぬ知識なのかもしれん」
「じゃあ、頑張って見つけないと」
ぽこがむんっと気合いを入れる様子に目を細めてしまう。
ぽこが俺のところへ転がり込んできたのは、昨年の秋の終わり。
ちょうど初めての雪が降った翌日だ。
仕事中にたまたま助けたたぬきが、若い娘に化けて押しかけてきた。俺に惚れたのだと言われたときには、化かされていると思った。
仲間を失って誰とも親しくならないように肩肘はって生きてきた十年。ましてや、ぽこは家出娘で、本来なら恋愛対象にならないほど、歳の差がある。
なにより、相手はたぬきで、俺は人間だ。正気ならありえない。
それが、将来温泉宿をするための資金稼ぎに一緒の王都へ行くような関係になっている。
種族の差を越えて、ぽこと本物の夫婦になりたい。
ぽこが人間になるのか、俺がたぬきになるのかはまだ決めていないが、何より、種族変更の薬を手に入れなければ、話にならない。
問題の種族変更の薬は、ぽこが子供のときに聞いたきりだという。
王都にある図書館には、種族変更の古の薬について記された本があるかもしれない。
まさか、枯れたように余生を過ごしていたのに、ぽこと二人の将来のために王都まで来るとは思わなかった。
ぽこが丸くて大きな目を細めて笑う。その理由を眉を上げて質問する。
「ぽこが人間になったら、したいことは何だと思いますか?」
考えてみるが、ありすぎてわからない。
ぽこと暮らしていると、そもそもたぬきだという事実を忘れてしまうことが多々ある。
それほどぽこの化け術は見事だ。
「知りたいですか? あのですね」
悪いたぬき顔をしたぽこが、身体を寄せてくる、
ぽこが耳打ちできるように身体を屈め、ぽこが背を伸ばす。
乗合馬車がガタンっと揺れて、ぽこの唇が耳に触れた。
支えた身体を起こしたぽこの顔は真っ赤だ。
唇が触れるだけでこうも照れるぽこに釣られて、こちらまで照れてしまう。
「王都には、諸外国の貿易船も集まるらしいから、古の薬を作るのに必要な材料も入手しやすいかもな」
照れを隠すために、いらぬ話をしてしまう。
「旦那様は王都にも詳しいんですか?」
「全然。建国祭で教えられる程度しか知らない」
国を挙げて祝われる夏の祭りでは、王族が聖翼獅子団と共に国を作ったことと、王都が海にそびえる難攻不落の城塞都市だと歌われている。
それを言うと、ぽこが「聖翼獅子団?」と復唱した。
「騎士団の名前だそうだ。俺もそれ以上は知らない」
「じゃ、二人共知らない街で暮らすんですね。これから、何もかも二人で体験できるなんて素敵です!」
期待に胸を膨らませたぽこが突然立ち上がった。
「旦那様! あれじゃないですか⁉」
ぽこが窓枠から顔を突き出して指さした。
雪山?
目が慣れると、雪山の正体が太陽光を跳ね返す建物の集合体だと分かった。中央に半球状の屋根を持った背の高い大きな建物があり、さらに奥には、ぐるりと城壁に囲まれた一際高い塔が見える。
「でかいな!」
「本当に!」
大騒ぎする声で、インマーグクエスト屋の受付も目を覚ましたらしい。
三人揃って顔を出して、進行方向にある王都を見た。
「風が違いますよ!」
「海風だ!」
「私、海って初めて!」
青い空の下、白く輝く王都は美しく、太陽の光を反射している。
山と見まがうほどに大きな都市を見ていたら、突然我が国が誇らしくなった。
今迄、自国を意識したことはない。
「王都だぞぉぉ!」
「やめて恥ずかしい!」
叫んだ俺に、クエスト屋の受付が他の客の視線を気にする。
「王都ですよー!」
「ぽこちゃんまで!」
「ほら、エミリアさんも!」
誰からともなく笑い出した。
あぁ、この素晴らしい王都で、新しい生活が始まる!





