第70話 新拠点へ引っ越し
俺達は引っ越しの準備に忙しく動いていた。
引っ越し先のカイザー戦跡地には、そこそこな大きさの池ができていた。
カイザーのブレスで抉られた場所に近くの小川の水が流れ込んだようだ。
真ん中には小さな島がある。俺達がドームを張っていた場所だろう。もうちょっと島が大きければ真ん中に家を建てたかったが小さすぎるな。まあ実際に池の真ん中に家を建てたら、見た目が良いだけで不便そうなのでやめておこう。椅子とテーブルと日傘を置いて休憩スポットにするくらいが良いだろう。
池の他にもかなりの広さの草地がある。普通はそこに家を建てるところだが、アンデッドが活動しやすいのは日陰なので家を建てるのは森の中だな。木の無い草地は、カイザーゴンドラのヘリポートだ。ヘリポートにしては広すぎるので、残りは畑を作ってみよう。食料はカイザーゴンドラで討伐軍のいない町に買いに行けば問題ないが、念のため自給自足も可能なようにしておこう。・・・隠れているだけだと暇だし。
聖女の神聖結界の確認もした。最大範囲は半径5kmくらいの大きさだった。
半径5kmだと面積は78.5㎢なので、少し大きめの市くらいの広さだ。日本なら何十万人も住める。めちゃくちゃ広い。こちらの世界では一つの町にそこまで人口はいないので、広い畑付きの町が余裕で入る。まあ町づくりなんて面倒そうなことをする気はないけどな。
神聖結界は、壁ができるわけではなく、魔物が範囲内に入ると動けなくなる結界だった。近づくだけで動きが鈍るので魔物は近づいてこないみたいだ。そして結界内に魔物を無理やり入れても消滅したりはしなかった。これなら捕まえた魔物や魔物素材も町に持ち込める。なかなか配慮が行き届いた結界だな。そしてやはりアンデッドも魔物判定だったが、入れる種類を設定すれば配下も普通に活動できた。上級アンデッドは全種類入れるように設定した。ゾンビやスケルトンは使う予定が無いので設定しなかった。敵として出てくる可能性もあるからだ。この辺では見ていないが魔の森にも場所によってはアンデッドがいるらしい。
神聖結界は延長無しだと1日持続する。延長に必要なMPは広さによって異なり、最大サイズだと1日延長するのにMP500ほど消費するようだ。とりあえず大魔導士の無限のMPを利用して、最大まで延長させようとしてみたが、半日MPを注ぎ続けても最大にはならなかった。最大がどのくらいなのか不明らしい。とりあえず数十年くらい延長できたようだ。・・・ヤバいな。何千年も魔物が入れない聖域とか作れそうだ。あと何か所でも張れるので、広大な魔物のいない土地とかも作れるだろう。別にいらんけど。
ちなみに神聖結界は、張るのに時間がかかるので、戦闘中には使いづらい。結界の範囲もじわじわ広がって行くので、魔物の近くで使っても魔物が逃げる余裕は十分あるので一網打尽とかは難しいだろう。
それと神聖結界の効果を受けたアンデッドは動けなくなるだけで浄化されたりはしなかった。うっかり設定をミスっても大丈夫なのは助かるな。アンデッドは常に冷静なのでミスは少ないが、まったくミスしないわけじゃないからな。生きていた時とほぼ同じ能力というだけなので、普通に忘れたりすることもある。そして情熱みたいなものもなくなるので、生きていた頃より学習力は下がるそうだ。基本興味が無いことを覚えようとしている時と同じくらいの学習力になるらしい。まあ日本で働いている人のほとんどが同じようなものたから問題ないだろう。
今住んでいる家は、討伐軍が来るまでは偵察役の配下に滞在させて維持管理しておくことにした。せっかくプール付きの良い家なのでもったいないからだ。俺は貧乏性なのだ。
まあ討伐軍が来たら戦わずに逃げるように指示してあるので、荒らされたり壊されたりしてしまうと思うが、運が良ければ、あまり壊されずに済むかもしれないからな。その辺の盗賊とかに取られても嫌だし。
討伐軍が到着するまではヨーラムさんからの緊急連絡用の場所としても良いのでギリギリまで使う予定だ。
一応そのままギルバーンに住まわせて討伐軍にわざとやられて、満足して帰ってもらうという作戦ができないか検討したが、ギルバーンを鑑定されたら俺の配下であることが分かってしまい俺が世界の敵に認定されてしまうのでリスクが高いということで無しになった。
ギルバーンは詐欺師のスキルのステータス偽装を使えるが、高レベル鑑定士の偽装解除を使われたり、アスカさんの詳細鑑定のようなユニークスキルを使われればバレてしまう。特にアスカさんは戦闘中でも相手を見ただけで鑑定できるので、戦闘中にバレてしまう。かといって戦闘前にギルバーンを解放したりしたら逃げてしまったり俺の情報を喋ってしまったりするだろうから解放はできない。もともと人間配下は解放する気は無いしな。
そんな感じで新拠点の建築や引っ越し準備をしていると、ヨーラムさんがやってきた。世界の敵認定の情報を聞いてから一ヵ月ほど経っている。とうとう討伐軍が来るのだろう。
まだ引っ越しはしていないので、いつものリビングでヨーラムさんの話を聞いた。
「今から1週間ほど前にレイライン王国の首都からギルバーン討伐軍が出発したそうです。その数およそ一万だそうです。」
「一万ですか・・・やはり多いですね。俺達は予定通り魔の森の奥に避難して問題ないでしょうか?」
「はい。恐らくここに到着するのは三週間から四週間後と予想されています。私はそれまで首都の有力者のところで情報収集をしつつ、私達に矛先が向かないよう動く予定です。」
まだ三週間から四週間あるのか。大軍だからな移動が遅いのだろう。
「まだ多少時間があるみたいですが、俺達はもう避難しておいた方が良いですか? 一応ギリギリまで残ることも可能ですが。」
俺達はいつでも避難できるように準備していたので、すぐに避難することが可能だが、カイザーゴンドラがあればギリギリまで待っても問題ない。ちょっと怖いけど。
「できればイレギュラーな事が起きないよう、すぐに避難していただけると助かります。おそらくすでに旅人に扮した諜報員は町に来ていると思いますし、勇者のように少人数で何か仕掛けてくる可能性もあります。それとギルバーンがここを離れたという情報をこちらの判断でいつでも流せるようにしたいので、情報が嘘になってしまわないよう早めに避難をお願いしたいのです。」
なるほどな。ギルバーンがいなくなったという情報を流すタイミングで討伐軍の動きを操作するんだな。その情報が嘘だったりしたら疑われたり処罰されたりするのだろう。
「なるほど。分かりました。では俺達はすぐに避難します。」
「ありがとうございます。ギルバーンがここを離れたという情報を流すタイミングは、商業ギルドや首都の有力者と相談して決めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。この家にはギリギリまで少人数の偵察用配下を残そうと思っていましたが、完全にいなくなった方がいいですか?」
「いえ、偵察された際に明らかに少人数しかいないと分かるような状況であれば問題ありません。ただ、討伐軍が来る前に突然襲撃される可能性はあると思いますのでご注意ください。それと皆さんがここを離れた後は、私とユージさんが連絡を取っていることを知られるのは危険ですので、私が堂々とここを訪れることはできなくなります。そちらからうちに連絡をとる際も、見つからない様にお願いします。」
「分かりました。ここに残す配下には襲われそうなら逃げるよう言ってありますし、軍が近づいてきたら早めに撤退させます。」
俺はヨーラムさんと定期連絡の方法などの確認をした。基本俺の偵察用配下はヨーラムさんと直接ではなく、俺が貸している配下アンデッドを経由して連絡をとることになった。
そして俺は配下を使ってヨーラムさんに頼らない情報収集も行うことにした。ヨーラムさんとの接触が増えるとヨーラムさんが危険になるからだ。
「では俺達は明日中にここを離れて避難します。」
「はい。分かりました。ヨーマとヨーコのことをお願いします。」
「お父さん気を付けて。」 ヨーコちゃんは心配そうだ。
「ああ、色々準備してきたからね。大丈夫だよ。ヨーマも分かっているな?」
「ああ、大丈夫。」 ヨーマ君は何か役割があるのだろう。まあ無理に聞く必要はない。
ヨーラムさんは帰っていった。
「じゃあ明日引っ越しするので残っている荷物を馬車に積んでしまいましょう。」
「そうね。新しい拠点がどこまでできているか楽しみだわ。」 ヨゾラさんが言った。
「まだ俺達の家と作業場くらいしかできていないですけどね。」
「ふふふ。ここの様に少しずつ整備していきましょうね。」 ユリアさんも楽しみのようだ。
ヨゾラさん達は最初のうちは新拠点の建設を見に来ていたが、待ち時間が長くて暇だったので、最近は見に来ていない。
次の日の朝、簡単な朝食をとったあと、忘れ物が無いか最終確認をして、俺達はカイザーゴンドラで新拠点に向けて飛び立った。幸い曇っていたので、夜まで待たなくても済んだ。
皆すっかりカイザーゴンドラにも慣れていて、景色を楽しみながら寛いでいる。数時間も飛ぶと新拠点のある池と草地が見えて来た。
着陸して森の方を見れば、森の中に新たな俺達の家が見えた。
以前の家は一人用を増築していったので、所々狭かったり歪な形をしていたりしたが、今回は、最初からある程度の人数が住むことが前提の造りなので、リビングやキッチンも広々していて、良い感じだ。もちろんそれぞれの寝室の位置を離してあり防音対策もバッチリだ。これでイチャイチャしても他の人に声が聞こえないだろう。
一ヵ月あったので二階建ての中々の屋敷ができている。
「へぇ、凄いじゃない!広くて形も綺麗だし前より良いんじゃない?」 ヨゾラさんも大満足だ。
特にお風呂は気に入ったようだ。広めの室内風呂があるからな。
「話には聞いていましたけど、良いお家ですね。夢みたいです。」 ユリアさんも喜んでいる。
特にリビングにはノワリンやつのっち達と戯れるためのスペースも作ったからな。ユリアさんも気に入ってくれるだろう。
「皆さんと同じ建物に私の部屋もあるんですか? ありがとうございます!」
「俺っちの部屋まで用意してくれたんっすね。この恩は必ず返すっすよ!」
ヨーコちゃんとヨーマ君は今までは来客用の別棟に住んでいたが、ヨーコちゃんは正式に仲間になったし、ヨーマ君も当分一緒にいるので実質仲間なので同じ建物で一緒に住むことにした。
まあ、客用の建物まで手が回らないというのもあるが。
「改めて見ても良い家になりましたね。今後も増改築したり庭を整備したりしていくので、何か気づいたことがあったらいつでも言ってください。」
皆笑顔で頷いた。
こうして俺達は新生活を始めた。
討伐軍が来るというのに、俺も含めて皆余裕の雰囲気だ。しいて言うならヨーラムさんが少し心配なだけだな。
俺達は畑を作ったり、露天風呂を作ったり、オーク馬車を改造したりしながら、楽しく過ごした。
もちろん討伐軍の動向は、配下を使って定期的に確認した。予定通り進んでいるようだったので、安心していた。
しかし、ある日偵察から戻った配下が、気楽な雰囲気を打ち壊す言葉を放った。
「ギルバーン討伐軍が、この国の首都を占領しました。」
何がどうなっているのか俺にはまったく分からなかった。




