外伝31 森の都
私はエルフの国への移動時間を利用して、エルフの国の資料を読むことにした。読んでおくようにと出発前に渡された書類の一つだ。
資料はジェリーにスキャンさせてあるので、飛びながら視界に映すことができる。
まずはエルフの特徴だ。
エルフは、弓や魔法が得意で種族スキルとして森林行動というスキルを持っている。
森林行動のスキルは、森林にいる間、疲労軽減、回復力強化、感覚強化、脚力強化の4つの効果があるらしい。こう聞くとかなり強力に感じるが、上昇量は少ないのでそこまで強くなったりはしないそうだ。ただ、疲労軽減や回復力強化は、一回の戦闘ではそれほど効果がなくても何週間、何か月も戦う長期戦においてはかなり効果を発揮するらしく、長期戦になりがちな戦争では非常に強力だそうだ。
それ以外の特徴として、寿命が長いこと、筋力が低いこと、保守的で慎重な気質の人が多いこと、人間視点で美しいことなどがある。エルフは人間からみると美しいが、ドワーフや一部の獣人などから見ると別に美しくないそうだ。
エルフの国の特徴としては、総合的に見てエルフは非常に優秀なため、西側でも上位の強国になっている。軍事力も高く、特に防衛力は近隣でもトップクラスらしい。
エルフは弓や魔法での遠距離攻撃が得意なかわりに、筋力が低いので前衛は苦手だが、砦や森林を前衛代わりに使うことで非常に高い防衛力を有しているそうだ。
ただ、前衛が苦手なので森林以外の場所へ攻め込む能力は低い。
エルフも保守的な気質で領土的野心はあまり無いので、隣接している国も攻め込まれる心配はあまりしていない。念のため攻め込まれそうな場所の木を切っておく程度だ。
軍事面以外では魔法や植物の加工が得意なので、魔道具や木材工芸品、植物繊維の布等が主力産業になっているそうだ。
空からエルフの国を眺めると、国土の大半が森になっているが、軍が通れそうな大きな街道がしっかり整備されている。
いかにエルフといえども森を歩くより道を歩く方が速くて楽なのだろう。
ただ、大きな道の中央には等間隔に木が植えられている。資料によると森林行動のスキルを発動させるため、いたるところに木が植えられているとある。街道の中央の木も道を森林判定にするためなのだろう。
通りすがりの小さい町を見ると、農地にも等間隔に木が植えられている。町中にも木が非常に多い。
どうやら全ての場所で森林行動のスキルが発動するように工夫されているようだ。
農地に木があると日陰が増えて収穫量が落ちてしまいそうだが、スキルの発動を優先しているようだ。
日があまり当たらなくても良い作物を育てているのだろうか。それと果樹園っぽい場所が多い。果樹園はそれ自体が森林扱いなのだろう。
森林行動の効果はあまり高くないとはいえ、国民のほぼ全員に効果があるので、国全体で考えれば生産力などにかなりの違いがあるのかもしれない。
「エルフが外国に行きたがらないのは疲れるからだ」などと冗談とも本気とも判断がつかないことが資料には書かれているが、これだけ徹底しているところを見ると真実なのかもしれない。
資料を読みながら飛び続けようやく首都に到着した。
エルフの国の首都は森の都と呼ばれているらしい。
森の都を空から見ると、町の中に大木が立ち並んでいて、大木の枝葉で半分以上町が隠れている。隙間からは木造の建物が見える。王城らしき場所には一際大きな巨木があり、巨木に纏わりつくように城?が建てられているようだ。
奥には湖があり、不思議な見た目の森の都と美しい湖の組み合わせはファンタジックで印象的だ。
少し離れた位置には軍の野営地も見える。
かなりの数の兵がいるようだが、防衛軍への援軍の準備をしているのだろうか。
とりあえず例のごとく魔導外骨格のままだと目立つので、少し前に着地して着替えてから首都に入ることにする。
一度国境で入国手続きをした時に、許可をとっているし有名になっているので、時間短縮のためにそのまま手続きをしたが、少し騒ぎになって逆に時間がかかってしまった。やはり目立たない方がいい。
森の都の防壁は、大木と大木の間を石壁でつなげたような造りをしていた。
大木を防壁兼支柱として使っているようだ。これもスキルを発動させるためだろう。
下の方は石に覆われているが火攻めに弱そうに見える。まあ多分魔法か何かで対策はされているのだろう。
入口では検問をしていた。
歩行者用の列を見ると、エルフ用とそれ以外の種族用に分かれている。
エルフ用は早いようだが、他の種族は時間がかかるようだ。
兵士が一人一人審査をしていて、待ち時間が長そうだが戦争中なので仕方がない。
エルフの国の兵士は、物語の様に金属を使わないというようなことはなく、武器や防具に普通に金属が使われている。普通の国の兵士より少し軽装なだけだ。
これまで会ったことのあるエルフは、太陽の炎の弓士フェリオールと勇者パーティの神官ミレーヌくらいで、どちらも金属装備はしていなかった。
しかしよく考えたら金属を使えなかったら色々不利すぎるので、大きな国を維持できる種族なら使えるのが自然だろう。
2時間くらい待たされて空が夕焼けに染まった頃、ようやく順番が回ってきた。
許可証と身分証を見せると私のことを知っていたらしく兵士達は驚いていたが、いくつか質問に答えると問題なく通ることができた。そして次回以降は横にある特別対応用の窓口で通れると教えてくれた。
誰も並んでいなかったので気づかなかったが、軍や身分の高い人が使う特別窓口があったらしい。
太陽神教の神殿の場所を聞いて、お礼を言って都に入る。例のごとくここでも神殿がルディオラの領事館だ。
なぜか離れた位置にいた身分の高そうな役人が、驚いたような表情でこちらを見ていた。単に私を知っていただけという反応でもなかったので少し気になったが、面倒事に巻き込まれても嫌なので、関わらないことにする。
森の都の街並みは、今まで見たことのない形の街並みで、非常に美しかった。
大通りの両脇には大木が立ち並び、大木を支柱にしてサーカステントのような形の三階建てくらいの大きな木造の建物が建てられている。大木を中心にした円形の建物だ。さらに上にある枝にはツリーハウスも見える。
夜に差し掛かっていることもあり、町には多くの明かりが灯っている。
建物の中だけでなく看板や街灯にも明かりが灯っていて、ランプやロウソクではなく全て魔道具の光のようだ。色とりどりの光が視界に溢れている。
建物は木造といっても原始的な感じではなく、壁は漆喰だったり、色が塗られていたり、鮮やかな色の焼き物が埋め込まれていたり、不思議な模様の布が張られていたりと、非常に色彩豊かだ。屋根にも落ち着いた色の布が綺麗に張り付けてある。
エルフというとツリーハウスのイメージがあるが、地面に建てた建物がメインのようだ。上に見えるツリーハウスは小さく、地面の建物は大きい。大きい建物は区切られていて一つの建物に色々な店が入っている。
今まで見てきた人間の国の町は、昔の地球にもありそうな街並みだったが、この森の都は地球とはまったく違う異世界と呼ぶにふさわしい町だった。
地球とは違う文化はゴルドバでも感じたが、あちらの建物は人間の国と同じだったし、色々な物がごちゃ混ぜだったので、一つ一つの文化の特徴を感じることはあまりできなかった。
その点この森の都は、すべてが一つの文化で統一されているので、地球とは違う独特な文化を強烈に感じさせる。
街並みに見ほれながら太陽神教の神殿に向かって歩く。
店の看板一つとっても魔道具で怪しい光を放っていたりして面白い。店の造りや商品の配置を見る限り防犯意識が薄いので、治安も良いのだろう。道行くエルフ達の服装もどこか洗練されている。
今まで見た中で一番文化レベルが高い町かもしれない。
ただ、道行くエルフの何人かが私を驚くような表情で見ていたのが気になった。入口の役人もそうだったが、単に私を知っているという感じではない。年齢はバラバラだったが全員身なりが良かったのも気になる。
警戒していたが町中では特に何事もなく神殿についた。
太陽神教の神殿も木にくっつくように建てられていた。
見たところ全ての建物が木を支柱に建てられているので、おそらく独自の法律などがあるのだろう。
事務手続きを済ませ、さっそくその日のうちにガイラルとの打ち合わせを行うことになった。
滞在する部屋に案内され少し休憩したあと、時間になったので打ち合わせに向かう。
指定された小会議室に入るとガイラルが待っていた。
「アスカ様。お久しぶりです。今回は軍にご協力いただき感謝します。」
「久しぶりね。元気そうで良かったわ。でも軍のために来たわけじゃないわ。私の目的のために来ただけよ。」
「はい。先ほど命令書も確認しましたし、アスカ様の目的も聞いています。しかし目的はどうあれ軍に協力していただけるのは間違いありませんので、我々が感謝するのは当然のことです。」
「そう? それなら感謝はありがたく受け取っておくわ。それで状況はどうなっているの?」
「そうですね。時間もあまりないことですし、さっそく説明しましょう。」
「お願いするわ。」
「はい。まず確認ですが、エルフの国は防衛力が高いというのはご存じですか?」
「エルフの国の基本的なことは、もらった資料で読んだから知っているわ。」
「ではそこは省略します。エルフの国はレイライン王国侵攻の情報を得て、常時展開している国境の警備兵をレイライン王国側の国境の砦に集めました。そこで時間を稼ぎ、その間に迎撃軍を編成して砦に送り、国境の砦でレイライン王国軍を撃退するという策を立てていました。エルフの国は防衛力が高いので警備兵だけでも時間が稼げると考えていたのです。」
資料にもあった砦と森林を前衛代わりに使うというやつだろう。
「そうなのね。でもユニークスキルを使われたら厳しいんじゃない?」
「そのとおりです。国境の警備兵は短期間で撃破されてしまったそうです。すでにレイライン王国はエルフの国内を進軍中です。」
「迎撃軍はどこにいるの?」
「まだこの都の横にいて出発できておりません。」
「え? どうして? 戦争になりそうなのは、かなり前から分かっていたし、侵攻してくるという情報も事前に得られたのではないの?」
都に入る前に見た軍が本隊だったようだ。何かあったのだろうか?
「エルフは寿命が長いせいか、気が長く慎重な性格なため、仲間との相談に時間をかけるという特徴があります。個人ではそれほど気になりませんが、組織になるとその特徴が顕著に出てしまうらしく、大きな組織になればなるほど決定や行動が遅いという欠点があるんです。とはいえそれでは問題が大きいですから、色々なことを事前に決めておいて、事前に決めておいたことに関しては迅速に動けるようになっています。」
「それじゃあ今回は・・・」
「はい。レイライン王国が攻めて来た場合の対応はかなり前から決めてあったようですが、レイライン王国が予想を超えて強かった場合の対応は決めていなかったので動きが遅れているようです。」
日本人が加わる前のレイライン王国への対策をそのまま使っているということか・・・
「とはいえエルフ達も自分達の欠点は分かっていますし、迅速に動こうという急進派もいます。万一国内に侵攻されてしまった場合は、友好国に援軍を求めるということは決めてあったようです。アスカ様のことはゴルドバにいたエルフの国の援軍も見ていますし、世界会議で各国が協力して戦うことも決まっていたので、すぐに我々に相談が来て今回の作戦が立案されたというわけです。」
「じゃあ私の攻撃は、迎撃軍が準備できるまで敵を足止めするのが目的ということね。」
「そのとおりです。先ほど王宮にもアスカ様の到着を知らせてあります。すでに敵が国内を侵攻中なので明日すぐにでも出撃していただく可能性があります。」
時間が経てば経つほど被害が大きくなるということか。
「分かったわ。今敵はどのあたりにいるの?」
「こちらをご覧ください。敵は今このあたりです。まだ国境からそれほど進んではいません。」
ガイラルが地図を広げた。
「ジェリー。記録しておいて。」
「了解シマシタ。」 ジェリーが私の横に浮かぶ。
「・・・それは何でしょうか?」 ガイラルがジェリーを見て聞いてきた。
それほど驚いていないようだ。まあ魔導外骨格を見ているので慣れたのだろう。
「サポート用の魔道具よ。気にしないで。」
「・・・分かりました。」
「ところで敵はあまり進んでいないようだけど、どうしてか分かる?」
「国境近くの小さい村を襲撃しながら進んでいるので遅いようです。」
「小さい村に何かあるの?」 村の人がゲリラ戦でもしているのだろうか?
「・・・いえ、戦略的な意味はありません。エルフを捕まえるためでしょう。エルフは美しいので、下種な目的のためだと思われます。」 ガイラルは無表情で言った。
「・・・そう。」
地球の歴史でも似たようなことはあったと聞いたことがある。戦争とはそういうものなのだろう。
「今回レイライン王国が真っ先にエルフの国を攻めたのも、同じような理由だと推測されています。」
「現場の暴走ではなく国が? 本当に?」
確かにメルベル以外では治安が酷かったが国がそんなことをするだろうか?
「正確には貴族達が欲望を満たすためと国がエルフの売買で金を稼ぐためです。我々ルディオラ太陽神国では国家がそのようなことをするなど考えられませんが、レイライン王国は以前より下種なことを行う国として知られていました。建前上は友好国のように振る舞っていましたが、エルフがレイライン王国に行くと騙されて借金づけにされ、合法的に実質奴隷にされるというのは有名な話です。実際にやっていたのは国というより貴族ですが、他国が抗議しても国が貴族をかばっていました。レイライン王国では貴族の力が強いので、今回の侵攻も貴族の願いを叶える形で実施されたと予想しています。諜報員によると多くの商人や貴族がエルフを売買する準備をしているそうです。」
「そんなに酷い国だったのね・・・。私が前に仕えていたメルベル侯爵は人格者だと思っていたけど・・・」
侯爵や侯爵家に仕える人達は良い人達だった。レオスもそうだし、そんなことをする人達だとは思えないが・・・
「メルベル侯爵は、レイライン王国の良識派のトップでした。メルベル侯爵が急死したことで、かろうじて保たれていたバランスが一気に崩れ、さらに黒髪黒目の者達の力を手に入れて、暴走状態になっていると見ています。」
・・・そうか、メルベル侯爵達が死んだせいで・・・。これもユージ達の悪影響の一つということか・・・
やはりユージ達は殺さなくてはならない。戦争には色々と思うところはあるが、私は私のやるべきことをやろう。
「とりあえず状況は分かったわ。すぐに出撃することになりそうね。いつでも出れるようにしておくわ。」
「お願いします。おそらく明日の午前中に王宮の担当者と打ち合わせが入ると思いますので、そのつもりでいてください。」
「ええ。わかったわ。」
私は自室に戻り、王宮に登城する準備をしてから眠りについた。
木々のざわめきがやさしく森の都を包んでいた。




